弐拾玖
「——っとまぁ、こういう事情で俺達は俺達のことを理解してくれそうなあんたの後をつけて、様子を伺ってたってことだ、最初は幼い美少女を集めている変態……と思わない事もなかったが、ここにいる子ども達の姿を見れば一目瞭然だったよ」
獅童は、困惑するワイオスに向かってざっくりと事情を説明していた。ワイオスの自宅に押し入った王国騎士団、副団長ギメル及びその部下、町のゴロツキはしっかりと縄で縛られ気絶したまま床に転がっている。
「つまり、あんたは可愛いものに目がない乙女系ムッツリ男子だな?」
「あ?」
最終的によくわからない決め台詞をドヤ顔で言い放った獅童に対して、ワイオスは、両膝に同じ顔をした幼い少女二人を座らせ頭を両手でもふりながら不愉快そうに眉を潜めた。
「なんの話よ?! どう見ても子供達を保護していた心優しいおじさんでしょう? みんなが、しどーみたいな変態じゃないんだから」
「おじ————」
勢いよくドヤ顔の獅童へツッコミを入れたフィナ、そして全く悪意のない少女の一言にワイオスは顔を硬直させる。
「いや、俺にはわかる……こいつは俺と同じ種類の生き物だ!!」
「だとしたらご主人様と同等の扱いをしなければいけないわね? あなた、床に這いつくばって頭でロゼの足を支えなさい」
ふわりと身体を浮かして見下げながら足を組むロゼに、関わってはいけないと直感で感じたワイオスは、強引に話題を獅童へと向けた。
「おたくら、いつもこんな調子なのか? まあ、俺もおたくも爪牙人と普通に接している時点でこの国じゃ変人扱いに変わりはないが」
そして、自嘲するような笑みを浮かべて呟いたワイオス、その両手にはしっかり双子少女の頭があり二人とも慣れたように微睡んでいる。
「あんたみたいな人間は他にもいるのか?」
「さてな、いないと言うより“そんな姿を見せられない“の方が正しいかもしれん。皆恐れているのさ、周りの人間から弾かれる事を。だがな、人間の中には、たとえ“子供が生まれなくても”爪牙人の恋人を持っていた奴らや、友を持っていた奴も多くいた、国は腐ったが人間の心が完全に腐ってしまったわけじゃないと俺は思いたいね」
ワイオスは両膝に腰掛けた幼い頭を撫でつけながら重たいため息を吐いて複雑な表情を浮かべた。
「そうか、あんたも……大切な人を守れなかった償いに」
「いや、全くないな。むしろ今がその守りたいもの絶頂期だ」
彼の行いが過去の傷によるものなのでは、と感じた獅童は、心中を察するように声をかける。しかし、真っ直ぐ視線を向けてワイオスは全力で否定した。
「……」
「……」
沈黙と微妙な空気が流れた。そして獅童はルーシーに視線を向けると手招きして呼び寄せた。疑問符を頭に浮かべたまま近寄ってきたルーシーをワイオスの前に立たせ、たわわな胸を寄せるように前のめりで腕を組ませた。
「どう思う?」
「あ? どうって何がだ」
ワイオスは、顔色ひとつ変えずに怪訝な顔でよくわからない行動をとる獅童に視線を向ける。
「ルーシー、悪かったな、もう大丈夫だ。代わりにフィナを呼んでくれ」
「ん? あーし終わり?」
終始よくわからないまま、ルーシーは子供達と戯れていたフィナと交代。
「なんか、すごぃ関わりたくない感じなんだけど……どしたの?」
ワイオスと獅童の間に立たされたフィナは警戒をあらわに眉根を寄せて獅童を見つめる。
「ちょ、何すんのよっ——変なとこ触らないでってば」
獅童は特に何も語る事なく、フィナを床にへたり込んだように座らせ、下顎を若干引いた角度からワイオスの顔を見上げるように指示する。
「どうだ?」
「可愛いことは可愛いが、ダメだ——無垢さにかける」
「そうか」
「なんのやり取りっ?! めっちゃ肌がゾワゾワするんですけど?!」
獅童は次に、前髪が両目にかかった大人しそうな印象でクリーム色の髪にピンと立った獣の両耳、小さな身体の半分以上あるふかふかの尻尾を持つ幼い少女に目をつけ、手招きして呼び寄せた。
びくっと肩を浮かせた少女だったが、恐る恐る獅童の元へと近づき。
「君の名前を教えてくれるか?」
「——リリ」
「よしリリ、少しだけここに立っててくれ、服の裾を両手でちょっと引っ張って——前髪はこんな感じか」
前髪の隙間から、キラキラとした可愛らしく大きな翡翠色の瞳がまだあどけない色を宿して、獅童に言われるまま恥ずかしそうにワイオスを見つめる。
「————————」
一撃で心を射抜かれたワイオスは、少女の可愛らしさに絶句。
「フィナ、これが現実だ。こいつは間違いなく重度の可愛いもの好きな変態さんだよ」
「はぁ、しどーもおじさんもほんとサイテー」
呆れたようにため息を漏らして肩を落とすフィナ。獅童は初めてワイオスを目にした時から自分と通じるものを感じていたらしく、どこか満足げであった。
「ワイオスちゃまは変じゃないよ? あちし達みんな、助けてくれた優しい人だよ?」
「うん、変じゃない! 優しいぃ」
膝の上に座ったまま双子の少女は、あどけない瞳にワイオスへの偽りない信頼を宿して応えた。
「キキ、クク……」
「ああ、そこは疑ってないさ、悪かったな? 君たちの大切な人だもんな」
キキとククの言葉に目頭を熱くするワイオス、先ほどの騒動など忘れたように柔らかな時間がその場を包み込んでいく————かに思えた。
「こ、このまま……終われるわけがないだろう!! 誰か一人でもしねぇええ——」
突如錯乱したように叫び声をあげた白い騎士服を纏った男ギメルは、靴底に仕込んでいた暗器を飛ばそうと身をよじった。
「うるさいなぁ、いまそーいうのダメなやつだよ? あーし、わかるもん」
「っぐぷっぁ」
瞬間、男の行動に気がついたルーシーに腹を蹴られて悶絶、再び気を失った。しかし、男の放った暗器は近くにいたレティシアの足元を過ぎ去り壁へと突き刺さった。
「仕込みナイフって、おまえほんとに騎士かよ、顔にはお似合いだが」
「リリ——おい、リリ!! どうした!?」
最後まで往生際の悪い男に呆れた視線を向けていると、後ろから聞こえた鬼気迫るワイオスの声に慌てて振り返る。
そこには、先ほど獅童に呼ばれた大人しそうなリリという少女が、腕からわずかに血を流しぐったりと倒れていた。
「——っち、毒か、レヴィア! なんとかなるか?!」
視線を向けた先、壁に突き刺さった暗器の刃先には毒々しい色の液体が滴っていた。
「わかっとります、せやけどおかしい! この子、魔法がいっさい効かへんのどす」
「なんだと!?」
レヴィアの顔が焦燥に染まっていた。獅童は見た事もない少女の焦った表情に強い危機感を覚える、今までが都合よく、そしてあまりにも頼り過ぎていたのだ。魔法という概念が便利で万能な力だと、獅童は自分の浅はかさをここにきて初めて悔いた。
「どんどん顔色が悪くなってる——しどー、このままじゃこの子」
「——何かないか、病院……ダメだ、この国の人間が“この子”を見るわけない。そうだ、ロゼ! 彼女の血液から毒だけを抜きとれないか?!」
弾かれたように獅童はロゼへと向き直る。少女は、特に慌てる事もなく悠然と身体を浮遊させ膝を組みながら焦る獅童の姿を見つめていた。
「できない事もないけれど? 時間が足りない、それにそれができたとして全身にめぐった毒を抜き出すのに血液を身体から抜きとれば、それこそ失血で死ぬわよ?」
冷静に淡々と応えるロゼ、彼女の冷静さに一瞬苛立ちを覚えそうになった獅童だが、そのことが逆に焦る気持ちを落ち着かせた。少女の反応は正しい、今は焦る時ではない、冷静に分析し、細い可能性を掴み取るため思考を巡らせる時だと頭を切り替える。
「……血、毒、魔法が効かない体質——潜在的な力、一か八か!! やらないよりマシだ!! ロゼっ緊急事態だ! 俺に力を!!」
「ひぁ————————!?」
緊迫した空気の中獅童は、何かを思いついたように宙に浮かぶロゼへと迫り、そのひらひらと揺らめく短いスカートの真下へと思い切り滑り込んだ。
獅童の眼前に迫る絶景。少女は、珍しく可愛らしい声を発しながらスカートの裾を掴んで地面に降り立つと赤面して後ずさる。
「しどー!? こんな大変な時にっ——」
よくわからない行動に困惑と怒りをあらわにするフィナであったが、そっと差し出された手と海色の瞳に思わず押し黙る。
「しどうはんの行動に間違いはあらしまへん、ただ、ただうちが許せへんのは……なんでうちやのうて、ロゼはんの下着を——後で絶対溺れてもらいますよってに」
「ああ、そういうこと……確かに、ね? レヴィアの復讐に付き合うわよ? あたしも」
少女二人の凍えるような視線に晒されるも、今は、先ほどその瞳に焼き付けた眼福に獅童の迸る熱い思いが勢いよく吹き出した。
「な、なにしてんだおまえら!! この子が死ぬかもしれないんだぞ!? ふざけんじゃねぇ!」
獅童達の奇怪なやり取りに激昂するワイオス、しかし、ぼたぼたと鮮血を垂れ流しながら赤く染まった掌を突き出しワイオスを制した。
「黙って見ていろ! あの子を救いたいんだろ」
鼻血を手で押さえながら真剣に告げる獅童をみて、なんとも言えない表情になったワイオスを押し除け、青ざめていく少女の元へと獅童は駆け寄った。
「頼む、君の力にかけるぞ」
掌にできた血溜まりを幼い少女の口もとへそっと獅童は流し込んだ。
「おい!? 正気か!? 狂ってんのか!! なんてものリリに飲ませんだこの野郎!!」
狂気の沙汰であると言わんばかりに取り乱したワイオスが少女達を押し除けてリリと獅童の元へ向かう。
「大人しくしよし、爪牙の子らは元々、魔と人の混血——しどうはんの血は本来ある魔の力を呼び覚ます力があるんどす」
顔を真っ赤にして、獅童の狂った行動を止めようとするワイオスの腕をレヴィアがそっと掴んだ。
「————っ」
理解できない少女の言葉に苛立ち、その手を振りほどこうとした。しかし、その華奢な細腕に掴まれているだけなのにも関わらずぴくりとも動かせないことに驚愕し息を呑んだ。
「一体おたくら何者なんだよ——」
ワイオスが困惑に表情を染めると同時、獅童の血を飲まされた少女の身体がびくんと跳ね、強く脈を打ち始める。
「————っ!! ん————!? は————ぁっ」
声にならない声を漏らしながら息遣いを荒くして悶える幼い少女に周囲は祈るような面持ちでただじっと様子を伺い、次の瞬間。少女の全身を白銀の光が包み込むと少女の表情から苦悶の色が消え、顔色に正気が戻っていく。
そして同時に今まで抑えていたものが解放されたかのように白銀の光を纏った少女はふわりと宙に浮くと、腰から生えていたふさふさの尾が九つに増えた。
「
「ぇ?
少女の姿を見て目を細めたレヴィアの呟きに、首を傾げるフィナ。少女の様子を伺っていた獅童は、白銀の光が収束して静かに地に足をつけたリリへと歩み寄りそっと頭に手をおいた。
「成功したみたいだな? 無事で何よりだ」
「はい、しどうさま——リリは古き記憶と共に全てを思い出しました……この度は誠になんと御礼を致したら良いか」
まるで別人のようにその様相を変化させ、聡明に語る少女を不思議そうに見つめる獅童はいつものように指輪へと魔力を流し込んだ。
《眷属契約完了》
◇◇◇
リリ・イズナ《種族:
《クラス:
《アビリティ:
《スキル:
◇◇◇
「改めてご挨拶を、しどうさま——私は、リリ・イズナと申します」
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