弐拾漆
獅童と少女達は、げんなりと、そしてぐったりと疲れを全身に感じていた。町で知り合った自警団という組織に所属しているワイオスに紹介されて入った店は、やる気のない銀髪に青と赤オッドアイの奇妙な少年と、メイドの格好をした“魔導人形”という不可解な組み合わせで、到底食事をする雰囲気では無かったものの、とりあえず席について人形に食事を注文したところ、予想を大きく裏切って大変満足のいく料理を提供された。
気分をよくした獅童は、“錬金術士”という少年の本職に興味が湧き、物は試しにと心許なかった愛用の銃に装填するための弾を作り出せないか依頼したのであった。
「あれから何時間だ……もう、夜じゃないか」
まるでやる気の無かった少年は、突如息を吹き返したように烈火の如く語りはじめ獅童と少女達に恐ろしい程の精神的なダメージを与えた。
「あ、あんなに喋る生き物初めて見たわよ? あたし……もういい、誰とも会話したくないかも」
げっそりと頬をやつれさせたフィナが、深いため息を吐く。会話とは、存外喋るよりも聞く方が疲れるものなのだと少女達は、心に刻んだ。
「あーし、もう眠いよぉ……歩きたくないよぉ」
「ルーシーさん、淑女たるもの眠気なんかにまふぁあ——っ」
半分に閉じかけた瞼を擦るルーシーに注意をしようとしていたカミラであったが、気を抜いた一瞬、盛大にあくびをしてしまい、思わず赤面する。
「はぁふ、ほんま、変わった子ぉやったさかい最初は面白かったけど、あんまりしゃべりはるから口ごと沈めたろう思うたわ」
カミラにつられて掌で小さくあくびをしたレヴィア。見た目と違って案外短気な少女は言葉通り、喋りの止まらない少年の息を本当に止めようとして、獅童の必死の説得が少年の命を救ったと言っても過言ではない。
「とにかく、宿だ……今から空いている宿を」
「バカね? ご主人様はバカだわ、こんなゴミしかいない町にまともな宿なんてあるわけないじゃない、あったとして、ロゼはゴミが一度でも寝たベッドなんて絶対にごめんだわ」
「じゃあどうしろと? お姫様抱っこでもして寝るのか?」
「——悪くないわね、今すぐに実行しなさい」
獅童の言葉を聞くなりフワリと宙に身体を浮かせたロゼは、すっぽりと獅童の両腕におさまり真顔でその横顔を直視する。至近距離の少女に慌てふためく獅童であったが、すかさずフィナが妨害に入りロゼを歯がいじめにして獅童の腕から引きずり下ろした。
「この疲れてる時に余計な体力使わせないでよねっ」
「嫉妬? ロゼに嫉妬しているのね? いいわ、そのまま妬みの炎で燃え尽きてしまいなさい」
「そんなんじゃないわよっ!? と、と、とにかく今はそれどころじゃないでしょって、はなしっ!!」
まだまだ元気な二人に遠い視線を向けながら、獅童はこれからどうするか考えを巡らせていると。
「獅童どの! あそこにいるのは、昼間私たちの仲裁に入った御仁ではないですか?」
レティシアの指差す方向へ視線を向けると、一際立派な体躯の男が幼い爪牙人の少女が閉じ込められている檻をじっと見据えていた。
「————」
獅童達は、息を潜めてワイオスの行動を遠くから観察する。やがて、檻に入れられている幼い爪牙人の少女の前で怪しげな男とやり取りをして、懐から重量感のある袋を取り出すとその男へと手渡した。
「あいつ……あんな小さい子に何するつもりよ」
目の前で行われる異常なやり取りにフィナは牙を剥いて怒りを顕にした。
「落ち着け、フィナ。俺はあいつがそういう事をするタイプには見えない」
獅童は、昼間ワイオスと話した感触から自分と似たような感覚の持ち主だと感じ取っていた。故に一見幼い少女を購入しているようにしか見えないその姿に裏があると考えた。
ワイオスは、男とのやり取りを終えると、檻から出された幼い少女の首輪から伸びる鎖を手にその場を離れていった。
「ほな、いきまひょか? しどうはん、追いかけはるつもりやろ?」
「——ああ、ちょっと気になることもあるしな。みんな付き合ってくれるか?」
周囲にちらりと向けた獅童の視線でその考えを察したレヴィアが声をかけ、少女達も獅童の問いかけにコクリと頷いた。
「せやったら目立たんほうが都合がええなぁ、みなはんじっとしといてな」
レヴィアの周囲から立ち上った霧状の靄が獅童と少女達の全身を覆い尽くす。そして、その場から全員の姿が消えた。
◇◆◇
王国騎士団直轄の自警団隊長ワイオス・クレイル。彼は今非常に苛立っていた。
片手に持つ冷たい鎖、その先を追えば恐怖に身を硬らせ、おぼつかない足取りでワイオスの後ろを歩く、頭に獣の耳と、腰から柔らかそうな毛に覆われた太い尾を持つ幼い少女のか細い首へと繋がっていた。
「ああ、くそっ! またやっちまった」
ワイオスは誰に向かうでも無く、一人眉間にシワを寄せ苛立ちをあらわにする。その声に反応した幼い少女がビクッと肩を震わせてその場で固まった。
「っ——すまない、おまえさんに怒っているわけじゃないんだ……ただな、俺もどうすりゃいいか正直わかんなくなっちまってな? そろそろいいか、じっとしてろよ」
その言葉を理解できないまま、幼い少女は怯えてガタガタと肩を震わせている。そしてワイオスはおもむろに腰から剣を抜くと幼い少女の首元へ近づけた。
少女は悲鳴を上げることもできず、大粒の涙をこぼしながらギュッと目を瞑った。
「————」
ガチャリと幼い少女の首元から音が聞こえ、か細い首を締め付けていた重苦しい枷が地面へと落ちた。
「別にとって食ったりしねーよ。このまま自由にっ、と言いたい所だが、また捕まるのがオチだ。ひとまず俺の所にこい、飯と寝床くらいは面倒見てやる」
ワイオスは怯えていた幼い少女の頭に手をおくと雑に撫でつけた後、優しげに笑みを浮かべた。
「————は、い」
予想外の言葉にただ呆然とワイオスの顔を見つめる幼い少女は、不器用に返事を返すと歩き出したワイオスの後ろを自らの足で追いかけて行った。
しばらく歩いた先に見えてきたのは、木造りで建てられた男の一人暮らしには大きめの家だった。
「ちぃと騒がしいが、今のおまえさんにとっちゃ悪くない環境だと思うぞ」
「————」
ワイオスの穏やかな声色に少しずつ警戒の薄れてきた幼い少女は玄関へと向かうワイオスの後に続く。
「おかえりなさいませぇ!! ワイオスちゃま!」
「ませぇ、ちゃまぁ」
玄関の扉を開くなり元気の良い声が響き渡り、満面の笑みを浮かべてワイオスを出迎えたのは、幼い少女とさほど背丈の変わらない同じ顔をした二人の少女——しかし、その姿を見た幼い少女は驚きに目を見開いた。
「————ぁ」
「ワイオスちゃま? またまた囚われのちびっこを救ってきちゃったのですかぁ?」
「きちゃったのですかー」
同じ顔をした二人の少女は、茶褐色の頭髪に碧眼で、片方は三つ編み、片方は短めの髪をしていた。そして、その頭にはピンと立った獣の耳、腰のあたりからはふさふさの尻尾を生やしていた。
「ちゃまはやめろって——まあ、な。まずこいつを風呂に入れて飯を食わせてやってくれ」
クシャクシャとボサボサになった髪を雑に撫でたワイオス。幼い少女は未だに目の前の出来事が信じられずただ呆然と立ちすくんでいる。
「————」
三つ編みの少女は満面の笑みで幼い少女の元へ歩み寄るとその手を握って状況を元気よく説明する。
「ワイオスちゃまは、定期的にちみのようなちびっこを救っては、この家で保護しているのです!」
「いるのですぅ」
「だから、このお家は火の車なのですっ!! でも、安心して! ワイオスちゃま顔は悪人だけど、とっても優しいからね! あなたのお名前は?」
「なまえはぁ?」
幼い少女の手をぶんぶんと振り回し家計の状況を明るく暴露した三つ編み少女に同じ顔の短髪少女が続く。
その偽りのない笑顔に安堵を覚えた幼い少女は、もじもじと小声で名前を呟いた。
「————リリ」
はじらいながら名乗った少女に優しくワイオスは微笑みかけた。
「リリか、よろしくな。こいつらは双子で、よく喋る三つ編みが——」
「紹介が雑ですワイオスちゃま!? あちしは一番おねぇいさんのキキ! こっちは妹のククなのです」
「なのですぅ」
「というわけだ、他にもおまえさんと同じ歳頃のやつが沢山いる。仲良くしてやってくれ」
「というわけなのです!! みなさんっ、新しい仲間ですよぉー!!」
「ですですぅ」
キキの掛け声と同時に部屋の奥から同い年くらいの、獣の耳や尻尾、羽や角を生やした少女と少年達が無数に押し寄せた。
「————!!」
「おまえさんで十二人目か……もう少し、働かないとな」
あれよあれよという間に取り囲まれたリリは怒涛の質問責めと濃いめのスキンシップに目を回していた。
そんな様子に苦笑いを浮かべたワイオスは、目頭を抑えてひっそりと暗い影を落とす。
「ワイオスちゃま? あまり頑張りすぎないでくださいな? あちし達は、痛いことも無く安心して眠れるだけで感謝、感謝なのです」
「なのです、なのです!!」
キキとククはワイオスの両手をそれぞれに握り、親愛の眼差しで見つめる。そんな二人を優しく抱き寄せたワイオスは、その頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「ったく、チビどもは大人しく守られてれば良いんだよっ! 嬉しい言葉覚えやがってバカやろう」
その場所には、一人の人間と爪牙人の子供達と穏やかで優しい時間が溢れていた。しかし、幸せな時間は、突如訪れた扉を蹴り飛ばす荒々しい音によって破られる。
爪牙人の子供達は硬直し、何が起きたか理解できないまま唖然と蹴破られた扉の方へ視線を向ける。
「キキ、クク、みんなを連れて下がれ!!」
ワイオスは瞬時に腰から剣を抜き放ち、壊れた扉から覗き込む見知った顔に刃を向ける。
「昼間は世話になったなぁ? ワイオスぅ?? てめぇが爪牙のガキどもをしこたま抱えてるって噂ぁ、本当だったらしいなぁ?」
「けひひ、いるいるっ、活きの良いガキは変態に高く売れるからなぁ? わりぃ、てめぇも変態だったか」
それは、昼間に会った妙な男と少女達に因縁をつけて絡んでいた粗暴な男達。
「害虫共が……俺がこいつらをどうしようが俺の勝手だ、てめぇらこそ喧嘩売ってんのが誰かわかってやがんのか?」
「ああ、もちろんだ、なんの意味ももたねぇ自警団の隊長さんよ? 俺もバカじゃないんでね、俺たちだけでてめぇをどうにかしようなんて思っちゃいねぇよ」
「だったら駆除される前に逃げ出したらどうだ? 今回ばかりは手加減しねぇぞ?」
憤りを顕に男達へと剣を向けて凄むワイオスであったが、意味深な台詞を吐いた男達に怯む様子は全くない、どころか余裕すら伺えた。その不気味な違和感にワイオスの額から嫌な汗が流れる。
「おやおや、これはいただけませんね? 人間社会の秩序を乱す輩がいると聞いて駆けつけてみれば、自警団の隊長が主犯とは——誇り高き王国騎士団に泥を塗った罪、相当に重い罰を持って償ってもらわなければ」
柄の悪い男達の間を割って姿を表したのは、白い騎士服に身を包んだ細身の男。
「バカな————なぜ、王国騎士団の副団長がこんな奴らと、どういうことですか?! ギメル副団長!!」
「バカは君だよ? ワイオス・クレイル隊長、爪牙人を秘密裏に囲い込み王国への反乱分子を生み出そうとした罪は重い。よってこの瞬間、自警団隊長の任を解き、貴様を国家の反逆者とする!! 人間社会を重んじる“か弱い民”の味方をするのが騎士団の務めだろう?」
突きつけられた許容できない現実にワイオスの身体は打ち震え、剣を握る力はより一層強まった。
そして、歪んだ双眸でワイオスとその背後で震える幼い少女達を睥睨する醜悪な現実に対して、一人、思い切り地を蹴って立ち向かって行った。
「————こいつらに触れるな、害虫どもがぁあ!!」
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