弐拾陸


 活気あふれる町並、行き交う人々の笑い声や何気ない日常の会話が町の空気を彩り形作る。そんな爽やかで陽気な時間は、獅童達に訪れることは無かった。


「————っち、あんなのが国王だからな、まともだと期待する方が間違っているか」


「おいおい、昼間っからはぶりがいいじゃねぇか、にぃちゃんよ? 一人と言わず全員俺たちに譲ってくれや」

「けひひ、六人とも上玉だな? 最近爪牙のおもちゃにも飽きたところだ、ちょうどよかった」


 獅童と少女達をぐるりと取り囲む複数の武装した男達は、少女達を舐めるように卑猥な視線で見つめそれぞれが武器を手に往来のど真ん中、全力で獅童に絡んでいた。


 現在、レヴィアの魔法によって爪牙の少女達は、耳や尻尾を隠しており見た目は人間にしか見えない。

しかし、そんな事以上に、少女達は目立っていた。

 一人一人が獅童も納得の美少女であり、たった一人の男が六人もの美少女を引き連れて歩けば、いやでも目立つのである。

本来なら想像した通り、美しい町並み、活気に満ちた人々の声が行き交う平和な場所であったのだが、今現在、国王ドリュファストの治世により町は爪牙人狙いのゴロつきの溜まり場となり、至る所で檻に囲われた爪牙人が堂々と値札をつけられ売り買いされている、獅童と少女達にとって悪夢のような光景の広がる町と化していた。


「予想を遥かに超えて最悪だ、全く……どうする? こいつら片付けて一旦町を出るか?」


 獅童は、周りの男達など気にもとめず少女達へと問いかける。だが少女達は首を縦には振らなかった。


「あたしは、あたしたちは、しどーと出会えたから救われた。だけど、やっぱり悔しい——あたし達が何をしたの? 何でこんな事が許されるの? 絶対おかしい、おかしいよ」


 フィナは周囲の様子を伺い、目に留まる値札のついた爪牙人の少女達を見ながら俯いて言葉を漏らす。


「そうですわね、わたくしもこの光景を前にとても正気は保てませわ。ですが、だからと言って目を背け、この場所から離れても何も解決しませんもの——わたくし達は、しっかりとこの光景を瞳に焼き付け、わたくし達が何をし、何と戦うべきかを考えるべきですわ」


 フィナの言葉を後押しするようにカミラが言葉を発した。その威風堂々たるたたずまいは、獅童をしても思わず息を呑むほどであった。


「うん、あーしも賛成。この人たち嫌いだし、あの子達助けたい!!」


「————」


 鼻息を荒くするルーシー、その隣でレティシアが静かに俯いている。しかし震える両手の拳は、その憤りを表していた。


「せやな、想像以上に国王も、それが治める国もゲスや。これは、謝って許されるもんやあらしまへん」


「そうね? 寛大なロゼも流石にイラッとしたわ? 全員血みどろの計ね」


 続くレヴィアとロゼも表情を暗くし、静かに、しかし、肌を焼くような圧力を放っている。


 獅童としては、少女達の心情に気を遣っての一言であったが、彼女達に引くと言う選択肢はないらしく、どうあれこの場所に留まる気持ちは全員が一致しているようだった。


「そうか、強いなおまえら——とりあえずこいつらを叩いて考えるとしようか」


 獅童は、全員の気持ちを確認したところで鋭い視線を周囲の男達へと叩きつける。


「おいっ、テメェ状況わかってんのか? ぁあ? 女どもといちゃついてる場合じゃねぇだろ!」

「けひひ、女だけじゃなくて僕も犯されたいですってか? 悪いが俺らにそう言う趣味はなくてな? 死ねよ」


 蚊帳の外にされていた男達が憤りをあらわに獅童へと叫び声を上げる。一触即発といった様相で互いに睨みをきかせ武器を手に、互いに地を蹴ろうと足下に力を入れた瞬間。


「ピィィ——————」


 けたたましく鳴り響いた甲高い笛のような音と共に、騎士のような出で立ちの男達が現れ、獅童達と絡んできた男達を包囲した。


「——ちぃ、自警団風情がめんどくせぇ」


 武装した男の一人が苛立ちをそのまま顔にだし、舌打ちする。


「何の騒ぎだ? 王国軍崩れのゴロツキどもが、また人様の残飯でも漁ったか? 害虫みたいだなおまえら」


 現れた騎士風の男達の中から立派な体躯の男が一人現れ、獅童達に絡んでいた男達のリーダー格と思われる男の喉元に細い剣を突きつけた。


「崩壊寸前の騎士団様直轄自警団が偉そうに。おまえらの立場なんざ、もうあってないようなもんだろうがよ?」


「生憎だが、人間(・・)に対しての法はまだ生きているんでな? いやでも仕事はしなきゃならねぇ、だがまあ、害虫に法もクソもないな、ここで死ぬか? おまえら」


 両者は獅童達を余所にそれぞれの陣営が対峙する形で睨み合い、しかし最後には柄の悪い男達の方が武器を収め、面白くなさそうにその場を離れる。


「クソ野郎が、ワイオス! テメェはいつかぶっ殺すからな!! ————どけっ!」


 柄の悪い男たちはワイオスと呼んだ自警団の隊長らしき男へ捨て台詞を吐いた後、振り向きざまに獅童達へ睨みを利かせて声を荒げると、町の暗がりへと姿を消していった。


 「んで? おたくら何者? この掃き溜めみたいな場所で両手に花束持ってちゃ誰でも絡まれるって、考えたらわかんないかね?」


 ワイオスという男は騎士のような風貌に立派な体躯の持ち主で、無骨な顔立ちではあるが決して悪い印象では無かった。年の頃は獅童と対して差を感じさせない、何より獅童はその男から自分と同種の匂いを感じ取っていた。


「悪いな、迷惑をかけた——俺たちは……旅の途中で、この辺の事情に詳しくないんだ」


 獅童は、一言礼を述べると、訝しむワイオスに向かい合って自分たちの事情を苦し紛れにごまかす。


「旅ね? 華やかなこって。この辺りじゃ爪牙人以外の女を連れて歩いているやつの方が珍しい、まともな人間……特に女、子供は別の国に逃げ出しちまってるからな、ここにいるのは爪牙人を狩って王国に献上しているゴロツキか、王国軍崩れのゴロツキか、どっちにしろ害虫しかいねぇわな」


「そうか、情報感謝する——ところで、どこか飯を食えるとこはないか?」


「おたくら話聞いていたか? 危険だっつってんだよ、お花ちゃん達に怪我させる前にここから離れな」


「さてな、怪我するのはどっちか……仮に逆の立場で俺がこいつらのことを知っていたら、死んでも喧嘩は売らないね?」


 獅童は不適な笑みを浮かべて目の前の男を見遣る。ワイオスと呼ばれていた男は、怪訝な表情を隠しもせず、しかし興味はないと言った具合に踵を返す。


「おたくらがそれでいいんなら、好きにしな。一本向こうの通りに“錬金屋”って店がある、店主はクソだが飯は美味い、この辺りじゃ良心的な店だろうよ」


「錬金? あぁ、すまないな、恩に着る」


 ワイオスは、それだけ言い残すと特に振り返ることもなく部下を引き連れてその場から去っていった。


「まあ、何はともあれだ、辛気臭い顔していても始まらない、とにかく飯を食いに行こう」


 ワイオスの後ろ姿が遠くなったところで、獅童は少女達へと向き直り、笑顔で声をかけた。


「はぁーい!! あーし、お腹ペコペコだよ」


「おまえは一番食っただろ!」


 真っ先に応えたルーシーは、満面の笑みで全員の中にくすぶる憂いを吹き飛ばすように振舞い、獅童も笑顔で返した。今もなお視界に映り込んでくる、痛ましい爪牙人達の惨状に獅童と少女達は、やりきれない思いを抱えながらもひとまず教えられた店へと足を進めるのであった。






◇◆◇






 カランコロンと昔どこかで聞いたような懐かしい音を奏でながら扉を開いた先には、退屈そうに虚空を見つめる少年——赤と青オッドアイの瞳に銀髪の特徴的な見た目の少年が死んだように虚な瞳で空を見つめる。


「久しぶりのお客だね、どうせご飯だよね? ご飯ならそっちね、適当に食べたいもの言ったら作ると思うよ」


 抜け殻のような少年は、視線を合わせることもなく設置されたカウンターを指差して応えた。その先にはカウンター越しに無機質な瞳をした女性——明らかに人工的に創り出された機械のようなメイド服の女性がただじっと視線を固定して正面を見つめている。


「ていうかさ、なんなのかな?! 何でボクみたいな超天才錬金術士の所に皆ご飯食べにくるのかな? もっとさ? 知的好奇心をくすぐるような依頼とかないのかなぁ?! こっちが本職なんだよね! その魔導人形は、ボクの傑作なのさ! ただ宣伝用に作ったのにさ?! 何でご飯がメインになるのかな?! おかしいよね?!」


 少年は誰に語るでもなく虚空に向かって、しかし、明らかに聞こえる声量で、わかりやすく本音をぶちまけていた。


「あぁあー、誰かボクの欲求を満たしてくれるような、錬金術の依頼をしてくれるお客はいないかなぁ!! 人形の作ったご飯じゃなくて、超天才にふさわしい仕事の依頼はないかなぁあああ」


 それは、嫌味を通り越して心の叫びに近いものがあった。少年が傑作と嘯いた魔導人形とは、本当に見事なもので、食べたいものを伝えると、無言のまま頷きテキパキと料理を開始する。

 そうして出来上がった料理の数々は、実に味わい深く、決して城で食べた食事に引けを取らない品ばかり。


「食べたら、片付けて帰ってねー、後お代はその子に渡しといてくれたまえ、一人二ゼルだから、高いならもうこなくていいよ」


 どこかふてくされたように頬杖をつく少年は、やはり視線を向けることなく虚空を見つめたまま気怠そうに声を上げる。


「何? まだなんかよう? 食事が目的ならさっさと帰って——」


 見向きもしない少年の前にスッと小さな鉄の塊が差し出された。


「これと同じものが作れるか? 銃という武器に使用する弾なんだが」


「————な、な、な」


 少年の瞳に初めて正気が宿り、差し出された銃とその弾をじっくりと見据えた後で生々とした視線を初めて合わせた。

 すると一瞬、少年の瞳が大きく見開かれ、何かを懐かしむような面持ちで釘付けとなり。と、思った矢先、ふいに開かれた少年の口から洪水のように言葉が溢れ出した。


「ボクに仕事を依頼するなんて、お目が高いね? いいよ、ボクも暇じゃないのだけれどね? 特別に君たちの依頼を仕方なく、致し方なく受けてあげようじゃあないか? この超天才錬金術士、クラウス・ワイズマンがね。それにしても変わった武器だ、初めて目にするね? この弾をこの筒から……なるほど、回転の力をかけて、弓よりも早く重い。素晴らしい!! 殺傷能力だけを突き詰めた、未だかつてない……いや、待て、待て待て、待ってくれたまえよ、なんだいこの文様は?! こんな魔法式見たことがないんだね?! これは古代の文様! 興味深い、実に実に興味深い!! ああ、ボクの求めていた知識の欲が満たされていくよ! これだよ、これなんだよ!! 未知との遭遇! 新たな発見と刺激だけがボクの心を癒して満たすんだよ!! 君たちは一体何者なのかな?! いや、そんなことはどうでもいい! 些事だ!! 大切なのは、今君たちがここにいて、ボクという天才に出会ったことなのだから、それはそうとこの武器に関する知識をだね? え? どこにいくのかな?! まだ話は終わってないんだね?! もっと詳しく、深く、掘り下げさせてもらう必要がだね……」


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