終章〜決戦と暗躍〜

肆拾壱

 

 獅童達がエルサール城にて戦いを繰り広げている頃、城下に広がるエルサールの首都では。


「なんだよ、こんなの聞いてねぇぞっ!? ただ爪牙人狩るだけの仕事じゃねぇのかよ!」


「尻尾が九本ある爪牙そうがのガキがヤベェ!! 俺は、降りるぞ、こんなことやってられるかっ———な、なんだおまえら」


「キキさんじょう!!」

「ククも!!」


 国王の指示により爪牙人を狩り立てに行った王国軍、城下町は混乱し暴力の嵐が吹き荒れ、しかし、こだますのは爪牙人達の悲鳴ではなかった。


「れゔぃあネエさまの、おしえそのいち!」

「そのいちぃっ」


 逃げ惑う王国軍の前に現れたのはまだ幼い双子の爪牙人、二人は王国軍を見つけるなり掛け声を上げて構えをとった。


「あしに力をいれて、こしをおとすっ」

「おとすぅっ」


「そのに! このよで一番うつくしいのはぁ」

「れゔぃあネエさまです!!」


「そのさん!! 口を大きく開けて、おなかに力をいれる!!」

「いれるぅ!!」


「「せーの、《海竜の加護:海鳴りうみなり》はぁあ——————!!」」


 大きく開かれたキキとククの口から轟音とともに繰り出された衝撃波は、王国軍の兵を軽々と吹き飛ばし余波に巻き込まれた他の兵達と連なって家屋にめり込み、打ち付けられ、二人の前から消え去った。


「やったねクク!」

「うん、やっつけたぁ」


 両手を打ち鳴らし互いに喜び合うキキとクク、その姿をなんとも言えない表情で眺めていたワイオスは、戸惑いを通り越して、引きつった苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「お、おまえたち? やっつけるのは全然いいんだが、やりすぎはダメだぞ? もう関係ない家とかどんどん壊れてるからな?」


「ちっちっちですよ? ワイオスちゃま?」

「ですよぉー」


「「れゔぃあネエさまのおしえ、そのよん!! やるならてっていてきにやれ!!」」


 拳を突き出して息をぴったりに声をはる双子の少女キキとククにワイオスは頭を抱える。


「あのネーちゃんっ、うちの可愛い子供らになんてこと教えやがんだまったく」


 そこへ、別の方角から男達の悲鳴が聞こえ、ふと視線を向けると九つの尾をなびかせ、周囲にまるで人魂のような怪しく揺らめく紫の炎を無数に従えた幼い少女が一人、指の一振りで放たれる紫の炎で王国軍を追い回していた。


「あらあら、それでも殿方でしょうか? こんな幼な子から逃げ惑うなんて、滑稽ですわね? リリはがっかりです」


 とても幼女とは思えない雰囲気と微笑みを浮かべたリリは、許しをこいながら逃げ惑う王国軍を据わった瞳で追い立て、またしてもワイオスは頭を抱えた。


「なぜこうなった、もとはと言えば獅童とあのネェちゃん達に関わったのが原因じゃないのか……いや、絶対そうだ、あいつらが関わると人が凶暴化するんだ」


 現実逃避気味に周囲の惨状から目を背けてため息をつくワイオス。獅童の救出に少女達が出立してすぐ、リリに言われるまま、爪牙の子供達でも匿ってくれそうな心当たりへと避難、そうして間も無くリリの助言通り王国軍が町に押し寄せ、手当たり次第、奴隷となっている爪牙人達を乱獲し始めた。そして反抗した奴隷の所有者や町のゴロツキ、奴隷商人達に対する王国軍の容赦ない対応は、反抗する者達の意思をあっさりと摘み取った。

 しかし、そこへ飛び込んでいったのが誰でもない、ワイオスに避難するよう進言したリリ自身で、なぜかキキとククが続き、町は三人の幼い少女の乱入によって大混乱へと陥ってしまった。


「そこへ加えて、なんだよコレ……あんたもアレか? 獅童達と関わってぶっとんじまった口か?」


「ふふふ、よくぞ聞いてくれたワイオス君、その前に一つ確認だが? 君の言う“獅童達”とは六人の少女達を引き連れた風変わりな男のことだね?」


 頭を抱えるワイオスの視界に現れたのは、メイド服の魔導人形を無数に引き連れた、赤と青の瞳を持つ少年の姿であった。


「そうだよ、あんたのところを紹介しちまったのは俺だしな? それよりなんの真似だ、メイド人形をそんなに持ち出して……預けた子供らは大丈夫なんだろうな?」


「心配は無用だとも、彼らは地下のシェルターで快適に遊んでいる頃さ? それよりも彼女達はただのメイドではないのだよ……ボクは待っていた、この時、この瞬間、この状況がおとすれる時をずっとずっと待ち焦がれていたのさっ!!」


 “錬金屋”の店主である風変わりなオッドアイの少年クラウスは、普段よりもなお一層ウザく燃え上がっていた。


「なんだよ、声デケェよ、もういいよ、ついていけねぇよ」


 頭に手を当てながらクラウスの言葉をワイオスが聞き流していると、キキとクク、リリの暴動を制圧するべく、辺りを取り囲むように王国軍の兵士が集まってきた。


「ふふふ、この子達の炊事や家事スキルはただのおまけだよ、ちょうどお誂え向きの雑兵どもがいるね? バトルモードだボクの魔導人形達!!」


 メイドの格好をした魔導人形達は、クラウスの掛け声に応じると背中に機会仕掛けの羽のようなものを左右に二対ずつ出現させた。


「「「「一斉掃射、外敵のお掃除を開始いたします」」」」


 王国軍の兵達からわずかにどよめきが起こる、同時に背中から飛び出した鋼鉄の羽の一部が分裂し魔導人形の周囲に浮遊する。そして、青、赤、黄、緑、それぞれの色の光を宿した円形の魔法式を展開した。


「————総員退避!! 退避!? ぅわぁあああッ!?」


 炎、風、水、雷、それぞれの色の魔法式から放たれる魔法攻撃の雨が王国軍の兵士達を追い回し、何の抵抗も許さないまま一掃してゆく。


「あー、なんだ、一応聞くが……おまえさんは何がしたくてアレを作った?」


 クラウスのもとへ近寄ったワイオス。その背後では魔導人形達による一斉攻撃を受けて逃げ惑う王国軍たちの絶叫が響いていた。


「もちろん革命だよ!! ワイオス君!! 時はきた、我らが真の王たる方がご帰還されたのだ、こんな腐った政治ごっこはもう終わる」


 満足そうに状況を静観していたクラウスがワイオスを見上げていった。


「王? 一体なんのことだ?」


「さあ、ワイオス君、派手に暴れようじゃないか?! 王のご帰還に特大の祝砲を持ってこの腐った治世をぶち壊すのさ!!」


「ぇーっと」


 噛み合わないクラウスとの会話に困惑の表情を浮かべるワイオス、その時、遠く視線の先に見えるエルサール城が崩壊し“黒く禍々しい混沌“が突如出現した。






 ◇◆◇






 黒い影は様々な形を象っていた。羽と角を持った人型のもの、無数の手を生やし馬のような身体を持ったもの、全身に触手を生やした球体のもの、それらは異形と表現する他ない。生き物と言うにはあまりに禍々しくおぞましい。

 ただ一つ理解できることは、それが明確な敵意を持って獅童達を取り囲んでいると言うことである。


「ったく、忙しない野郎だな……こいつらは悪魔か? 何匹いるんだ」


 引きつった笑みを浮かべて周囲を見渡す獅童の視界一面が黒い異形の影に覆われていた。それは数を数えるのも馬鹿らしくなるほどに。


「これは、ドリュファストの力です……あの方、いえ、奴には元々部下や兵隊など必要ない、一人で一国を攻め落とせる化け物、奴にとってこの国も、私たちも、ただの玩具でしかない」


 わずかに声を震わせながらレティシアは語った。その様子に獅童は手にした剣の柄を握りしめて未だに目を覚さないフィナとレヴィア、ルーシーをその背で守るように真っ直ぐ構えた。


「どのみち、ここをしのげなきゃ俺たちは終わりだ。だったら死ぬ気でおまえの因縁もここで断ち切ろうぜ? レティシア」


「しどうどの————はい、あなた達は私が絶対死なせない」


 獅童の言葉にレティシアは深く頷き、槍を構える。同時にロゼとカミラ全員が背中を向けあい中心の三人を守るように異形の影と向き合った。


「———これが終わったら、てめぇだからな」


 獅童が決意と共に正面の敵、その先に悠々と笑みを浮かべて待ち構えているであろうドリュファストの姿を想像して強く睨みつけた。瞬間、おびただしい数の異形が獅童達を呑み込むように襲い掛かる。


 圧倒的な物量で襲い掛かる異形の軍勢に手にした両刃の剣を振りかざし、縦に、横に、とにかく渾身の力を込めて振るい続け、しかし、雪崩れ込むように襲いくる敵の圧力に獅童は歯を食い縛って必死に堪える。


「ぐ、くそガァあああ!! 剣道六段なめんじゃねぇぞコノヤロぉおッ」


「獅童どのここは私が!! はぁあああ!!」


 レティシアの操る風の魔法が、一瞬周囲の異形を蹴散らした。しかし、すぐに次の軍勢が流れ込み獅童達を圧迫していく。


「キリがないわねっ、こいつら血も通ってないし、ロゼは激しくこいつらが嫌い!」


「わたくしも、もう魔力が……いえ、最後の瞬間まで、戦って見せるのですわ」


 消耗していく体力、止むことのない敵の猛攻にロゼとカミラの表情も険しくなっていく。何体斬り倒したかもわからない、倒せているのかすらわからない。ただ、異形の軍勢はその圧倒的な数の暴力で単調な攻撃を繰り出しつつ獅童達を押しつぶすように折り重なっていく。


「————ッッっ!! 死なせない、おまえらを絶対に死なせない!!」


 身体はとっくに限界を超えている、腕の感覚も、全身に受けているであろう攻撃の痛みすらも感じない。些細なきっかけで粉々に砕けてしまいそうな意思を必死に奮い立たせながら獅童は叫んだ。


「————!!」


 瞬間、白銀の光が獅童の手に宿った。全身に流れる力の脈動を感じ、獅童は自分の中に眠る力の根幹に触れようとした、その時。


「獅童どの!? 危ない————」


 一瞬であった、獅童が自らの力の覚醒に触れるか否かのせとぎわ、わずかに意識が逸れた。


「っ!?」


 顔面に鈍い衝撃が走るのを感じ、なけなしの意思で保っていた足元はいとも簡単に崩れ、黒い悪夢が獅童とその背後で意識を失っている少女達を蹂躙する。


「や、めっ————フィナ」


 ボロ雑巾のように横たわり全身を踏みにじられ、獅童の視界が瞬く間に黒い異形の影によって覆われてゆく。己の弱さが、不甲斐なさが、罪悪感、喪失感が内混ぜになり獅童の精神を殴りつけ踏み砕き、一瞬で絶望と後悔がその心を食い散らかす。

 獅童は祈った、追いすがるように、ただ、頭に浮かび上がる少女の笑顔を守りたい、その一念を強く心に抱き、願い求めた。


 その時、一瞬獅童の視界に黒い異形の影に覆い尽くされた闇の中から陽光のような光がちらついた。

 刹那の出来事であった。それは視界を焼き尽くすような光、群がった異形達は一瞬で燃え上がる。ドーム状に広がった光は周囲に炎の渦を纏い、熱風を撒き散らしながら全ての異形を跡形もなく消し去った。


「助かったのか、これは一体————」


 一瞬の出来事に理解が追いつかず辺りをキョロキョロと見回した獅童、そして、炎の光の中心であった場所に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。


「フィナ、なのか? その姿は」


 少女は綺麗な黒髪に、髪先はグラデーションをかけたような黄金色。大きな真紅の瞳には以前のような獰猛さが感じられず、何よりも特徴的であった獣の耳と、尾が少女には無かった。


「しどー、元に戻ったのっ!? よかった……なんか話すと長いんだけど、あたしって人間と爪牙のハーフだったみたいで、この力、その、人間のお父さんから貰った力を使うと、なんでか人間になっちゃうみたいで————」


 獅童の無事を目尻に涙を浮かべて喜んだフィナは、照れ臭そうに頬を染めながら自分の状況を説明し、だが言い終える前に獅童は、思い切りフィナを抱きしめた。


「っ!? し、し、し、しどー? いきなりど、ど、どうしちゃったの」


「すまないっ、俺が弱いばかりにおまえ達を危険な目にあわせて」


 目の前で大切なものが手の届かない距離でこぼれていく、そんな絶望を味わい、また、無力な死を覚悟した獅童は、フィナを力強く抱き寄せながらその暖かさを噛み締めて言った。

 最初は赤面し、困り果てていたフィナであったが、獅童の言葉を聞くなりその表女を柔らかなものへと変え獅童の頭を優しく撫でながら抱き返した。


「そんなこと、ないよ? あたしは、あたし達はみんな獅童に救われた、誰もしどーが弱いなんて思っていないから」


「だが、俺は二度もおまえを守ることができずに————」


「でも守ろうとしてくれた……今は、それで十分だよ?」


 優しく微笑むフィナの暖かな表情に、獅童はその胸が強く脈打つのを感じていた。二人の間に甘く柔らかな時間が流れ始める。


「こほんっ!! ぅおほっん!! ええ加減にしよし? しどうはん? うちのこと忘れてへん?」


 獅童の背後から激しく咳払いが聞こえ、振り返ると頬をピクつかせながら薄らと微笑む蒼穹の少女が佇んでいた。


「レヴィア! 本当にありがとう、おまえがいなかったらと思うとゾッとする」


 その姿を認識するなり、獅童はレヴィアの両肩を持ってグイッと自分の胸に抱き寄せた。


「ま、まあ? わかってはるならええんどす……」


 真っ赤に火照った顔で獅童のことを見つめたレヴィアは気まずそうにそっと視線をそらして俯いた。


「獅童様もフィナさんも無事で何よりですわ」


「ふん、ロゼはもう疲れたわ? ご主人様、今すぐにロゼを抱き抱えて休ませるのよ」


 そんな様子を眺めていたカミラは、どこか諦めた様子で二人が無事であったことに肩を竦め、ロゼは少しムクれた表情で、しかし、的確に自分の要求を伝える。そこへ、むくりと意識を取り戻したルーシーが起き上がった。


「ふぁあ、よく寝たぁ! あ!? しど君が元に戻って—————ぁあ!! フィナ君っよかったぁあ生きてるのぉって誰?! フィナ君の匂いなのにフィナ君じゃない!?」


 目を覚すなり視界に映り込んだ獅童の姿に歓喜したかと思えば、近くにいたフィナへと飛び込む、しかし、その出で立ちが様変わりしていることに困惑しながらフィナの至る所を嗅ぎ始めた。


「ルーシーっ?! これにはワケが、あたしはフィナで間違いないけど、っちょ、どこ嗅いでんのっ?! やめっ、ん」


 ルーシーにもみくちゃにされていくフィナを見ながら、ずっと張り詰めていた緊張が安堵で緩んでいくのを獅童は感じていた。ふと、視界の端に少女達と少し距離をおき、沈んだ表情で佇んでいるレティシアが目にとまった。


「フィナ、おまえの仇を最終的に取ってくれたのは、レティシアだ」


「ぇ、あたしの仇……?」


 獅童の言葉に、一瞬考え込んだフィナは、ハッとした様子で周囲を見渡し、絶命したカークマンの姿をその視界にとどめると、レティシアのもとへ歩み寄り俯く彼女を見上げて言った。


「レティシア、言いたいことはたくさんあるけど、今は一言だけ言わせて?」


「はい、私のしたことは償い切れるものではない、だからどんな罵りも罰も私は受けます」


「そういうんじゃない」


 レティシアは、真っ直ぐフィナへと視線を向けその覚悟を語ったが、フィナはそれを一蹴して言った。


「次は、あたしがレティシアを助ける。文句は言わせない、償いもいらない、これは借りじゃないの、あたし達は仲間でしょ?」


 レティシアは堂々と告げるフィナの言葉に目を見開いた。そしてフィナの後ろにいつの間にか集まっていた少女達が同調するように力強く頷いている姿を見て、感極まった様子でワナワナと唇を震わせ、しかし、再び口元を結び直して強く頷き返した。


「はいっ、お願いします」


 偶然の出会いにより結ばれた少女達の絆は、しかし、確かに固い意思を持って互いに強く結びつき、より強固なものへと変わっていく。獅童はそんな姿に喜びを感じていた。

 少女達の間に緩やかな笑顔が戻り、獅童も落ち着きを取り戻そうかとしていた瞬間。


「——————!!」


 再び城内に激しい揺れが響いた、そして揺れは激しさを増していき次第に半壊していた儀式の間は崩壊を始め大穴の開いた壁は天井まで亀裂が入り、瓦礫となって最後には崩れ落ちていく。

 吹き抜けとなった天井、しかし、獅童の視界に映り込んだのは清々しい青空ではなく、黒く禍々しい絶望であった。

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