チートを恨む男-2

第5話 馬車に揺られて夢に酔う



「……バカな夢」



 揺れる馬車の中、赤憑きは瞼を開ける。

 そして、小さく呟く。


 育ち盛りだろうに、赤憑きはここ数週間、ろくに寝れていなかった。

 その原因が、あの悲劇的な夢だ。

 燃える家、殺された男、痛み、火傷、左腕……

 今さらに、それがまた夢に出てきたのだ。


 どう夢に見ようが全ては過去のことだ。

 赤憑きはもう引き返せない。引き返さない。



「あ、起きた?」



 白ウサギが至近距離から顔を覗き込んできたので、赤憑きは慌てて起き上がった。



「……ボクはどれくらい寝てたんだ、ウサギ」

「ほんの1時間くらいかな」

「ギリ目的地手前ってとこか。なんで、起こしてくれないんだよ」

「いやぁ、子どもっぽく無防備に寝てるもんだから、起こしちゃ悪いかなって」

「子ども扱いすんな」

「子どもだろ? で、どこ向かってんのこれ」

「薬屋だ」

「何だい。今さらポーションでも買うつもり?」

「ちげーよ。薬屋ってか、その……情報屋っていうか、道具屋っていうか、設計士っていうか……? そんな感じのところ……らしいぞ」

「もうハッキリしないなぁ。でも、それって要するに“何でも屋”ってところ、なのかな」

「それだ。それ、それ」



 赤憑きは勇者の暗殺依頼を引き受けた。

 そして、すぐにでも勇者のヤツを殺してやりたいと思っていた。

 しかし、相手は勇者だ。

 それも強力な仲間が共にしている。

 無策に正面から挑めば殺されるのは当然こちらだ。


 つまり、この暗殺にはより綿密な計画と、より多い人手、より確かな暗殺手段が必要だった。

 そこで、赤憑きは最近噂のとある人物を訪ねてみることにした。

 それが今、白ウサギと共に荷馬車に揺られている理由の大方だ。



「それで、その何でも屋に行くために、遥々“この”馬車に乗っているわけか」

「何だよ。王立軍おうりつぐんの馬車に乗るのが不満か、ウサギ」

「別に? でも、赤憑きは怖くないの? 天敵の荷馬車で火薬のお供をするのは、さ」

「仕方ないだろ。一番、通り道を予想しやすいのが軍の荷馬車なんだよ」

「ふぅん……」

「まあ大丈夫だって。冷血王アップルビーだって、さすがに馬車への相乗り如きで極刑きょっけいにはしねーだろ」

「……それは極刑のとらえ方によるね」

「脅かすなっての……」

「あれ」

「どうしたよ」

「この馬車、減速してないかい?」

「ん?おかしいな。軍の武器庫にはほど遠いけど……まあ、ちょうどいいや。ほら、降りんぞ」



 金色の葉を付けたモミジが街路樹として植えられている通りに差し掛かり、赤憑きは雨傘を持って、コートをひるがえし、馬車を降りた。

 ウサギの手を軽く握ってから。



「君ってこういうのは気にしないんだな」

「は? 何の話だよ」

「……何でもない」

「てか、なんでお前ついてきてんだよ」

「……今の発言でマイナス20ポイント」

「何が!?」



 雨傘を開くと赤憑きは通りを少し歩き、街路樹のモミジの一つにその傘をかざして影を作る。

 すると、木の皮に描かれたエルフ文字が暗がりに光り出す。



「……ここを左に曲がって、あの細い路地を行くぞ」

「へえ、赤憑きってエルフ文字が読めたんだね。もしかして、そっちの出身?」

「んな訳ないだろーが……昔、教えてくれた人がいてさ。それで単語くらいなら読めるようになった」

「へえぇ~……」

「へえぇ~て。興味ないなら聞くなよ、おい……っと、これは」



 赤憑き達は光る文字を頼りに細い路地を歩き、小さなニワトコの植木鉢を見つける。

 ニワトコの葉には光る塗料が塗られ、その後ろには、黒ずんだ古い鏡が壁に立てかけられ、捨てられていた。



「……ここだな」



 赤憑きはその植木を横にどけて、鏡に向かい、合言葉を唱える。



「鏡よ、鏡」


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