第7話 信じられるか、否か。
「しっかし……初めてなのに、よく道を辿れたッスね~」
「え? あぁ……塗料が塗られている木だけ、表面の木の皮がやけに手入れされてた……されてましたからね。鏡だってこれ見よがしに置いてあった……ありましたし」
「塗料が見えるように、表面のコケやキノコをこまめに取ってたんスけど……それが逆にいけなかったとは。てか、敬語じゃなくていいッスよ」
「え、あぁ……うん」
「赤憑きは人見知りの内弁慶だからねえ」
「黙れ、ウサギ」
オーク材の棚が両脇に並べられた下水道の脇道。
赤憑きと白ウサギは灰色ネズミの後ろについて、その道を歩いていた。
湿っていて、所々に藻が生えており、何だかヌメヌメする石畳の上を歩いていた。
「ネズミ……さん? ってこんなところで暮らして……いや、失礼か……えっと……」
「ん、何ッスか?」
「いや、その……なんでもない……」
白ウサギの密告の通り、実は少年暗殺者……
少年赤憑き……
彼のコミュニケーション能力は壊滅的である。
知らない人間、あるいはエルフを相手にすると、いつもの少年気質から来る生意気な態度や言葉も一つとして出てこない。
圧倒的なコミュ力弱者なのである。
そんなわけで一同はお喋りの一つもしないまま、黙々と歩いていた。
あるいは、赤憑きが時折発した「あっ……」だの「その……」だのという呟きをお喋りとしてカウントするのなら黙々というのも違うのだろうが……。
そして、数分が経過。
流石にその気まずさに耐えかねてか。
白ウサギがついに口を開き、ちゃんと台詞を発した。
「えーっと……灰色ネズミ……君ってハイエルフのくせに銀髪なんだね」
「へ?」
赤憑きが遠慮していた全てを飛び越えて、ウサギの無神経な質問が炸裂する。
この時、赤憑きは右手でウサギを殴ってやろうかと真剣に考えた。
「……お前な」
「なに? 赤憑き」
「なにじゃねーよ」
「あー……気にしなくていいッスよ。別にあーし、そういうの気にならないんで」
ネズミは道の脇に置かれた、小さな棚の前で立ち止まり、持ったランタンを石畳の上に置いてから中身が金色に光る小瓶を手に取る。
そして、まじまじと小瓶を見つめてから、その後に眉をひそめた。
「“ハイエルフの頭髪は朝陽と同じく黄金色に靡く。その髪こそが精霊との交わり、栄誉ある契約、ひいては無尽蔵の魔力を示す一番の証明、黄金の刻印なのだ”――っての」
「“光の経典”ッスね~。懐かし」
「そうそう、光の経典。教会で聞いたことがあってさ。その部分だけしか知らないけど」
「……ほぇ~。教会で、ッスか」
「うへぇ、ウサギが教会なんて似合わねえ事この上ないな」
「……失礼な人は置いといて。ネズミさん、今は君の髪の話が聞きたいんだけど」
「んー。やっぱあーしの髪の話はやめとかないッスか?」
「あれ。でも、さっきはいいって……」
「こーら! 赤憑き、失礼だぞぉ」
「お前が言うな! ……でも、そっか。失礼か」
赤憑きは頭の後ろを掻く。
ポツリと湧く罪悪感。
「……悪かった、ネズミ。もうこの事は聞かない」
「へっ?」
「白ウサギも。なっ?」
「その……うん。あたしもごめん。やっぱり気にしてたんだ。無神経に聞いちゃってごめんね、ネズミさん」
「あーいえいえ、そういうのじゃないッスよ、お二人とも。これは……」
ネズミは一度取ったはずの小瓶を元の棚に戻し、代わりに同じ棚から羊皮紙と羽根ペンを取り出す。
そしてウサギの方を振り返り、ネズミは肩をすくめた。
「これは信用の問題ッス」
「信用の問題……?」
「ええ。ほら、まだあーしらって初対面なので」
赤憑きはそのセリフからすぐに感じ取った。
ネズミは警戒している、と。
無理もない。自分の弱点を知られるのは、大きな脅威となり得る。
特に相手が暗殺者であるなら尚更だ。
しかし、ここで一度話しかけた髪のことをあえて押し黙るというのは、それが灰色ネズミの弱点に関わる重要な点だと自ら明かすようなものだ。
赤憑きは訝しげに目を細める。
しかし、まあ隠すなら隠すでそれは向こうの勝手だろう。
赤憑きとしても妙に探る必要もない。
探られて嫌なことを、理由なく暴く趣味もない。
それに、ネズミは――
「……敵じゃないしな。一応」
ここでそう呟いてしまったのが、赤憑きの最大のミスであったのかもしれない。
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