第4話

 『スナックソノコ』から二十分ほど歩いた。スナックが閉店する時間帯にこんなところを歩くことはなかったので、治安なんかは大丈夫だろうかと少々不安な気持ちになったが、ソノコさんはさすがにそのあたりは平気な様子だった。商売繁盛で有名なその神社は、僕も子供の頃に一度来たことがある。ただ、その時期を外れて屋台等が何もない、しかも深夜のその周辺は、驚くほど閑散としていた。

「門、閉まってますね」

 僕の記憶の中では神社というのはいつでも出入りできる場所、というイメージがあった。土地柄なのか、大きな神社だからなのか、鳥居に門が取り付けられていて、それがぴったりと閉まっている。ソノコさんも意外だったようで、しばらく呆然と、閉ざされた門を見つめていた。それでも、気を取り直すと、

「門が閉まってるなら、塀を乗り越えるしかないわね」

 と宣言し、乗り越える場所を物色し始めた。夜に神社に忍び込んで地面を掘るなんて、怖くて一人じゃ行けないと白状していたのはほんの十五分前の話だった。けれども、一人じゃないからだろうか、完全にいつものソノコさんに戻っている。

 西側の方が通りから少し入り込んでいて物陰になっているが、社務所のような建物がすぐ目の前にある。鳥居の東側なら外の通りが明るいが、中には木が植わっていたりするので、そちらから忍び込むことにした。まあ、明るいとは言ってもこの時間なので、どちらにしても人通りはない。

「こういう、石なんかでできている神社の塀を玉垣って言うんだけどね。中もよく見えるし、乗り越えるには好都合よね」

 乗り越えるに好都合。物知りだけれど傍若無人な台詞に慄いていると、突然その腕が僕の首に回され、抱き寄せられた。

「えっ」

 身構える間もなくソノコさんと密着することになった僕の耳元で、ソノコさんがささやいた。

「静かに。人が来るわ」

 映画じゃあるまいし、カモフラージュに恋人同士を装うなんて、まさか自分がすることになるとは思わなかった。第一、こんな時間に神社の前でやるシチュエーションじゃない。心の中で言い返しながら、いつぞやの時に迫ってきた、ほのかないい匂いに鼻腔をくすぐられ、よこしまな気分に流されそうになる。しかもあの時とは違って密着しているため、体のぬくもりと柔らかさも伝わってきている。さらに悪いことに、季節柄、お互いにシャツ一枚くらいしか身に着けていない。まずい。そう思ってとっさに身じろぎをしようとしたが、予想以上に強い力で、動けない。ただ、その力の強さに、ソノコさんの正体が思い出された。だって私、男だもん。では押し付けられているこの柔らかな体は、どこからどこまでが本物なんだろうか。我ながら全くばかばかしい疑問に半ば恐慌状態に陥りかけた時、僕を抱きしめていた力がふっと弱まり、あまつさえ軽く突き飛ばされて、思わずよろめいてしまった。

「危なかったわ。なんとかやり過ごせたみたいね」

 通りの方を見ながら、ソノコさんは言った。僕としては、まったくもってこちらの台詞だと言いたい。

 何にせよ、今度こそ玉垣とやらを乗り越えて、僕らは夜中の神社への侵入に成功した。今のところ、神社の中に動く人影はない。ソノコさんはなにやら指さしながら、植わっている木を数えている。

「これね」

 南の隅に植わっている数本の木のうちの一本の根元を、ソノコさんは指さした。同時にどこから取り出したのか、小さなスコップを持っている。

「はい、これ」

 僕は手渡されたスコップを受け取って、地面を掘り始めた。先ほどの動揺はまだ僕の耳を赤くしていて、暗いとはいえ、気づかれるのではないかと思うとさらに血が集まってしまう。ソノコさんと向き合って立っているよりも、とりあえずなにかをしている方が、気が楽だった。ソノコさんの方は、立ったままであたりを見回している。一応は見張りをしてくれているということだろう。特に動揺している様子は見られない。

 結構堅そうに見えた地面は、掘り始めると予想に反して柔らかかった。スコップが、素直に呑み込まれていく。こんなに柔らかい地面で大きな木が支えられているのはすごいことだ、と思った。ほどなく、カチッと何か硬いものにスコップが当たる。おなじみのお宝発見の場面だ。

 僕が声を上げるより早く、ソノコさんはしゃがみこんで、僕の手元をのぞいた。スコップが当たる音に反応したようだ。

「あった。それね。気を付けて、掘り出して」

 ソノコさんにしては当たり前すぎる指示だったが、夜の神社をわざわざ掘り返しに来ているという状況に、やや高揚しているようだった。僕の方は、ソノコさんの間近に迫る息遣いに先刻の動揺が再発しそうになり、それをごまかすために、がむしゃらに作業に没頭したおかげで、意外なほどあっさりとその缶を掘り出すことができた。

「見せて」

 誰かが少年時代に埋めたタイムカプセル。中に入っているのはどうせガラクタだと分かっているが、気分だけは宝箱を見つけたようなちょっとした錯覚に陥っている。僕は少々大仰な姿勢で、掘り出したその缶を、両手でささげるようにして、ソノコさんに手渡した。

 土を払いのけ、缶の模様を確かめたソノコさんはなぜか小さく舌打ちをした。それからフタを開け、中身を見て、さらに大きな舌打ちをした。

「やられた」

 ソノコさんが低くつぶやく。

「どうかしたんですか」

 僕がその手元をのぞき込むと、ソノコさんは缶のふたの文字をなぞりながらつぶやいた。

「有名なお菓子よね。きみも知ってるでしょ。グーテ・デ・ロワ。結構人気なのよね」

 確かにそのデザインに見覚えはある。

「でもそれがどうしたんですか」

 タイムカプセルなんだから、缶は何でもいいんじゃないだろうか。そんな僕にイラついたのか、ソノコさんはまたしても大きく舌打ちをした。

「このお菓子は、発売されてまだ多分十年とか二十年くらいしか経ってないわ。缶の状態から言っても、割と新しいものね。何十年も昔に埋められたものじゃないわ。それに」

 缶のふたを開けて中に入っていた紙を取り出す。どう見てもただの新聞紙だ。

「中身はこの通り紙屑。しかもこの新聞って、去年の日付よね。埋められたのは最近ってことね。完全にだまされたわ。ちくしょう」

 ソノコさんは悔しそうに缶のふたを閉めると、立ち上がって再び玉垣を乗り越えた。

「ちょっと待ってくださいよ」

 と僕はすぐに追いかけようとしたが、穴を掘りっぱなしではまずいので、あわてて掘り返した木の根元に土をかぶせる。それからおもむろに立ち上がり、外に出る。ソノコさんはすでにずいぶん先を歩いていた。最近埋められたというそのお菓子の缶を持っている。

「ソノコさん、どういうことなんでしょうか。新しい缶に新聞を入れて、わざわざ埋めてあったってことでしょう。いたずらにしてはえらい手の込んだ話やないですか」

「私が知るわけないじゃない。でも、あのじいさんが少年時代に埋めたものじゃないのは確かだわ。本人に聞くしかないわね」

 いたずらに気づいて、相当頭に来たのだろうか。ソノコさんは速足で歩いている。

「本人って、誰なんです。これからですか。面会時間はとっくに終わってますよ」

 言わずもがな、だ。大山さんをはじめとして、依頼者の大半が病院に入院中だったので、何となく仕舞い屋の依頼者の人たちは皆が入院中というイメージを勝手に持っていた。頭に来たからといって、病室に乗り込んでいっていい時間ではない。

「式高仁也。今回の依頼者よ。面会時間については大丈夫よ。入院してるわけじゃないから、安心しなさい」

 足を緩めずに、ソノコさんは言った。


 意外なことに、ソノコさんが向かった先は、『スナックソノコ』のすぐ近くの路上だった。勢いは衰えないままで歩き続けてきたので、来た時のタイムを多分五分くらいは更新したのではないだろうか。ソノコさんは歩道の隅に積んである段ボールの一つに向かって話しかけた。

「ちょっと。式高さん。どういうことよ。起きてるんでしょ」

 すぐにごそごそと動く気配がして、白髪交じりの頭がのぞいた。

「ソノコちゃんか、早かったな」

「早かったな、じゃないわよ。これはどういうことなのか説明してもらいましょうか」

 式高さんと言われた老人に、缶を突き付けながらソノコさんが迫る。話によっては許さない、という感じで、やはり相当頭に来ている。ところが、式高さんは、笑いながらその缶をそっと押し返した。

「ソノコちゃん、わしはそれを掘り返してくれと頼んだが、それだけじゃあない。中身のお宝はあんたにあげるから、仕舞い屋の仕事に役立ててくれとも言ったぞ」

「確かにそう聞いたわ。でも、これって式高さんの子どもの頃のものじゃないわよね。大人になってから埋めるタイムカプセルなんて、聞いたことないわよ。中身にしたって、去年の新聞じゃない。埋めたの、最近でしょ」

 そういえば、土がやたらと柔らかかったのを思い出した。埋めたばっかりだから、固まっていなかったのか。やっぱりいたずらか、と思うと何となく僕まで腹立たしい気持ちになってきた。

「中身をちゃんと見て、確認せんかね。大体、タイムなんとか、なんて言っとらんぞ。宝物を入れた缶を埋めたと言っただけじゃ。お宝は本物じゃよ。ソノコちゃんにだから、託したんじゃ」

 ソノコさんがちょっと沈黙し、なにかを思い出して確認しようとしていた。

「……確かに、タイムカプセルとは言わなかったわね」

 早とちりか。だけどそうしたら余計に分からない。一体何がしたかったというのだろうか。ソノコさんがはっと思いついたようにふたを開け、中の新聞紙を取り出す。ぱらぱらっとめくると、その中から小さな包みが落ちた。白い、封筒みたいなものだった。僕はそれを拾い上げ、ソノコさんに差し出す。

「ソノコさん、これ……」

 ソノコさんは受け取り、その場にしゃがみこんで新聞を読み始めた。そしてあるページを見つけると、今度は封筒の中に入っているものを取り出す。宝くじだった。

「式高さん、これって」

「見ての通り、宝くじとその当選番号が載った新聞じゃ。ちゃんと金を払って買ったんじゃが、わしが換金に行ったって、信用してもらえんからな。銀行に入っただけで警戒されてしまうわい」

 ソノコさんはその宝くじと新聞紙をじっと見つめた。顔が赤くなって、すぐに真っ青になる。表情はこわばっていた。

「ソノコさん、どうしたんですか」

 まさか、と思いながら僕は緊張し、結果間抜けな質問になってしまっている。

「し、式高さん、これって」

 後ろから、近づいてきていた式高さんに、ソノコさんが宝くじを差し出す。夜だけど、その手が震えているのが分かった。

「あんたにやる。そう言ったじゃろう」

 式高さんは腕を後に組んで、平然としている。

「でも、これ、一等賞よ。サマージャンボの。ご、五億円よ」

 ソノコさんの声が裏返っている。

「それこそ三十年や四十年前だったら変わってたけどな。今更わしがもらっても、遣いきれんし、活かしきれん。あんただったら、有効に遣える。そう思ったから、託すことにしたんじゃ」

 街灯に照らされたその目は、細められている。

「そんなこと、言われたって」

 さすがのソノコさんも、受け止めきれない様子だ。

「まあ、びっくりするのも分かるが。実はな、ソノコちゃんにそれを渡そうと思ったのはもう一つ理由があるんじゃ」

「理由って」

「わしはな、前にも言うたと思うが、死のうと思って家を出てきたんじゃ。そこである人に助けられてな。その人はわしのことを全部聞いてくれた。それから自分のことも全部話してくれた上で、お互い、生きてやれることはまだあるはずだろう、てな。それから何年も経ってからじゃが、その人のことを聞いて回ってる女の子がおった。そっくりじゃなあ、すぐに分かったよ。ソノコちゃん、その時からわしはずっとアンタのことを見て、応援しとったんじゃ」

 式高仁也さんは、言うだけ言うと、さっさと段ボールの中に戻っていってしまった。ソノコさんが声をかけても、反応はない。立ち尽くすソノコさんの代わりに僕が名前を呼ぶと、

「うるさいわい。眠られんから、どっか行け」

 と怒鳴られてしまった。


 それからソノコさんと僕は、『スナックソノコ』まで無言で歩いた。話したい事は山ほどあるが、言葉は何も出てこない。

 『スナックソノコ』に戻ると、ソノコさんはグラスを二つ取り出して、ウイスキーを注いだ。一つを僕の方に差し出した後、手元のもうひとつを、氷も入れずにそのまま飲み干す。僕はさすがにそのままでは舐めることもできなさそうなので、水道の水で十分に薄めてから、一口だけ口に含んでみた。さすがに炭酸水はどこですか、とは聞けない。ソノコさんはアイスピックを取り出して氷を砕いた後、自分のグラスに二杯目を注いで、ついでに僕のグラスにも氷を放り込んでくれた。その後、カウンターから出て、僕の隣に並んで座る。

「死のうと思って家を出てきたなんて、聞いたことなかったわよ。ましてや、父に会ったことがあるなんて」

 しばらく黙ってグラスを傾けた後、特に何を尋ねたわけでもないけれども、ソノコさんがつぶやいた。僕が答えようがなくて黙っていると、

「仕舞い屋ってね。私自身がやり残してきたことに他ならないと思ってるの」

 とカウンターの後に並べてあるウイスキーのボトルを見つめながら続けた。

「ソノコさんがやり残してきたこと、ですか」

「はじめて式高さんに頼まれて、娘さんに会いに行ったときね」

 仕舞い屋を始めるきっかけになったエピソードだ。

「なんていうか、嬉しかったの。自分の勝手で家を飛び出してるじゃない。だから、誰かのために……特に親のために、何かをしてあげられたことって、あんまりなかったのよね。親孝行の代わりなんて言うつもりはもちろんないし、その資格もないけど、誰かのために何かをしてあげられることって、嬉しいじゃない」

 分からなくもない。以前ソノコさんが言った、「楽しいから」という仕舞い屋を続けている動機の中には、そんな部分が含まれているのだろう、と思った。


 そのまま僕たちは、人気のない店内で黙ってウイスキーを飲み続けた。とは言っても、飲んでいたのはソノコさんだけで、僕の方はほとんど氷をばりばりとかみ砕いていただけだけれども。

 ずいぶん長い時間そうしているうちに、やがて店の外がほのかに明るくなってきた。

「そろそろ電車が動き出すころね。朝ごはんでも食べに行こうか」

 ソノコさんは残っていたウイスキーを飲み干して、立ち上がった。レジの下から、いつものように茶封筒に入れたアルバイト料を取り出して、

「お疲れ様。これ、ありがとね」

 と言いながら、手渡してくれた。すっかり徹夜になってしまったが、何故だか少しも眠くはならなかった。朝ごはんを食べたら帰ろう、と思って僕が立ち上がった時、店のドアの外に人影が立った。ソノコさんがドアを開けると、そこに立っていたのは一人の年配の女性だった。キュロットにノースリーブという、なかなか年齢不相応な若い恰好をしている。逆光で顔はよく見えないが、全体の雰囲気に見覚えがあるような。

「あら、おはようございます。大山さん」

「おはよう、ソノコちゃん。あら、ダーリンじゃない。まあ、こんな時間に二人でいるなんて。近頃の若い子は、油断も隙もないわねえ」

 店内に入って来たその女性は、確かに大山佐代子さんだった。あの時、ベールの下から出てきたのと同じ真っ赤な口紅が、浮き上がって見える。そんな馬鹿な。僕は、ホラー映画のラストシーンを観ているような気分で後ずさった。

「朝早くから、どうしたんですか、大山さん」

 ソノコさんはなんでもなさそうに、普通に尋ねる。

「なんでもないわよ。お散歩をしてたらソノコちゃんの店に人が見えたから。それより、ダーリンが一緒なんて、ラッキーだわあ。ソノコちゃんから連絡先を聞こうと思っていたところなのよ」

「じゃあ、ちょうどよかったですね、本人に聞いてくださったら」

 ソノコさんと大山さんが僕の方を見た。連絡先だって。ダーリンって、なんなんだ。

「お、大山さんって、末、いやその、病気やったんとちゃうんですか」

 声を上ずらせながら、僕はかろうじて尋ねた。確か末期がんで入院中で、春には車いすから立ち上がることもできなかったはずなのに、そんな様子はかけらも見られず、あまつさえこんな早朝にさわやかに散歩しているなんて。

「そうよ、末期がんってことで入院中だった。実際はガンに違いないって思いこんでた、いわばノイローゼみたいなものだったんだけどね」

 ソノコさんがにこにこしながら、言う。

「ダーリンが結婚式を挙げてくれたおかげでこの通り、すっかり元気になったのよ」

 大山さんが両手を振り回して体操をしながら言った。

「元気になってよかったですよねえ、大山さん」

 ソノコさんは大山さんの方を振り返って、軽くうなずいた。

「ありがとう、ソノコちゃん。それでね、結婚式の次はハネムーンやない。だからダーリンと連絡をとりたかったのよ」

 現実がまだ受け止めきれていない僕に向かって、にっこり笑って大山さんは言った。

「ハワイなんて、どうかしら。ダーリン」


「ソノコさん、はじめから知ってはったんですか。大山さんが実はガンじゃないって」

 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーをすすりながら、僕は尋ねた。大山さんのアプローチには参ったが、僕が青くなったり赤くなったりしているのを見て大笑いをし、冗談よ、からかっただけ、と解放してもらえた。本当に自分がガンでもう長くないと思い込んでいたのだけれど、あの結婚式の後元気になって、すっかりそのノイローゼは治ってしまったらしい。

「知ってたわよ。だからお医者さんも、手伝ってくれたんじゃない。ああいうことして、納得出来たら元気になるかもってね。結婚式を挙げたいっていう夢は本物だったからね」

「言ってくれたらいいのに。僕は知らんかったから、てっきりもう亡くなってるかと。だってあの時には自分の足で立つこともできへんかったやないですか」

「だから大山さんのこと、幽霊か何かだと思ったのよね。深夜だったらまだしも、明るくなってたのにね」

 ソノコさんはその時の様子を思い出したのか、くっくっと笑った。よほどうまく化粧をしているのか、笑ってもしわの後が残らない。時々、この人が男だということを忘れてしまっている。怒る気にもなれず、話題を変えた。

「大山さんは結構なお金持ちやって言ってましたよね。そんな人がいたり、式高さんみたいに段ボールの中で寝てはる人がいたり、複雑な町ですね」

「まあね。式高さんの場合はずっと段ボールってわけじゃないみたいだけどね」

「どういうことですか」

「日雇いの仕事に行って、お金のある時にはホテルに泊まったりすることもあるからね。でも、ここ最近はあんまり仕事、ないみたい。年齢も年齢だから、若い人に先にとられるということもあるみたいだしね」

 この町にある人生も、一定ではないということか。僕は式高さんが温かいベッドで眠れる日が一日でも多くあればいいのに、と思った。

「それにしても、何回か手伝わせてもらっただけやけど、同じ内容ってなかったですね。毎回どんな依頼が入るか分からないのに対応するの、大変ですよね。なんかこう、パターンとか、あるんですか」

 見ようによっては、単に悪ふざけをしているだけのようにも思える。けれどもそれで救われる人がたくさんいると、神父の旭さんが言っていた。大山さんの例などは、死にかけているように見えた人がすっかり治ってしまったのだ。

「パターンなんて、ないわよ。だから面白んじゃない。大げさな言い方だけど、人が生きてるって、そういうことなんじゃない」

「人が生きてる、ですか。難しいな。ほな、これから、どうしはるんですか。式高さんの宝物、受け取ったら仕事なんかせずに暮らしていけるやないですか」

「どうもしないわよ。これまで通り、仕舞い屋を続けるだけ。式高さんのお金は、仕舞い屋の仕事のために資金として遣わせてもらうわ。多分本人もそのつもりのようだったしね。やってあげたくてもやれなかったオプションがこれまでもたくさんあったからね」

 ソノコさんは本気で言っているらしい。

「そしたらあの、僕はアルバイト続けさせてもらえる感じですかね」

 少しだけ、調子に乗って僕は言った。


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仕舞い屋のソノコさん 十森克彦 @o-kirom

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