第2話 彼女の名前は白ウサギ


「知ってると思うから言うけど。それって営業妨害だから」



 赤憑きが傘を差して立っていると、背後から気取った女の声がした。



「気を付けなよ」



 太陽はちょうど真上にある時間帯だろうが、雨が降っていてよく見えない。

 ここは常に雨が降っているとか言われる場所。

 ニンフ通りの街道沿い。今の時間は正午。



「傘を差してるだけだろ?」

「それが日傘なら問題ないよ。でも、雨傘となれば話は別さ。雨傘は馬車の御者ぎょしゃを怒らせる。ほら……」



 女のセリフが終わるやいなや、目の前の街道を馬車が猛スピードで過ぎ去り、石畳のくぼみに溜まるバケツ一杯分の雨水を二人はひっかぶった。



「クソ。あの馬車、わざと引っかけやがって」

「仕方ないよ。雨の日は紳士なら馬車に乗って移動しなきゃいけない――そういう“常識”がなきゃ、彼らは食っていけないんだ」

「にしたって、雨傘くらいは許せってんだよ。何のための“異世界の知識”だか」



 グチを垂れつつも、赤憑きが振り返る。

 すると白シャツに短パンで皮ブーツ、それに赤目の女は白いショートカットな横髪をくるくるとイジりながら肩をすくめた。

 シャツが透けていて、どうも胸元おっぱいが危ない感じの女だ。

 赤憑きは年相応に慌て、その胸元おっぱいから目をそらす。



「見えてんぞ、白ウサギ」

「……見たかったら見てもいいよ?」

「バカ言うんじゃねーよ……その……バカ」

「あはは、かわいいね。少年らしい。とても人殺しには見えないなぁ」



 赤憑きは顔を背けたまま、ボロ布をポケットから出して、タオル代わりだ――とばかりにウサギへと投げる。

 ウサギはそれを受け取ると、不思議そうに目をパチクリとさせた。



「それで拭けよ。貧しい胸なんかボクは見たかねーから」

「ありがと。でも、そのセリフはなんかキモいや」

「お前な……」

「で? 近ごろは誰を殺したんさ?」



 質問の後に、ウサギは赤憑きに近寄って、彼の周りの空気を口でスゥっと吸い取ると、味見テイスティングをするように瞳と唇を閉じて舌を転がした。



「んん~んん……ん、四大しだい貴族きぞくが一つ、シルフ家の太っちょオリバーか」

読心術それやるんだったら、そもそも質問すんなよ」

「四大貴族は、異世界転生させられた勇者の子供達だ。殺しても無駄だって思わなかったの?」

「人の話を聞きやしねーのな」

「で?」

「奴らは、殺しても数時間で聖堂から生き返る……それが勇者の血の力だ。だろ?」

「分かってるのにやったのかい? それほど大した金にもならないのに」

「まあな。それに奴らだって完全に不死身ってわけじゃない」

「……へえ? まあ、それが本当だったにしろ、あたしには意味のないことに思えるけど」

「どっちにしろ、お前に関係あることじゃねーし」

「関係あるかはあたしが決めるんだよ」

「勝手なもんだな」

「……勝手ねぇ。あ、それって君の意見? それとも“彼女”の、かな?」



 赤憑きはキッとウサギを睨みつけた。



「それこそ、お前に関係のないことだ」

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