弐拾
片手に剣を構え視線を細める獅童の先には、いやらしく笑みを浮かべた吊り目ライムンドが立っていた。
「くくっくくく、ははははは!! あなたは本当に面白い人だ、そんな家畜共のために私と……そして、滑稽なことに勝てるつもりでいる————本当に、不愉快です」
高笑いを上げたライムンドは前髪をかき上げ、最後にはその表情に暗い影を落とし鋭く細めた眼光で獅童を睨みつけた。
「どうでもいいから、早くしろ。こっちは色々とやることが多いんだよ」
「ふっ、調子に乗るのもいい加減にしてもらいましょう——その気になれば我々はいつでもあなた方を始末出来るのですからね? そして、あなたは今から私の前に跪き、許しを求めるのですから」
笑みを深めるライムンドの言葉をどこか眠そうな視線で聞き流す獅童。その様子に苛立つライムンドは腰に携えた西洋風の高級感のある剣の柄に手を置き、光の膜を超えてゆっくりと歩み寄りながらニヤリと口角を吊り上げた。
「この世界に疎いあなたに良いことを教えてあげましょう……この世界では、私のような選ばれし人間だけが持つ、特別な力“クラス”が存在します。そして私のクラスは“
「知らねぇ。それにレベル五、って言われてもな」
獅童は剣を片手に手首をクルクルと回しながら、ライムンドから視線を逸らし少女達に一瞬目を向ける。彼女達のクラスレベルを目の当たりにした獅童にとってレベル五のライムンドは自ら、私はザコですと言っているようにしか思えなかった。
「本当にわからない人だ、クラスレベルは最大で“十”つまり、この世界でクラスを顕現させたばかりのあなたは今から絶望するってことですよ————」
腰を低く落としたライムンドは柄を握りしめたまま獅童へと向け疾走。携えた剣を思い切り振り抜こうとした瞬間。
「————な、ぁ」
「話がなげぇよ」
ライムンドの剣は鞘に収まったまま、そして、視線の先に映った光景に驚愕し悲鳴のような声をもらす。
「あ、ああああっ!!」
柄を握っていたその手は、ライムンドが疾走すると同時に投擲された獅童の剣によって手首を貫通し、太腿へと縫い付けられていた。
「————」
刹那、地を蹴ってライムンドの眼前まで迫った獅童は、立ち竦む男の右膝を内側から斜めに蹴り下ろした。
「がぁっ——!?」
乾いた鈍い音が聞こえ、右膝の骨が砕ける。全身を駆け抜ける痛みにその目を揺らすライムンドであったが、間髪入れずに獅童は、左のフックで下顎を鋭く打ち抜く、そして渾身の右ストレートを意識の飛びかけた男の顔面にめり込ませた。
「————!!」
ライムンドは、大きく後方へと吹き飛んだ。その様子を眺めながら顔をしかめたモルドが視線で部下に合図を送る。
「俺の勝ちでいいよな? 不問にしてくれるんだろ? それとも次はおっさんの番か?」
獅童は、不適な笑みを浮かべ挑戦的にモルドを睨みつけた。
「——ち、馬鹿な約束だが、我ら王国軍に二言はない……今回は見逃してやる」
「おお、意外と律儀で助かった。とりあえずこの壁を消してもらおうか?」
モルドが面白くなさそうに合図を出す。軍服の男達の中から黒いマントを付けた集団が手をかざして光の膜を取り囲んだ。
「今消してやる——貴様らをな」
「————」
ニヤリと口角を吊り上げたモルド。獅童はすぐさま腰に手を回すと愛用の銃を取り出し、銃口を向ける。
しかし、ほぼ同時に光の膜を取り囲んでいた黒いマントの集団。その掌から赤い光が迸り獅童と少女達へ向け無数の炎の塊が打ち出された。
「馬鹿が! 私をコケにした分際で無事にこの場を逃す訳がないだろう!! 死なない程度に燃えて苦しめ」
炎の塊は光の膜を通過すると、肌を焦がす熱気と共に少女達を埋め尽くす。そして獅童のもとに数発の炎が襲いかかろうとした瞬間。
「しどー!! 危ない」
獅童の背後、その背中に迫った炎の塊との間に華奢な影が割り込む。咄嗟に振り向いた獅童の視界に映ったのは、再び身を挺して庇おうとするフィナの姿であった。
「——おまえは、またっ」
獅童は、咄嗟にその腕を掴み胸元へと引き寄せ、転がるように地面へと倒れ込んだ。獅童へと飛来した炎の塊は、フィナの後ろ髪を束ねた古いリボンを焼き切り、その場を過ぎ去る。
「ぁ————」
焦げた匂いを放ちながら、地に落ちたリボンは瞬く間に黒い燃えかすとなった。
広がった金色の髪が風に揺れる。少女はその瞳を揺らしながら燃え尽きたリボンを静かに見つめていた。
獅童は、その背中を見つめながら奥歯を強く噛み締めた。そして少し離れた場所にいた少女達へと視線を向ける。
そこには黒い煙だけが立ち込めており、だが、すぐに煙の中からレヴィアの作り出した水の球体に包まれた少女達が姿を表した。見る限り誰も傷を負った様子はない、しかし、その表情は研ぎ澄まされた刃のように鋭く周囲の人間達へと向けられていた。
「おい、おまえ」
獅童は少女達の無事を確認すると同時、放心したように立ち竦むフィナを背で守ようにモルドへと向かい合う。
そして、銃口を向けると、恐ろしく低く静かな声で告げた。
「抵抗しろよ、撃ってやるから」
「——っちぃ、どこまで私を馬鹿にするつもりだ貴様!! どんな小細工をしたかは知らんが、爪牙人風情が魔法の真似事などっ! 全員構え! こいつらを燃やし尽く、せ————っっ!?」
瞬間。獅童は迷うことなく引き金を引いた。愛用の銃にレヴィアによって刻まれた不可思議な文様が青白い光を放つ。銃口の奥底から凄まじい勢いで発射されたのは、深い海のような光を纏った青い閃光。
水の魔力を纏った弾丸は、通常の何倍もの推進力で真っ直ぐに、難なく光の壁を打ち破ると驚愕の声を上げる間も無く、モルドの右手をその肩から吹き飛ばした。
「ッッ!! がああああ!? 私の……私の右手がぁあ」
自分の身に起きた事態に気がついたモルドは、苦悶の叫び声を上げ、その光景を目の当たりにした周囲の兵に動揺が走る。
獅童は、何事もなかったかのように視線を放心している少女へと向ける。そして、おもむろにその足元で燃え尽きたリボンの燃えかすを拾い集めると、服の裾を破いて集めた燃えかすを丁寧に包みフィナへと手渡した後で、そっと頭に手を置いた。
「仇はとった。きっとおまえの母ちゃんは怒ってない、だから、泣くな」
「————あり、がとう」
涙をいっぱいに浮かべたフィナは、あどけなくも強くなろうともがく子供のように、悲しみを噛み殺した笑顔で必死に笑った。
「……レヴィア! この、鬱陶しい壁なんとか出来るか?!」
「なんの事はあらしまへん」
レヴィアが指を弾いて甲高い音を鳴らす。瞬間、まるでシャボンが弾けるように一瞬で獅童達を覆っていた光の膜が弾け飛んだ。
「ルーシー! さっきのやつ、思いっきり地面にぶちかませ!!」
「はぁーい! あーしもムカムカだもんねっ! はりきっちゃうよぉお」
ルーシーは、腕をくるくると回しながら周囲を見回して嬉しそうに笑顔を作ると地面に向かって思い切り拳を打ち付ける。獅童達はタイミングを見て身体を一瞬浮かすと同時に地面が大きく陥没、体勢を崩した軍人達に向かってルーシーを起点に地面が凍り、放射状に広がった氷から鋭利な氷柱が地面から突き出る。
「——カミラっ、とにかく暴れろ!!」
「はいっ、ですわ!!」
間髪入れずに指示を飛ばす獅童。その声に紅潮したカミラは、虚空を垂直に蹴って混乱する軍人達の中へ突っ込んだ。そして、流れるように軍人達の腰から二本の剣を抜き取ると、縦横無尽に空間を跳躍し敵をなぎ払っていく。
「ロゼとレティシアは、空から援護しつつ退路の誘導を頼む!」
「ご主人様のくせに、ロゼに命令なんて……意外と悪くないわ」
「承知いたしました! 獅童どの」
ロゼとレティシアへ指示を飛ばす。まんざらでもなさそうに空中へ飛び立ったロゼに続いて、レティシアが続いた。
「フィナ、やれるか?」
そして、獅童が包んだリボンの残骸を大切そうに抱いていたフィナへと声をかける。
「ふふ、もちろんっ! あたしを誰だと思ってんの? 未来の王様のお嫁さんだよ?」
フィナは、快活な笑顔で獅童へと応える。そして勢いのまま獅童の頬にそっと口付けをした。
「————!?」
「さっきの、お礼っ——あたしは、何する?」
獅童は、顔を真っ赤にして思わず鼻を抑える。だが、フィナの瞳にうつろう悲壮な色を見て小さく微笑みを浮かべると善戦する少女達へと視線を移した。
「無理しやがって——フィナ、ここから強行突破だレヴィアと三人で城門までの道を作るぞ」
自由を掴み取るための戦いの火蓋が今、切って落とされた。
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