弐拾参

爪牙人の少女達と監禁されていた城から脱出した獅童は、一先ず心身を休めるため町へ下ろうとしていた。

 その道中、獅童達を待ち構えていたダロスと遭遇し対峙する結果となっていた。


「どういうつもりだ? 敵なのか味方なのかどっちなんだ」


 獅童は、ダロスの矛盾した言動に眉根を寄せ複雑な心境を顔に浮かべる。


「今、語るべきことは一つです。私は全力であなたがたを討たせていただきます」


「——問答無用ってことか、胸糞悪いなこのやろう」


 ダロスが杖を構え、集中して魔力を練り始めた。獅童は、ダロスが魔法を発動させる前に決着をつけるべく腰に手を当て愛用の銃を抜き放った。


「しどうはん、ここはうちの出番どす。みなはん、後ろに」


 凛と声をはったのは、蒼穹の長い髪を揺らす少女。レヴィアは獅童達に宣言すると同時、一歩前にでて悠然とダロスの前に立ちはだかる。


「あなた方を見くびるつもりはございません。最初から全霊を持って対処させていただきます」


「——あんたも損な役回りやね? ええよ、うちが受けとめたるさかい」


 周囲の空気がガラリと変わる。ダロスは凄まじい集中力で魔力を練り上げ、杖の先端に収束。彼が用いる最強の一撃がレヴィアに向け放たれる。


「遥か古の時を超えて我に力を注ぎたまえ——《古代魔法:起源、海竜:海竜の息吹》」


 杖の先端に青白い光が凝縮する。瞬間、極大の閃光がレヴィアの身体を呑み込まんと襲いかかった。


「——その歳で千年前のうちから力を持ってくるやなんて……よお頑張らはったなぁ」


 誰に聞こえることもなくぽつりと呟きをこぼしたレヴィアは、その光景に焦燥を浮かべる獅童と少女達を余所に、特に身構えることもなく青白い極光を全身で受け止めた。

 青白い光は、あるべき場所へ返るかのようにレヴィアの中へと消えていった。


「んなっ——そんな、馬鹿な。海竜の力が吸収され、まさか!? いや、ありえない」


 ダロスは、驚愕の表情でパクパクと口を開閉させて言葉を詰まらせていた。


「——長かったやろなぁ、よお頑張りはったわ。うちらを信じた選択は間違っておまへん、肩の荷をおろしよし」


 愕然として海色の瞳を見つめるダロスの肩にそっと手を触れたレヴィアは優しげに語る。シワの寄った目尻からどっと、無意識に大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ぁ、あなた様は——本当に」


「ん? うちはただ、しどうはんにもろおて欲しいだけの恋する乙女どす、無粋なこと考えんとってな?」


 奇跡を目の当たりにしたかのように打ち震え、問いかけるダロスへ、微笑みを浮かべたレヴィアは、更に笑顔を増してニコリと小首を傾げる。瞬間、ダロスの全身を生暖かい圧が包み込んだ。彼は、ゴクリと喉を鳴らしてその場に居住まいを正し、無言のまま大きく首を縦にふった。


 その場を収めたレヴィアは満面の笑みで獅童へと振り返り“良くできました”と言って欲しいのが丸わかりな子供のように期待に満ちた視線を送る。


「あ、うん、頑張った。頑張ったぞー、えらいえらい……だけどな、次からは一言行ってくれ、流石に冷や汗がでた」


 獅童は慣れない手つきで彼女の頭にそっと手を置いた。そしてため息まじりに苦情を言いつつほっと胸を撫で下ろした。


「しどうはん、心配してくらはったん? 嬉しいわぁ、なんならもっと刺激的な展開を」


「調子に乗るな——」


 悪戯な笑みを浮かべて妄想を膨らますレヴィア。その額を獅童は軽く指で弾いた。


「はうっ」

「あぁあ!?」


 額を両手で押さえ、うるうるとした瞳を獅童へと向ける少女。そして、なぜか同時に反応したダロスは顔面蒼白になりながら獅童を見つめる。


「なんだよ? なんでおまえが反応する?」


「い、いえ——なんでもございません」


 冷や汗を流すダロスは、獅童へと向き直り、しかし、その背後から海色の瞳の少女に微笑みかけられグッと押し黙った。


「剣崎殿、まずはご無礼をお許しください。私としてもあなた方へ敵意を向けるのは、望まぬことでした。しかしながら、剣崎殿のご決断とはそういう事であると、ご理解願えれば——そして、この老骨一人倒せねばあの国王に勝てぬのは同義でございますゆえ」


「まあ、わからんでもない。あんたは、あくまで“エルサール王国の意思”として俺達を動かしたかった。だが俺たちは城を出て全く違う意思としてエルサール王国に牙を向けようとしている、それだと例えあの国王が失墜したとしても俺達という驚異が結果として残るからな」


「私ごときの愚考、汲み取って頂き感謝いたします——私は、以前奴に戦いを挑み手も足も出ませんでした」


「……」


 遠い記憶に胸を締め付けられるようにダロスはこぼした。獅童は、真剣な面持ちでその言葉に耳を傾ける。


「恐るべきは——エンヴィルという白骨の仮面を纏う王の側近、その他にも王国軍大佐のカークマンなど、私など到底及ばぬ化物が数名控えております。なにより……あの国王ドリュファストは異質であり、驚異です」


「というと?」


「奴は、剣崎殿と同じ異世界より現れた“異界人”なのです」


 獅童は眉根をぴくりと動かし、だがどこか納得した様子でうなずく。


「————なるほどな、どうりで日本や、銃なんて言葉が出てくるわけだ」


「なんと、剣崎殿はお気づきでありましたか?!」


「いや、なんとなく違和感があっただけだ——ともかく、相手が誰でも俺たちの目的は変わらない。あんたの用意した物は遠慮なく使わせてもらうぜ?」


 獅童にとって、相手が実は自分の知る世界の住人であったことよりも、実は自分がこちら側の人間であったことの方が十分にショッキングな出来事であったせいか、大した驚きもなかった。


「はい、私はもう何も言いますまい。そしてその時には、微力ながら私も尽力いたします——奴はこの状況にあっても剣崎殿を追うどころか、慌てたそぶりすら見せません。それは、奴の予想をまだ我々が超えていないという事……十分に警戒なされてください」 


 ダロスの忠告にただ頷いた獅童は、少し遠くを見つめたあと、向き直って応えた。


「一つ聞いてもいいか?」


「なんなりと」


「ガルムって王子と、王妃は……どうなった?」


 その質問は、なぜか獅童の心をきつく締め上げた。夢にみたおぼろげな記憶の中、自分の手を引く女性の姿。自分の名前を呼び近寄ってくる“ガルム”という名の幼い少年。


「————ガルム殿下は、奇跡的に生きのび、今は身を潜めひっそりと暮らしておられます。王妃様は、まだ前国王がご健在の時、病に倒れられお亡くなりに」


 偶然ではあり得ない、しかし、どこか食い違うダロスの証言に獅童は複雑な心境を表情に映し出す。


「……そうか、ガルム王子に他の兄弟はいないんだったか」


「はい、王妃様は——もとより病弱で、お体があまりお強くなかったので。如何なされましたか?」


「いや、なんでもない——」


 問いかけたダロスに対して、手を降って話を遮った獅童は、少女達に視線で合図を送りその場から歩み始める。


「お気をつけくださいませ、剣崎殿」


 深く腰を折ったダロスに背を向けた獅童達は、その場を後にした。

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