弐拾肆

 

獅童と少女達は現在、ダロスの用意した“荷車”に乗り込みエルサール王国の中心街へと向かっていた。そして獅童は激しく困惑していた。

それは、用意されていた“荷車”が獅童の想像の遥か斜め上をいっていたからである。


「いや、中世風だからさ? 自然と馬車とか、何か動物的な物が引く乗り物を想像するわけだよ。それに、荷車って言ったからさ? もしかしたら荷台のついた手押しの何か的な奴をさ? これは車という言葉を用いて表現されるべき物なのか? 足じゃん、足の生えた箱じゃん」


 それは、鉄製の箱に鉄製の足が蜘蛛のように両側四本ずつ生えた、まさに歩く箱であった。獅童の知る車とは大きく異なる原理に、動揺を隠し得ない。


「さっきから何をぶつぶついってんのよ? 貨物用の車でもないよりマシでしょ?」


「この世界ではこれが車の常識なのか!?」


 斜面を計八本の足で降る姿は、鉄でできた不格好な蜘蛛である。しかし侮るなかれ、この“貨物用魔装車”魔力を大気より自然充填可能であり、トラブルがない限り半永久的に駆動可能。そして、目的地を魔石から生じるプレートに入力すれば全自動で荷物を運ぶ。車輪の変わりに装着されている八本の足は、細かい関節パーツで分かれており、どんな足場でも走行可能で優れたクッション性を実現している、とダロスの説明を思い返しながら獅童は眉間にしわを寄せる。

 

 「俺の知っている車よりハイテクじゃないか……足なのに」


 などと愚痴る獅童であったが、実際のところ貨物用にも関わらず乗り心地は悪くない。座席はなく本当に荷物を積み込むだけの四角い箱に薄い光の膜のような物で露出部分が覆われていた。

 七人が乗り込んでも十分スペースのある広さで、揺れも少ないため結構快適だったりする。


「しど君! 食べもの積んであるよ? 食べていい? 食べていい?!」


 ダロスが用意していた積荷に首を突っ込んでいるのは、真っ白な長い髪の少女。ルーシーはクンクンと無数の皮袋から食べ物を嗅ぎ分けていた。


「どんだけマメなんだあのおっさん、もう少し町までかかりそうだしな、全部食べるなよ?」


「うん——わぱぱっあ、もごぐももも(わかった、頑張ってみる)」


 獅童が許可を出す前から口をいっぱいに膨らませたルーシーが応える。獅童は苦笑いを浮かべながら他の皮袋に目線を向ける。


「こっちの通過は金貨なのか、進んでいるのか遅れているのかよくわからん」


 獅童は、皮袋の中からずっしりと金貨の詰まった袋を取ると中を確かめた。


「ご主人様、その袋を今すぐロゼに貢ぎなさい! そしたらロゼの足を舐める権利を——」

「あんたは、また馬鹿な事言ってるんじゃないわよ。それにしてもすごい額ね? “五百ゼル”はありそう」


 袋の中身を確かめる獅童へと紫紺の瞳をギラつかせたロゼが近寄ってくる。そこへ例の如くフィナが混ざり自然な流れでロゼを押し除けると袋の中身を見てゴクリと唾を呑んだ。


「ゼル? そんなに大金なのか?」


「んー、多分?」


「多分ってなんだよ」


「だって、あたしたちがお金を使うことなんてなかったから……そんな権利ここじゃ認められないしね?」


 何気なく語られた少女の言葉とその痛々しい微笑みに獅童は胸をえぐられるような痛みを覚える。


「そないに暗い顔せんと、今から町でいっぱいつこうたらええやないのっ、なっ?」


 獅童の心境を察したレヴィアがフィナの顔を覗き込みながら明るいトーンで声をかけ、フィナも笑顔で頷いた。

 少女達の笑顔を見て獅童は、薄く微笑んだあとでずいぶん遠くなったエルサール城へ鋭い視線を向ける。


「獅童様! わたくしこの武器が欲しいですわ!!」


「うおっ、びっくりした——カミラか、それは……刀?」


 物思いにふける獅童の目の前に、栗色の巻き髪を揺らす少女がひょいっと顔を出した。カミラはその豊かな胸元に獅童がよく見慣れた日本固有の武器である赤と黒二対の刀を抱いているのを目に留めた。


「まさか刀が出てくるとはな、同じような文化がこの世界にもあるのか? 別に俺は構わないが何でその武器なんだ? しかも二刀流」


「うふふふふっ、それは、カッコいいから! ですわ!!」


両腕で刀を抱きかかえた少女はキラキラと目を輝かせて自信満々に獅童へと告げた。そんな様子に獅童は、ああ、こう言う子だった。と苦笑いを浮かべながらカミラを見つめる。

 

 おもむろに鞘から刀身を抜いたカミラは、遠のいていく城へと切っ先を向け鋭く睨んだあと、そのまま獅童の方へ真剣な顔を向け言った。


「わたくしがこのつるぎで、獅童様の憂いごとあの城を切って差し上げますわっ」


 最後はニコリと微笑んだカミラの笑顔に、獅童はハッとすると同時に思わず言葉を詰まらせた。それは、少女なりに獅童の心境を察知してかけた、真っ直ぐで力強い言葉。


「——ああ、本当に心強い言葉だ。ありがとう、カミラ」


「うふふ、ですわ——獅童様はこのカミラ・アイベックスの名において必ずお守りいたします」


 凛とした表情で獅童へ向き合う少女。獅童は、優しげに微笑みを浮かべたままポンポンと頭を軽く撫でた。


「美少女はそういうこと言わなくてもいいんだよ、むしろおまえ達を守るのは俺の仕事だ」


「獅童様————」


 カミラは、頬を赤く染めオロオロと視線を彷徨わせながら困惑した表情を浮かべる。


「素敵なお言葉の後で、大変申し上げにくいのですが……血、鼻から血が垂れてますわ」


 キメ顔で硬直したまま、獅童の鼻筋を伝って床にポタポタと流れる欲望という名の赤い斑点。


「ほんとねぇ、しどーって色々と台無しなんだよね?」

「何を言っているのかしら? ご主人様は存在が残念なのだから、この程度ロゼは何ともないわ」

「あぁ、しど君鼻血出てるぅ、おっぱいで拭いてあげよーか??」


「ルーシー殿! それなら私の柔肌で獅童どのお顔を——デカ……」


 フィナとロゼが獅童の醜態にツッコミを入れるなか、両手に食べ物を手にしたルーシーが乱入。クリクリとした瞳で獅童を見つめ胸を寄せたルーシーに対抗したレティシアであったが、たわわに弾む双丘を目の当たりにして思わず小さく沈んでいく。


 ワイワイと獅童を中心にじゃれ合う少女達を海色の瞳を優しげに細めた少女は、口元に微笑みを浮かべながら見つめていた。揺れる胸、腕や腰に抱きつく少女達。


「しどうはん、あんさんの周りは、昔も今も変わらず賑やかやな……いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつも——いっつもうち以外の女をはべらせて、ええ加減にしなはれぇっ」


「なっ、レヴィア?! いきなり何をっ——やめ、やめなさいっ」


 少しセンチになった乙女心の洪水は、獅童と少女達を沈めた。それでも止まることなく目的地へと進み続ける“荷車”は、もう間も無くエルサール王国の首都へ到着しようとしていた。

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