四章〜裏切り編〜
弐拾伍
城からの逃走劇を経て、半刻ほどで小高い山を下り、エルサール王国の首都へたどり着いた獅童と少女達。彼らは現在町から少し離れた物陰にいた。というのも、ダロスが設定していた荷車の場所がそこであった。
「だからどんだけマメなんだ、おっさん……助かってはいるけれども」
妙に気が利く中年魔導師の顔が頭に浮かび、しかし、素直に喜ぶことができない獅童。
「にしても、全身びしょびしょなんですけどっ!? どうしてくれんのよレヴィア」
「かんにんな? しどうはんの浮ついた顔見てたら、つい頭に血が上ってもうたんよ? 服は魔法で乾かしたるさかい」
ポタポタと水滴を垂らしながら頬を膨らませるフィナ。荷車の中で暴走したレヴィアの乙女心は全員を大量の水で沈めるという結果を巻き起こしていた。
ひょうひょうとした態度で応えたレヴィアは、掌を上にかざすと、獅童や少女達の服に染み込んだ水分が浮かび上がり水の塊となってレヴィアの手元へと収束、少女が手を握ると水の塊はその手の中へと吸い込まれるように消えていった。
「すご、乾いてる——魔法って便利ね? あたしもおぼえられるかな?」
「ふっ、ロゼは使えるわよ?」
レヴィアの魔法に改めて興味を惹かれたフィナがレヴィアへと問いかけ、そこへドヤ顔のロゼが乱入し、フィナを挑発する。そこからは、当然の流れのように二人の間に火花が散りいつもの喧嘩が始まっていく。
「なんだかんだで仲良いんだろうな、ところで魔法って誰でも使えるわけじゃないのか?」
目尻を吊り上げて、ロゼと言い争うフィナを頬を描き眺めていた獅童は、レヴィアへと向き直った。
「ほやなぁ、才能は必要なろな? 適性もあるやろし。ただここにおる皆は、しどうはん以外全員素質あると思うえ?」
「な、俺には素質がないですとっ?! だが、時の魔法がどうとか」
あごに人差し指を当てて疑問に答えるレヴィア。そして、突然才能なし宣言を受けた獅童は、あまりの衝撃に声を上げる。
「ないな、しどうはんは魔法に関して才能のかけらもあらしまへん、それは過去も今も変わりまへんな? 言うたやろ? “時”言うんは、人の身に余るて。あれはルーシーはんみたいな天才がそんな適性を持った上で死ぬほど努力した先にある可能性の話。しどうはんのは、重なった偶然と奇跡の賜物どす」
しらっとした口調で淡々と応えるレヴィア。そこには若干、乙女心を暴走させた時の意趣返しも混ざっているような気がした獅童は、テンションで誤魔化すことにした。
「——くやしいです!!」
「……」
特に反応はなかったので、獅童は顔を元に戻して、何事もなかったかのように会話を再会する。
「せっかくこの世界に馴染んできたのに、その醍醐味を味わえないとは……と言うか待て、ルーシーが天才だと?」
「そうどす、ルーシーはんは多分魔法つこうてる自覚もあらしまへん、それだけ自然に、まるで呼吸でもするみたいに魔法をつこうとるんどす。あれは、才能としか言われへんな」
今は、少し離れた場所で他の少女達と戯れている真白な長い髪を揺らすルーシーを見て、獅童は何かを思い出したように複雑な心境になる。
「そうなんだよ、あのタイプに限って才能の塊ですとか言うパターンな? 世知辛いのはこっちでも一緒ってことかっ」
それは、特定の誰かを表しているように、最後にはどこか哀愁の漂う表情で肩を落とした。
「しどうはんには、しどうはんにしかない力があるねやさかい、気にせんでよろしおす。それに、しどうはんの武器にうちの紋章刻んどるやろ? それも立派な魔法どすえ? そんじょそこらの魔法じゃ太刀打ちでけへんくらいにな?」
気落ちする獅童を励ますように明るい声色で話しかけるレヴィアは、獅童の腰にある銃を指差しながら片目を瞑って言った。
「ああ、確かに! あの時は、必死だったから疑問に思う暇がなかったが、よく考えれば凄まじい威力だった……これは、迂闊に使えないな、残りの弾も限られているし」
改めて魔改造された銃の威力を思い出した獅童は、心強いと思う反面、ただでさえ殺傷力の高いはずの武器を更に恐ろしい凶器へと変質させる魔法に畏怖の念すら抱くのだった。
「そろそろ町に入りませんか? ルーシーさんが食料を食べ過ぎたおかげで、わたくし、そろそろ限界ですわ」
二人のもとに腹に手を当てたカミラがどことなくげんなりとした様子で近寄り先に進む事を促す。
「確かに。結局全部食ってたからなあいつ。と言うことで悪いがレヴィア、魔法を頼めるか?」
獅童の忠告など忘れ本能のまま食料を平らげたルーシーを見ながら自らの頭に手を置く獅童。自分も空腹であることを思い出し、町に入るための準備に取り掛かる。
「お安い御用どす、ほな行きますえ?」
獅童に応じたレヴィアが目を閉じる。すると彼女の周囲から白い
次第に靄は半透明になっていき、最後には覆った耳や角なども完全に消えてなくなった。
「おお! コスプレ美少女が、ノーマル美少女に——これは、これで……ぶっ」
獣の耳や角がなくなった少女達はどこからどう見ても、“人間”であり改めてここに集った少女達の美少女っぷりに獅童は思わず目が眩み、流血。
「獅童どの、流石に私でも“この人やばい”って思っちゃいそうです」
そんな獅童の様子に、いつもは的外れなレティシアも引きつった表情で痛々しい視線を向ける。
「ほっとけ、俺の美少女に対する熱い思いは、他者の評価などとっくに超越している!!」
開き直った獅童であるが、痛い視線はなお痛くなるだけであった。そんなやりとりなど眼中にない少女達は魔法に興味津々と言った様子でレヴイァの周りに集まっていた。
「ねえレヴィア? これはどんな魔法なの?」
一番興味を惹かれていたフィナは、消えたように見えている尻尾に視線を向けながら子供のようにキラキラとした瞳で問いかける。
「ふふ、これはな? 簡単に言うと特殊な霧で見えたらあかん部分を覆うと、都合よく周囲の光を反射して見えんようにしてるんどす、実際になくなった訳と違うから安心してな?」
優しく微笑んでレヴィアは応えた。少女達は見慣れない自分たちの姿を“荷車の中に溜まった水面”に映してキャピキャピと騒いでいる。
少女達の様子を微笑ましく眺めていた獅童は、町の入り口付近へと視線を向け、警備などがいない事を確認すると張り切って号令をかける。
「よし、みんな準備はいいな? まずは飯、次に宿の確保!! 今後のこともあるが、まずは思い切り楽しめ!」
「「「「「おぉー!!」」」」」
ここにきて初めて見せる少女達の軽やかな笑顔に、安堵の気持ちを抱きつつ、視線の先にある町のどこからか漂う不穏な空気に気を引き締め直す獅童であった。
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