参拾伍
緊迫した空気が一瞬でその場を支配した。誰よりも早くレティシアへと仕掛けたロゼの行動をフィナは横目で眺めつつ、この状況に似つかわしくない表情をした白い軍服の男を睨みつける。
「やりすぎだってば、ロゼのバカ」
ロゼの展開した鮮血の乙女を見て焦燥をあらわにするフィナ。当初の予定では、レヴィアの攻撃に乗じて潜んでいたフィナとルーシー、そしてロゼが獅童を救出、カミラが陽動に徹するという作戦であった。
しかし、その思惑は、先走ったカミラの暴走、協調性のないロゼの独断、何より予想を遥かに上回るレティシアの実力によって見事に砕けたのだ。
「作戦は失敗? 同情するよ、でも君たちの計算はもともと的外れだと思うな? 特に、国王陛下のお気に入り、あのお方は何故か爪牙人に強い執着があってね、お気に入りの爪牙の女の子を見つけては魔改造していた。その中でもレティシアちゃんは一線を画していたね、意味がわかるかな? 彼女は元々強いんだよ、きっとこの国で三番目くらいに」
白い軍服の男はニコリと微笑む。同時に視界の端でありえない光景を目の当たりにしたフィナは驚愕にその目を見開いた。
「だから、シドウ・ケンザキの力は国王陛下にとって願ってもない贈り物だったんだよ」
フィナの瞳に映り込んだもの、それは、顔色一つ変える事なく一瞬で鮮血の乙女を内部から掻き消し、まるで子供を相手どるかのように、ロゼの首を掴んでいるレティシアの姿だった。
「さぁ、僕たちもそろそろ始めよう。でもその前に問題です、僕は何番目に強いでしょう?」
フィナの視線に気がつき、ちらりと背後を確認した男は、微笑みを崩すことなく向き直り細剣を向けて向き直り問いかけた。
フィナは、ぎりっと歯がみして眼光を鋭く細めながら拳を構えた。
「————知らない、でも一つだけわかる。あたし、あんたみたいな奴が一番嫌い」
◇◆◇
「これでわかりましたか? あなたと私では、最初から勝負にならないと」
予想通り、レヴィアから修行を受けたとはいえ、まともに戦っても絶対に勝てない。そうロゼは確信していた。
「————っうるさい」
全力の不意打ちをあっさりと破られ、反撃する間もなく首を鷲掴みにされたロゼは、ぎりっと苛立たしげに歯がみして、小柄な身体を後方に回転させレティシアの手から逃れると、空中で距離をとった。
「……ここまできてしまったからには、覚悟ができていると受け取ります。故に今回は、手加減なしで行きますよ」
「上等かしら、この程度でロゼの底を見た気になられても困るし? かかってきなさいよ」
実力差を理解しながらも、油断なくロゼを睨みつけるレティシアに余裕の笑みを浮かべたロゼだが、明らかに虚勢であった。
「わからない人ですねっ————」
再びその手に風の槍を出現させたレティシアは、勢いよく空中にいるロゼへと向かってその翼を広げ、槍の一突きと共に一瞬で肉薄。
ギリギリのところで手に纏った鮮血の籠手を使い受け流したロゼは、その後も繰り出される凄まじい突きに紙一重で反応しながら徐々にその高度上げていく。
「しつ、こい!!」
一瞬の隙をついて大きく後方へ下がったロゼは、手首から血液を周囲に四散させた。
「遅いっ」
しかし、攻撃の隙を与える事なく槍を構えたレティシアが疾風の如く迫る。寸前で槍を躱したロゼ、だがもう片方の手に魔力を収束させたレティシアは、ロゼの腹部へ至近距離から魔法を放った。
「あなたの力は恐ろしいですが、当たらなければいいだけのこと《
「————!!」
まるで鳩尾に鉄球を落とされたような衝撃を受けたロゼは、勢いよく落下する。そこへ追い討ちをかけるべく槍を真下へと構えたレティシアが急降下を始めた。
「————ロゼは、まけ、ない、負けたら、ご主人様に……あなたを戻してあげられない! 《血液操作:
激痛に飛びかけた意識を必死に手繰り寄せたロゼは、落下する自分とレティシアが重なる瞬間に、先ほど周囲に漂わせた血を鋭利な針へと変化させ上空から降り注がせた。
「————!?」
異変に気がついたレティシアは、手にした風の槍を解除して防御の構えをとった。
「くっ——《
降り注いだ鮮血の雨はその肌に届く事なく消失した。間一髪のところで攻撃を回避したレティシアは、ここにきて初めてその表情を変え、崩落した瓦礫のそこに立つロゼへと視線を向ける。
「やはりあなたの力は————!?」
レティシアが視線を向けた先、全身に黒い魔力を纏ったロゼの姿に目を見開いた。
「チェック、かしら《闇魔法:
瞬間、ロゼの纏っていた黒の魔力は二人を漆黒の世界へと包み込んだ。
◇◆◇
フィナと白い軍服の男が対峙し、ロゼとレティシアが激しく攻防を繰り広げる最中、百近い虚な瞳の爪牙人に取り囲まれたルーシーとそこへ合流したカミラは、届きそうで届かない獅童との距離感に苛立ちを感じていた。
「ロゼ君とレティ君、下に落ちちゃったよぉお! それに、この子たち手加減しながら戦うの大変なのぉ、しど君にも全然近づけないし、お腹すいたし、もぉやだよぉお」
「ルーシーさん?! 今はそれどころではありませんわ? とにかくこの方達を全員、的確に気絶させ、わたくしたちで獅童様を救出いたしませんとっ」
「ふぇえ」
爪牙人達は、獅童の“血の力”によって潜在能力を高められており、ルーシーの潜在的能力がいかに飛び抜けているとはいえ、個々に油断できない戦闘能力を持っている爪牙人達にカミラはわずかな焦りを感じていた。
「なんで、この子たちは意識戻らないのっ? しど君の血を飲んだらあーし戻ったのに! 胸の石壊したら戻るかな」
襲いくる爪牙人達の猛攻を躱しながら、急所を外すように拳を叩き込み、地面を凍らせて足場を奪ったりと、器用に立ち回るルーシーは首を傾げてカミラへと問いかける。
「それはっ! はぁっ!! 危険な気がっ、せいっ! しますのっ!! ですわ!!」
カミラはとにかく刀の峰を使って手当たり次第強打しては、爪牙人達をなぎ倒していく。しかし、その額には、じんわりと嫌な汗が滲んでいた。先ほど建物を半壊させるために“獣化”した反動が元の姿に戻って一気にカミラの体力を奪っていた。
「カミラ君、キツそうだね? あーしの後ろで少し休んでなよ」
異変を察知したルーシーは、その背中で庇うようにカミラの前へと立った。
「わたくしは、まだ、大丈夫ですわ……それよりも、この方達を縛っている魔石をどうにかしませんと、きっとわたくし達を縛っていた首輪とは根本的に違う気がしますの、もっと、危険なもののような気がしますわ」
気丈さを演じつつ爪牙人達の胸元を見つめる。禍々しく怪しげな赤黒い光を放つ魔石は、まるで脈を打ち鼓動を繰り返しているようにカミラには思えた。
「むぅ、じゃあどうしたらいいのさぁ!! もうみんなまとめてカチコチにしちゃうからね!」
「そうですわね、レヴィアさんなら何か手を打てそうですが……」
襲いくる爪牙人達を圧倒しながら地団駄を踏むルーシーに、苦笑いを浮かべその視線を蒼穹の髪を靡かせる少女へと向ける。
そこには、白骨の仮面をつけた人物を今までになく油断のない面持ちで見据えるレヴィアの姿があった。
そして、次の瞬間。
「————レヴィアさんっ」
指を弾く甲高い音と共に海色の瞳を細めたレヴィアと、白骨の仮面の人物は二人同時にその場から跡形もなく姿を消した。
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