第13話 えぐる肉の味。


仲間の矢を首に受け、倒れる弓兵。

その鎧が床とぶつかる金属音。

戦況の好転する音をまた聞いて、赤憑きは妙に調子づいてしまったのだろう。



「このド素人が!」



考えもなしに叫んでしまってから、赤憑きはハッとする。

声を上げ、自分から位置をバラすなんて、それこそ素人もいいところだ。


――参ったな……失敗した


立ち上がった少年はうっすらと、笑みを浮かべる。

楽しくなってきていた。



「……この声……そこか……ッ!」



前方、ロングボウから矢の放たれる音。前方にいた、もう1人の弓兵の攻撃。


間一髪。赤憑きは自身のボロいコート……その後ろの部分を掴んで、マントのように前へと広げる。

そして、コートのボロ布に矢が刺さると同時に、くるくるとその布を腕に巻きつけ、矢を布ごと巻き取って、その勢いを殺した。


そうやって防御行動を取りながらも、赤憑きは異常なスピードで前へと走る。


戦場を駆ける彼の顔は、笑みで満たされている。

人間離れした、魔獣が如き笑み。



「ひぃっ……!」



目の前、砂埃の中、突如浮かび上がる笑みに、弓兵がたじろぐ。

その隙を逃さず、赤憑きは弓兵の喉仏を長筒の針で切り裂いた。笑いながら。



「この……化け物がッ!」



切り口から赤を吹き散らして倒れる、ロングボウ持ちの弓兵。

その弓兵の横に立つ、敵の1人……ロングソード持ちの剣士が鬼気迫る表情で怒鳴っていた。

そして、そんなことは赤憑きに関係がない。



「ほらよ」



赤憑きは腕に巻きつけ脱いだコートを、その剣士に投げつける。


視界を覆うコートへと斬りつける剣士。一撃――

長剣を横へと薙ぎ払う。

それは反射的に横へ振り切るような重い一撃ではなく、力を抑えた軽いモノだった。


次の一撃――逆方向からの横払いで、コートに続いて跳び掛かるであろう赤憑きを斬り殺す。

その為、剣士はわざと剣を振り切らなかった。


コートは目くらましで。

必殺の一撃を撃たせ、隙を作り、不意打ちをする……


剣士は赤憑きの手を読んでいた。



――そこまで読んだ上で、られたのだ。



「何……ッ」



剣士の予想を裏切り、赤憑きは剣士の股下にスライディングで滑り込む。


彼は股下を通過する間に、敵の足首にある細い鎧の隙間に長針を差し込んで、鎖帷子ごとアキレス腱を切り裂いた。続けざまに両方。


ほんの一瞬の早業だった。



「クソッ……まだ……!」



痛みをこらえて、剣士が反撃しようとする。

刃を振り上げ、前へと踏み込もうとする。

だが、アキレス腱の切れた足に重みを掛けることは出来ず……


剣士は地面に不様な体勢で転がった。


その転がった剣士の上へ、赤憑きが馬乗りになる。

さっきから何一つ変わらない笑顔のまま。



「じゃあな」



剣士の左目の上に筒を押し当ててそう言うと、針で肉を掻き分け、脳を貫き殺す。

その瞬間、赤憑きの頭の中でなんとも言えない感覚が広がった。


――不快だ


赤憑きはその感覚に……

笑い続ける口を左手で抑えた。

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