第12話 暗殺者の戦い方;入門編
サクッ――と軽い音がして、長い筒から針が打ち出され、大女の首の肉に食い込む。
「こんなのが何だって……あがッ……ガッ……」
筒を持つ赤憑きの右手が暗闇の中で鈍く光ったかと思うと、大女の首が両側から見えないものにひねり絞られるように細くなる。
そして、みるみる内に赤黒く変色し、薄い氷が割れるようにして――
――根本から頭の付け根までの首の中の“肉”が、黒い泥となって床へと溢れ落ちた。
直後、か細くなった支えで頭の重みに耐えかね、首の骨が折れる音。
胴体からちぎれた頭が溜まった泥の上に落ち、響くナマモノの音……
意思のない右手からグレートソードが落ちて床に当たり、重たい金属音が響く。
「この音……何が起こった……まさか、ブリアナ様がやられた……?」
「クソッ、バカを言うな! そんなことがあるものかッ……」
「いっ、今は忌み子を守るんだ! でないと、当主様に殺されるぞ!」
騎士たちの戸惑う声を聞き、赤憑きは全身に力がみなぎるのを感じた。
敵は実戦慣れしていない――勝てる。
「行くぞッ、オラァッ!」
赤憑きはわざと大声を出した後、大女の首なし死体を前へと蹴り倒す。
ゴォン――と、死体の身に付けた鎧と石畳が勢いよくぶつかり、鈍い音が鳴る。
その音に反応して、反射的に敵の弓兵が死体へとクロスボウを撃ち、3本の矢がその近くに刺さった。
2本は前から、1本は後ろからだ。
――この陣形……やっぱり、そうだ。
赤憑きはほくそ笑むと、大きな靴音をわざと踏み鳴らして“前へ”と駆ける。
筒を矢の飛んできた方向に向け、左手でその筒の底を素早く叩く。
すると針が射出され、敵の弓兵の1人……そのすぐ手前にまで迫った。
「きっ、来たッ! 攻撃ッ!」
「待ってろ……」
鬼気迫る弓兵の声を聞いて、後方にいる弓兵がとっさにクロスボウを構える。
赤憑きの筒から射出された針が、敵の鎧に弾かれて……金属音がする。火花が光る。
赤憑きはそれを聞いて、見て、筒を後ろに引く。
筒はその内側から針と繋がれた、細い銀の糸を巻き取り始める。
「今
矢の発射音を確認して、赤憑きは“後ろ”へと跳ぶ。
着地後、すぐにその場で屈み込む。
実戦の経験不足、連帯感の欠如。
仲間の死、それによる心理的ストレス、混乱。
加えて、この視界の悪さ。
そこに予期せぬ攻撃を加えれば――何が起こるか。
「やめなさいッ! この状況で、味方の方向に矢はッ!」
「ぐッ……!?」
――誤射だ。
この視界で、赤憑きが飛び道具を持っているのになんて気付ける者はいない。
前へと駆ける大きな足音。
その音に続けて、『攻撃ッ!』と来れば、赤憑きが直接に襲い掛かってきていると考えても無理はない。
もっとも、冷静に判断すれば、よく見えない状況で味方の方向に撃つなんてことはしないだろう。
しかし、人間は追い込まれ、考える時間を奪われれば……
反射的に行動してしまう生き物だ。
「つーか、射線上に味方を置くんじゃねーよ、このド素人が!」
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