第9話 マインド・コントロールの下準備。



「で、何からやるッスか?」

「えっと、そうだな。まずは、噂を流して欲しい」

「噂?」

「ああ。暗殺者御用達ごようたしの図面引きなんだから、顔は広いんだろ?」

「そッスねえ、それなりって感じには」

「その、それなりの人脈ってヤツを使って、噂を流してくれよ」

「どんな噂を、ッスか?」

「四大貴族の一つ……グノーム家の紋章入り金ピカ鎧を着た、大きな盾持ちの男がインディン・オットーって名乗って、やたら値の張る宿屋ばかり代わる代わる一夜……ひと時だけの間、借りている――っての」

「何それ。そんな噂流してどういう意味があんの」



 疑問を投げ、首を傾げる白ウサギ。

 その疑問に赤憑きは出来るだけ手身近に答える。



「暗殺で一番大事なのはセッティング。いつ、どこで殺るか、だろ?」

「んなの、知ってるよ」

「特に大事なのがどこで殺るか、だ」

「知ってるっての」

「……無難に、ターゲットの泊まる宿屋、事故死に偽装しやすい魔獣の狩場ミッション・エリア、あるいはちょっと騒ぎを起こしても案外気づかれない祭典イベントの最中――なんてのが世の暗殺者方には人気だよな」

「確かに。オススメの激アツなスポットっスねえ」

「だろ? けど、どの場所も暗殺ヤるには危険すぎる場所だよな。予想外のことが多すぎて」

「予想外……っていうと?」



 赤憑きはどこか得意げに人差し指を立てる。



「例えば――宿屋は、陣地防衛が得意な魔法使い職にとって、返り討ちにしやすい格好の場所だよな」

「そういう話はよく聞くね……」

「狩場は、モンスターの機嫌次第でこっちの命が逆に危ない」

「まあ、確かに」

「祭典の最中は、衛兵が多くなってるし、それに空から見張るカラスの視線にも気を付けなきゃいけない。いつも以上にな」

「つまり……? 赤憑きは何が言いたいのかな。確かに予想外のことによる危険はあるよ。でも、そんなの暗殺にはつきものだろう。違うかい?」

「そうだ。だから、ボクにとっての予想外は、起きないようにすればいい」



 なんて言って、赤憑きはいかにも言い遂げた風に胸を張る。



「そこで説明をやめたら、あたしは君を許さないよ、赤憑き」

「……簡単なことだよ。つまりは、“予想外”が無い環境が作れればいいんだ。ターゲットの意思と行動の全てをコントロールして、暗殺にだけ都合のいい場所におびき出せさえすればいい」



 暗殺にだけ、都合の良い場所。

 例えば、かつて建設途中にはドラゴンを怒らせたとかいう、27階建ての巨塔だ。

 高い場所にあるため人目に晒されにくく、叫んでも助けは来ない。


 あの時のターゲット:オリバー・シルフはいもしない謎の人物にスキャンダルの種を握られ、脅迫をされていると“思い込み”、階層転移装置が“なぜか”壊されていたせいで、自分の足で最上階まで登り切った。

 おかげで体力不足の彼は疲れ切り、逃げる体力や思考力すら奪われていた。


 そして、まんまとおびき出された太っちょオリバーは、赤憑きの手により難なく殺されたのだ。



「獲物を罠におびき出す。その為の噂。パーティメンバーの一人……あいつにはコレが間違いなく効くはずなんだ」

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