小さな男の子-3

第4話 炎は燃え続けているか


 パルケラスィの年節から、228年。あれは、新雪の月の初日の出来事だった。

 小さな山村が、勇者のパーティに襲われた。焼き討ちにされた。

 原因は盾持ちタンクの剣士が、一人の少女に手を掛けようとしたこと。

 それを一人の少年が守ったこと。



「……ふぉあ、ほれの……ことはひい……」

「すっげ。てめえ様さんさ、もう内臓まで“左腕”を突っ込まれてんだよ?」

「ふぉあぁ、ひげ……ほ……」

「そんな状態でよく喋ろうと思えるよ。痛くね?」



 顔の上半分を大きな黒いシミに覆われた男、左腕に火傷のあるその男は、口から体内に入れられた黒い左手3本を出そうともがく。


 シミ男は両手で左手を掴み、身をよじらせ、必死に両足で雪を蹴っている。

 目の前に立つ者、黒い鎧に身を包む影の勇者、ハジメ・一颯イッサは自らの背中から伸びる左手でそれを力任せに抑えつけた。

 雪積もる地面の上にねじ伏せた。

 力任せに、身体の内側から。



「てめえ様さんはさっさと諦めて、謝りゃいいんだよ。生きててごめんなさぁいってさ」

「……い……やだ」

「は、何? 聞こえない」



 一瞬、朔一颯の影が揺らぎ、シミ男の左腕が何かに斬り飛ばされる。



「ぐっ……ぬぁあ……」

「へえ、叫ばないんだ」

「ぬぅ……あがっ……ぐっ……」

「そのやせ我慢いつまで続くかね。早く諦めて言えって……子どもはどこにいる?」

「……どほにも……いない」

「そっか。じゃあ、てめえ様を殺さなきゃね」

「……」

「大したもんだ、その度胸はさ。でも、何かを守ろうとしてやったって、見返りはどこにもないんだ」

「む……だ……?」

「てめえ様は子ども達だけでも助けたいみたいだけど、ムダ。オレ様さん達は、どんなに頑張ってもどうせムダなんだから。それは影の聖剣があったって同じこと」

「む……ムダじ……ゃ……」



 言い終わる前に、シミ男の身体は内側から裂かれ、バラバラに散らばった。

 一颯はそれを見て眉をひそめ、目を背ける。



「気色わる……」



 影の勇者は冷酷にそう一言だけ言い残して、村を燃やすパーティメンバーたちの元へと去っていった。


 そして、数分ほどが経ち、燃える家の中から“男の子”が這い出してきた。

 全身に火傷を負った小さな男の子が。

 彼は、その場に残った男の左腕を抱え、息をするのも苦しい中、噛み締めるように言う。



「……アレス。絶対ボクがお前の仇を討つ。どんな手を使ってでも」




 その日、その男の子は正義を捨てた。



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