第11話 笑って殺そう。


「カッ……ハっ……」



 ネズミの体から騎士のグレートソードが抜かれ、黒い血が泥のようにあふれる。

 赤憑きはそれを見て、ネズミに反射的に駆け出そうとする。

 が――ビュンッと音がしてから、足の前の石畳に矢が次々と2本刺さり、彼は立ち止まった。


 立ち止まった赤憑きの首に、騎士により、ネズミの血でれた刃が当てられる。

 この脅しに赤憑きは涙ぐんで、両手を掲げ、降参するポーズを取った。



「……あっ……あぁ、こんなのって。ごめんなさい。ごめんなさい」

「プフッ……何なんですかぁ? その腑抜けた面は……」

「やめなさい! 副隊長。もうこれ以上の争いは必要ありません」

「はぁい。隊長」




 ドサッ――という音。

 ネズミの死体が、さっき置かれたランタンの上に倒れた音がする。


 ランタンの火が消え、敵の騎士たちが身につけている魔鉱石の灯りだけが、ぼんやり闇とすなぼこりの中に浮かび上がる。

 その一連の惨事さんじを視界の端にとどめ、わざとその目に涙を溜めながら……


 赤憑きは冷静に分析する。



――敵:


 魔鉱石の淡い灯りの数から、敵は恐らく11人。

 前と後ろにそれぞれ5人ずつで、計10人が通路を塞ぐように配置。

 そして、グレートソード持ち1人だけが突出して近くに来ている。

 10人で包囲しているのだから、近接武器持ちが、1人だけでわざわざ先走る必要は無い。

 アホか。


 そして、10人の包囲兵の構成。内、2人は弓兵。

 矢の飛ぶ前に弓を引き絞る音がしなかった事から、使っているのはクロスボウだろう。

 飛んできた矢の方向と数から考えるに、前方向に少なくとも2人いる。


 最初の爆発をかんがみると、弓兵の他には爆裂術式を使える魔術師か、魔法戦士のどちらかもいるはずだ。

 ……どちらもそれらしい姿は赤憑きから見えないが。

 爆発の時の砂埃のせいで、どうにも視界がよくない。




「でも~、隊長。争わずして、どのように“楽しむ”おつもりですかあ?」



 今赤憑きの目から姿の見える敵は、赤憑きの首に剣を当てる、この女騎士だけだ。

 顔以外を包む白い全身鎧フルアーマーに、白マントの騎士。

 ネズミを殺した、グレートソード持ち。


 背はそれなりに高く、筋肉質でガタイのいい。

 そんな大女の騎士。

 こいつは身体能力が高そうだが、攻撃に計画性がない。

 頭の悪そうな話し方をしているし、多分アホだ。

 殺しやすい相手だろう。



「……殺すときにも“情け”が必要ですのよ、副隊長」



 “隊長”と呼ばれる敵は、いかにも女らしく高い声を震わせ、副隊長に言葉を返す。



「こいつらは恰好からして、元奴隷の銭拾いホームレスか何かですよ。人間としての価値ナシですよ。ホントに“情け”なんて必要ですかあ?」

「それは……」

「だから、何やったっていいじゃないですかあ。ねえ?」




 赤憑きは密かにコートの左の袖をまくり上げる。

 筒を露出させる。

 そして、考え続ける。


――状況:


 周辺に、爆発のときの砂埃はまだ漂っている。

 敵はどうもあかりとして鉱石こうせきを装備しているようだ。

 魔鉱石の光は、ある程度の闇を照らすには十分なものの、この砂埃が合わさった中で戦況を見るには不十分なはずだ。


 敵側に、爆裂術式が使える魔法職はいる。

 だが、視認を良くするスキルの使えるサポート職はいないのだろう。

 いたなら、とっくにこの闇や砂埃は解消されて、すぐにでも、敵が赤憑きたちへと襲ったはずだ。

 今になっても、魔術バフを詠唱する声すら聞こえてこないのは流石におかしい。



結論:敵はこちらの位置をしっかりと視認していない。それを今すぐ打開する術も持っていない。



「どっちみち、目撃者は皆殺ししなきゃなんですからあ」



 その時、赤憑きがまぶたを開くと、視界の隅でネズミの“死体”がピクリと痙攣する。


――こいつ……いや、まさか……



「……おねがいです……殺さないで」

「うんうん。でも、残念! 出来まっせーん」

「……グスッ……おねがいします、騎士さま……情けを」

「情け、情け、うっせーな……じゃあ、お前の人生をここで終わらせてあげますよ。生きる価値のないゴミを早めに掃除してやる。これも情けですから」



 騎士の大女は赤憑きの首元から刃を離し、笑顔で剣を上に振り上げる。

 それに対して、瞳孔どうこうをカッと見開き、獣の様に歯をいて――


――赤憑きは笑い返した。



「だぁよな」



 刹那、赤憑きは左腕を後ろに倒し、緩んだベルトから長筒を下に落として、背中の後ろにて右手でキャッチした。

 そして素早く、そのまま長筒ながつつを騎士の大女の首元へと突き当てた。

 生きる価値のない、人でなしの首元へ――



「掃除してやるよ、ゴミ」

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