五章〜過去・決別編〜
参拾肆
エルサール城、儀式の間。城の上層階にあるこの空間は、剣崎獅童が召喚された際用いられた場所であった。
現在その場所には、国王ドリュファストを始め、側近のエンヴィル、王国軍大佐カークマン並び王国軍の精鋭達、その少し離れた場所にレティシアはいた。
そして、中心に集められた百数人の爪牙人。先頭には、身体の至る所に生々しい傷を受けた剣崎獅童が手当ても受けないまま虚空を見つめている、同様に色のない瞳の爪牙人たち、全員がその胸に赤黒い石を怪しげに光らせていた。
「よい、よいぞ! 一人一人が王国軍の精鋭を遥かに凌ぐ戦闘能力、そして、その全てが意のままに動く駒!! 勇者の力などなくとも世界は一つになるのだ、余の手で創造して見せよう!!」
ドリュファストは上機嫌に表情を緩めながら高笑いをあげた。
「だが、まだ足りぬ———この辺り一帯の爪牙人を片っ端から集めるぞ、カークマン! 町へと向かわせた軍はいつ戻る!?」
声を荒げるドリュファストへ優雅に一礼したカークマンは、張り付いたような満面の笑みを浮かべて応えた。
「はい、国王陛下、先ほど“通信魔法”で確認いたしました所、間も無く町へと到着する頃かと。今しばらくお待ちいただければ、子供から大人まで全ての爪牙人を御前へと」
「遅いな、だがまあよい、ただのおもちゃがまさか兵器に変わるとは! 剣崎獅童よ貴様の力、最後の一滴まで無駄にはせぬからな! 安心して役目を待っておるがいい」
「————」
虚な瞳は、感情を表すこともなく、ただ跪く形で現在の主人へと応える。そんな剣崎獅童を見て満足げに笑みを深めたドリュファストのもとへ、息を切らした王国兵が駆け寄ってきた。
「て、敵襲————敵襲です!!」
「ふん、来たか……ちょうどいい、奴らもこの軍勢に加えてやろう、敵はどこだ? どうせ貴様らでは足止めにもなっていないだろう? もう城内か?」
「そ、そ、そ、それが、敵は人ではなく巨大な水の化物で————」
「———————!!」
瞬間、轟音と共に建物全体が揺れ動き、周囲の壁が振動でひび割れパラパラと壁面の塗装が崩れ始める。
「——————」
再び鳴り響く轟音、それはまるで何かが城の外壁を強打しているような音だった。そして、次の瞬間、慌てふためく王国軍達の足元が窪んだ。
「ゆ、床が崩れて——ダメだっしずむ」
「助け、助けてくださいっ!! たいサァ————」
次第に崩壊していく床はバラバラと崩れ落ち、逃げ遅れた者達を呑み込むようにその半分が崩れ去った。
そして、崩れ落ちた何もない空間からゆっくりと虚空を歩く人物が、この異常な状況にあって優雅に、そして上品に佇んでいるのが見えた。それは、美しい女性の顔立ちに雄々しく湾曲した巨大な角を持ち、華奢な女性らしい身体つきに不釣り合いな程発達した、たくましい脚は栗色の体毛で覆われていた。
まさに半獣の様相を呈した一人の少女は、赤と黒二本の刃を両手に持ち唖然とするドリュファスト達を睥睨する。
「————貴様、誰だ、爪牙人? なのか、そんな姿の者は報告になかったが」
「真っ二つ、ですわ」
流石のドリュファストも突如として崩壊と共に現れた異様な少女、その口からこぼれた言葉に眉をしかめて問いかけた。
「な? 何を訳のわからないことを」
「これで真っ二つ——————ですわっ!!」
少女は叫び声と共に虚空を垂直に蹴ると、半分床の崩落した壁の柱へと手にした二対の刃を構え、しかし、思い切り角で激突した。
「なんだ、一体なんだというのだ」
半獣の少女の意味不明な言動に、思わず困惑するドリュファスト。少女は、しかし、構わずにその体制のまま更に空中で脚に力を込めると裂帛の掛け声と共に壁際の柱へとめり込んだ角を更にめり込ませた。
少女の行動に思わず動揺し、動きを止めていた周囲の人間も次第にその肌で異変を感じ始める。少女の角がめり込んだ柱を中心にビキビキとひび割れる音を響かせながら、大きな亀裂が壁中に広がっていき。
「はぁあああああああ————ですわっ!!」
少女の掛け声がこだますのと同時、周囲に走った亀裂は更に広がっていき、瓦礫が崩れ始めた事をきっかけに建物はその半分を一気に崩壊させた。
儀式の間はドリュファストを始めとした側近二人とレティシア、剣崎獅童と爪牙人だけを残して見事に半壊。清々しいほど日当たりが良くなったところで、宙に佇んでいる少女が声を張り上げた。
「獅童様!! 約束通り、わたくし、この城を叩き切って差し上げましたわよ!!」
鼻息を荒げて言い切った少女に、誰もが困惑以外の表現を出来ずにいる中で、その背後から現れた光景にドリュファスト達は息を呑んだ。
「いや、斬ってへんやんろ? むしろ叩き壊したんとちゃいます? 刀使うてへんし? まあ、その気持ちだけは十分伝わってると思うわ、なあ? しどうはん」
はんなりとした柔らかい口調で、しかし、的確にツッコミをいれる少女の声、だが、そんな声などそこにいる者たちの耳には届かない。それ以上に、目の前にいる“それ”が圧倒的すぎた。
「ドラゴン——」
誰が呟いたのか、ぽつりとこぼれたその言葉。彼らの視線が集まる先にいたのは紛れもなく竜と表現するしかない生き物の巨大な頭部、それは、水によって造形された竜であった。
「みなはん、おおきに。早速やけど死んでおくれやす?」
竜の頭部に立つ一人の少女は、美しい蒼穹の長い髪を揺らしながら、深海のように冷たい眼差しでドリュファストを見定めると。掌を前にかざし、同調するように巨大な顎門を開いた水の竜は、その口から渦を巻いた水の塊を凄まじい勢いでドリュファスト達へと放った。
水の塊はその場にいた全ての者へ直撃後、内部から渦潮のような魔力の放流を発生させ爆発した。まともにくらえば間違いなく肉片へと化す威力。そんな攻撃を躊躇なく放った少女は海色の瞳を細めて薄らと微笑む。
「なかなかやるやないの? レティシアはん。幸か不幸か、それなりの死線をくぐらされてしもうたんやねぇ」
「……やはり、大袈裟な攻撃はおとりでしたか、他の方達が獅童どのを奪還する予定だったのでしょうが残念です」
ドリュファストを庇うように、手にした風の槍で水の竜の一撃を相殺して見せたレティシア。周囲を見回すと攻撃が直撃したはずの剣崎獅童や爪牙人は無傷、そして、先ほどまで姿の見えなかった黄金色の髪を赤いリボンでまとめた小柄な少女と真っ白な長い髪を揺らす大柄な少女が増え、それぞれが王国軍大佐のカークマンと、国王の側近である角の生えた白骨の仮面をつけたエンヴィルによって行く手を阻まれていた。
「ほんと、ほんと! いい線だったけど残念だったね? いやぁ、まさか偶然僕のお相手が君になるなんて、楽しみにしていたんだよ? フィナちゃん?」
どこか歪で、貼り付けたような笑顔を目の前の少女へと向け腰から抜いた細剣の切っ先で無駄に空を切って挑発する。そんなカークマンの行動に少女は顔をしかめて応えた。
「キモっ! ちゃんづけとかすごぃキモいよ、ていうかあんた誰? 邪魔」
辛辣な言葉を並べ立てた少女に対し、特に心をみ出される様子もないカークマンはニコニコと笑顔のまま、しかしカークマンの異常な殺気を肌で感じている少女は、後方に見える剣崎獅童の姿に唇を噛むことしか出来なかった。
「あーしの相手は仮面君でいいの? ぶん殴っちゃっても大丈夫?」
少し離れた場所で、両手を頭の後ろに組んだ大柄の少女は、エンヴィルをだるそうに見つめて問いかけた。
「はい、はい、はい。いいですねぇ、あなたも実にそそられますが、私には他にエスコートさせて頂きたい女性がいますので」
エンヴィルは、少女に恭しく頭を下げると仮面の奥に光る視線を、水の竜を従えている少女へと向けた。
「————」
それを理解していたかのように、海色の瞳を静かに細めて少女はエンヴィルを見据えた。
「という訳で、他の方々のお相手は仲良く同胞同士でやっていただくといたしましょうか、はい」
少女の反応に満足げな声色のエンヴィルは、人形のように瞳の色を失った爪牙人達を見つめて言い放つと同時、集められていた爪牙人達は大柄な少女へと一斉に身構えた。
「ふん、騒々しい——エンヴィル! 余は自室で待っておるからな? あまり時間をかけるでないぞ、剣崎獅童を奪われぬようにな」
余裕を取り戻したドリュファストは、エンヴィルへと声を荒げる。そして、半壊した建物のかろうじて残っていた出口へ向かい悠々と歩いてその場を立ち去る。
「かしこまりました、我が君、レティシアさん? 彼のことよろしくお願いしますよ? はい」
ドリュファストの後ろ姿を一礼して見送ったエンヴィルは、レティシアへ剣崎獅童の護衛を言いつけた。
「————はい、エンヴィル様」
静かに応えたレティシアは、風の槍を手に虚な瞳を浮かべている剣崎獅童のもとへと歩み寄ろうとした、瞬間。
「一人忘れてないかしら? あなたの相手は、ロゼよっ」
突如真上から飛来したのは、滑らかな羽を広げる紫の髪色をした少女。勢いよく突き出した手には鋭利な爪を思わせる、血のように赤い籠手を身につけていた。
「あなたですか————随分と雰囲気が変わりましたね、ですが私に勝てなかった事実はこの短時間で覆るものではありません」
鋭利な籠手の爪先を、手にした風の槍で受け止めたレティシア。少女は空中に身を留めたままニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「受けたわね? やっぱりあなたの力は攻撃と防御の切り替えが必要、だからこれで終わり!!《
少女が叫ぶと同時、手に装着していた籠手がどろりと溶け、レティシアを覆い隠すように広がった。
「————っ」
少女の血はその様相を、内側に真っ赤な針の飛び出した“乙女の棺”へと変化し、少女が飛び退くと、その鋭利な抱擁でレティシアを閉じ込める。
「安心して? 死なない程度にしか刺さらないから、ただし、想像も出来ないくらい痛いでしょうけど?」
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