第10話   死ね



「ふむふむ。噂の発注:1――と」



 ネズミは手に持った羊皮紙を床の石畳の上に広げ、羽根ペンで書き込む。

 妙な赤黒い色のインクの載る羽根ペンが紙の上を走るのを見て、赤憑きは何かを言おうとしたが、首を振ってその言葉を飲み込んだ。



「……それで、他にご入り用なモノはあるッスか?」

「毒薬と回復薬がいくつか……それと偽の薬プラシーボ代わりになる物が欲しいな」

「というと?」

「まず、毒薬が2つ。1つ目は、目に見える効果が明らかにすぐ出るけど、身体へのダメージは軽めなヤツ。少なくとも、意識はハッキリしたままにして欲しい」

「そういった効能のモノだと、毒の専門家よりも町の医術師を当たってみる必要があるかもッスねえ……ああ、続けてくださいッス」

「2つ目も即効性があるヤツで……」



 白ウサギが急にあらぬ方向を向き、鼻をクンクンとひくつかせ始める……

 が、赤憑きは無視して話を続ける。

 どうせ、いつもの道化だ。付き合うだけ無駄だ。



「……ただし死なせないヤツ。ただ即座にターゲットの足を止められるような効果のヤツがいいな」

「“仕込み”はいかがするッスか?」

「1つ目は、服毒と注射の2種類が欲しい。2つ目は、注射用だけでいい。今んとこは、ね」

「注射用というと、その左腕に仕込んでる長針に塗る用ッスか?」

「……何で、コレ持ってるのが分かったんだよ」

「敢えて言うなら、器具の接合部の音と歩き方ッスかねえ」

「どんな聴力だ……」

「もしお預かりしてもイイんなら、毒薬を塗ってから後日お渡しするッスよ」

「灰色ネズミ……さん、コレをおま……あなたにはまだ触らせられねーよ」

「信用の問題ッスか?」

「信用の問題、だ」

「……」



 赤憑きの答えを聞いて、灰色ネズミの顔へと張り付いていた笑顔が消える。

 一瞬、彼女は何の心持ちも写し出さない、不気味な真顔をしていた。

 そして、また笑顔に戻る。



「ふへ……で、回復薬の方はどんな感じがいいッスかね。やっぱり強い魔術性物質は使わない方がいいッスよね?」

「その……それは、どういう意味だよ」

「ほら、子ども用に」

「……気遣いには礼を言うけども。ボクが使うんじゃないから」

「ああ、ウサギ氏用ッスね?」

「それも違うんだ……です」

「でも……回復薬ッスよね? お仲間に使う以外にどんな使い方が……?」

「色々ある……んです」

「敬語に戻ってきてるッス……赤憑き氏」

「いや、その……とにかく、回復薬の方は効果が強すぎるくらいなモノで……頼みます」

「即効性のッス?」

「アッ、はい」



 どうにも会話がぎこちない。

 やはり、人見知りの赤憑きが、初対面の相手と白ウサギを挟まずに話し続けることには限界があったようだ。

 ここは助け船が必要である。



「……おい、ウサギ。ウサギさん? ウサギ様? さっきから黙って、何やってんの」

「シーッ、聞こえるかい?」

「何が……」



 話し声が静まると、赤憑きの耳にもかすかな“足音”が聞こえた。

 ネズミはさっきの真顔に戻り、羽織ったローブの首元を横に引っ張る。



「新たなお客さんみたいスねえ……でも大丈夫ッスよ」

「お客さんというか、明らかに敵だろ」

「だから大丈夫ッスって。あーしには後ろ盾がいるんスから」

「ヤな予感がするんだけど……1つ聞いていい?」

「はい」



 この時の赤憑きは、ここに来るまで乗ってきた、あの馬車のことを思い出していた。

 王立軍の馬車。軍の武器庫には程遠いというのになぜか、ここの近くで減速した、あの馬車。



「その後ろ盾って、オリバー・シルフだったりしない……です?」

「え、なんで分かったんスか。まさか、超能力者ぁ!?」

「驚き方がわざとらしすぎる!」



 赤憑きのツッコミの後、突如あたり一面が真っ赤な光に包まれたかと思うと、爆発音が轟いて、天井が崩れ落ちる。

 そして、粉塵と共に複数人の騎士が上から落ちてきた。



「うわっ! これはヤバいッスね。ひとまず逃げ……」




 その瞬間、落ちてきた騎士の一人が前に突進し、灰色ネズミの胸のド真ん中を――


 ――剣で突き刺した。



「死ね――ゴミが」

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