弐拾捌

 

 凄まじい気迫を放ちながら、ワイオスは幼い命を守ため理不尽な現実へと戦いを挑んだ。しかし、男の剣は白い騎士服に身を包んだ細身の男が抜いた剣にあっさりと受け止められてしまう。


「何を勘違いしているのか知らないがね? この場では私が正義であって、君が悪なのだよ? それにありふれたクラスレベル二程度の“剣士”風情が、正真正銘“騎士”のクラスである私に敵うわけがないだろう? 大体“騎士”である私を差し置いて、たかが剣士の男が騎士団の団長だと? ふ、ざ、け、る、な!!」


 ワイオスは果敢に白服の騎士へと斬りかかる、鍛え上げた肉体をしならせ力強く剣を振り下ろし、手首を返してフェイントを混ぜ、相手の剣身を滑らせながら切り上げ——しかし、そのこと如くが全くと言って良いほどに届かない。

 それどころか目の前の男は、ワイオスの事など見てすらいないのだ。


「それも、もう終わるがね? あの能無しを引きずり下ろして私が騎士団を返り咲かせるのだから」


 副団長のギメルはワイオスの剣を鮮やかに受け流しながら横目で周囲の男達へ合図を送る。男達はワイオスの背後で怯えている幼い爪牙人達へ忍び寄り。


「だから、触らせねぇっつてんだろおがよ!?」


 その動きに反応したワイオスが大きく後ろへ飛び、周囲の男達を牽制した。まだ幼い子供達をその背中で隠すように立ち、剣を構え直す。


「おや、おや。余程大切なのでしょうね? そのガラクタが……別に私はなんでも良いのですよ、現団長アルバルドを引きずりおろす口実さえあればね」


「はっ、じゃぁとんだ無駄骨だぞ? 俺にそんな価値はねぇ」


「今の王国騎士団は、王国軍が創設されたことにより崩壊寸前、吹けば崩れる砂の城。ただ妙に結束力だけはあるもので、何よりあの国王がなぜかあの無能を気に入っている。私はただきっかけが欲しいだけなのです、別に口実はなんでも良い——お誂え向きだと思いませんか? 偽善者の騎士団長、元部下に命じて反乱分子の育成」


「バカなことを言うな! こいつらはただの子供だぞ?! 反乱なんて起こせるわけが——」

「だから、なんでも良いと言っているだろう? 絶対人間主義の本質に反する行いであることに変わりはない、そのガラクタ共は人間の道具であり、物として扱うのが道理! 人間のような生活を国からの給金で送らせていることが既に反乱同然なのだよ!!」


 副団長のギメルは、剣をワイオスへと向け到底理解できない暴論を言ってのけた。その訳がわからない理屈にワイオスは憤慨した。


「何が国だ、何が騎士団だ!! と俺たちのどこが違う——むしろ腐ってねぇだけこいつらの方が何倍もマシってもんだろぉおがぁああ」


「ふん、うるさい男だ——その喉裂かせてもらおう、物言えぬ方が色々と都合が良いのでね」


 完全に頭に血が上ったワイオスは目を血走らせながら副団長ギメルへと斬りかかった。だが、同時に左右へと別れた柄の悪い男達がワイオスの背後にいた幼い爪牙人達を挟むように襲いかかる。


「————しまっ」


 表情を引きつらせて背後へと視線を向けるワイオス。だが、そこで目にしたのはあり得ない光景であった。


「な、何かいやがる!? 腕が掴まれて動かねぇ!!」

「ひぃっ! なんだこれ!? く、くるし————」


 幼い爪牙人達を襲おうとした男達は、怯える子供達に手が届く寸前で一人は腕を捻りあげられたような格好でその動きを止め。もう一人は、足が床から離れ首を掴まれたようにもがきながら宙吊りとなっていた。


「な、何事ですかこれは——いや、そこに誰かいるのか!?」


 声を荒げた副団長ギメルとワイオスも同様に何が起きたのか理解できないままその場で立ち竦む。


「なかなか登場するタイミングってのは難しいものだな? ドラマなんてのは本当によく出来てるよ」


「また、訳わかんないこと言って、しどーが格好つけずに最初から姿を見せてればこの子達も怖がらずに済んだのに」


 何もない空間から突如姿を現したのは、動揺するギメルの頭に武器らしき物を突きつけた鋭い眼光の男。

 そして、男の腕を捻りあげながらため息を漏らしている黄金色の髪に頭から獣の耳を生やした少女。


 ワイオスは状況が理解できずに次々と何もない場所から姿を現した男と少女達を見つめて声を失う。眼光の鋭い男は見覚えがあった、昼間に絡まれていた風変わりな男で間違いない。しかし、少女達は明らかに昼間目にした時と明らかにその様相を呈していた。


「あーしこの人たちすっごく嫌い!! 投げてもいい?」


「同感だけど、やめなさい? そのまま投げたらロゼに当たるわ? 投げるならご主人様に向かってが良いと思うの」


 真っ白な髪を揺らし、白く丸い獣の耳を生やした大柄な少女は、男の首を片手で鷲掴みにしたまま軽々と宙吊りにしていた。その先で背中に艶やかな羽を持つ少女がだるそうにいつの間にか気絶して積み上がっている男達の上へと腰を掛けて頬杖をついている。


「もう怖がらんで大丈夫やさかい、安心してな? お姉さん達が悪い人らみんなやつけたげるわ」


 ハッとワイオスが爪牙の子供達へと視線を向けると、そこには腰から青と白、二本の尾を生やした少女が子供達の頭を撫でながら優しく声をかけていた。


 ワイオスは、その異常な光景に息を呑む事しか出来ない。なぜ爪牙人である彼女達がこんなにも平然と、堂々と立ち振る舞っているのか、それはこの国において決して目にする事のない光景。

 何より、爪牙人である彼女達が武器を手にした男達をまるで子供でもあしらうように押さえつけているのだ。その中心人物であろう人間の男は、その様子に疑問を持つ事もなく不適な笑みを浮かべたまま副団長ギメルを睨み付けて動かない。


「って事だ? 住居不法侵入に器物破損と凶器準備集合罪、傷害罪に殺人未遂……うん、限りなく死刑に近い俺的制裁だが覚悟はいいか?」


 男は不適な笑みを浮かべ、突きつけた武器の先端を相手の頭部へごりっと押しつけた。


「訳のわからない事を——風変わりな出で立ちにおかしな爪牙人共をつれた男、貴様が逃げ出した召喚者」


「なるほど、一応情報は伝達されているってことか。ならわかるよな? この武器の威力と、彼女達が普通じゃないって事も」


「ちっ——寄せ集めの王国軍ごときを下した程度で調子に乗らないでくれないかね? 貴様らの置かれている状況は城を逃げ出しただけでは何も変わらない。現に貴様はまだ国王の掌で踊らされているに過ぎない、そして私を追い詰めたと勘違いしている状況も、また逆……こんなゴミどもとは比べ物にならない優秀な部下がこの建物一帯を包囲しているのだよ? つまり追い詰められているのは貴様らの方」


 副団長ギメルは、ニヤリと双眸を細め手にした剣に力を込める、外の部下へと突入の合図を出すつもりなのがワイオスにはわかった。


「おい、あんた!! 余裕かましてないでそいつを抑えろ! 早く!!」


「——もう遅い! 《光魔法:光属性付加:聖光剣せいこうけん》」


 ワイオスは、男に向かって叫んだ。しかし、一瞬の隙をついて後方へと飛んだ副団長ギメルは魔力を瞬時に手にした剣へと注ぎ天井へと突き上げる。同時に剣から眩い光が発せられ煌々と室内を照らした。


「ふふふっ、一人でも十分だが、私は用心深いのでね? 今の合図を見た私の部下が一斉に突入してくる——さあ、どうする?」


 いやらしく目を細めた副団長ギメル。ワイオスは、ここまでかと歯がみして拳を握りしめる。突如として目の前に現れた男と爪牙人の少女達によって光明が見えたワイオスも王国騎士団、副団長の直轄部隊と聞けば当然抗う術などない。今でこそ王国軍が組織された事で王国騎士という立ち位置が曖昧になったものの、本来であれば王国きっての精鋭部隊、一人一人の実力が多少腕に覚えのあるワイオスと同等かそれ以上である事は間違いない。


 終わった、なぜこんな事になってしまったのか。自分が爪牙の子供達を囲い込んでいた事がそんなにも不味い事であったのか。しかし、捨て置けなかった。目の前でなぶられゴミのように扱われる幼い命から目を背ける事ができなかった。そう、ワイオスは心の中で葛藤し、だが最後には自分の気持ちに偽りや後悔がない事を確認すると、最後まで足掻こうと決意。手に持った剣に力を込めた。


 その時である、壊れた扉の先、暗く染まった景色の中からゆらりと二つの影が室内の灯に照らし出された。


「何事ですの?! 今お部屋がピカーっと無駄に光りましたわよ? ぁ、獅童様! お外のお掃除終わりまたわ!」


「獅童どの! 周囲にいた雑兵どもはカミラ殿と共に駆逐いたしました!」


 そこに現れたのは、どこか誇らしげに胸を張り鼻息を荒げる一見上品な装いの、頭に湾曲した角を生やした少女と、スラリとした美丈夫を彷彿させる背中に白と茶の雄々しい翼を持った少女。


「な、なんだ貴様らは!? 私の部下は———」


「ああ、とっくに伸びてるってよ? さあ、どうする?」


 男は、獅子のように獰猛な笑みを口元に浮かべると、手にした武器を再び副団長へと向け鋭い双眸で射抜く。


「——くっ、ばかな、ガラクタごときに私の部下が。よろしい、では潔く全力で叩き潰すことにします」


 一瞬の動揺を、しかし、すぐに切り替えた副団長は、手にした剣を目の前の男へと構え直し全身から魔力を迸らせ始めた瞬間。


「—————ごっ」


 副団長ギメルは真横から飛んできた“何か”と衝突、白目をむいて共に床へと沈んでいった。


「あーぁ、手だるくなっちゃったから投げちゃったよぉ、しど君、いいよね?」


「おう、いろんな意味でナイスだ」


 途中で意識を無くして気絶した男をずっと宙吊りにしていた少女は絶妙なタイミングで男を副団長ギメルへと投擲。投げつけられた男の身体をもろに喰らった副団長ギメルは、たまらずその場で卒倒した。


「な、なんなんだよ……おたくら」


 ワイオスは、しばし開いた口を塞ぐ事ができずにその異様な光景をただただ見つめていた。

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