三章〜逃走編〜
拾仇
獅童は、突如訪れたモルドとライムンドを殴り倒し、決意を新たに爪牙の少女達と共に自由への過酷な一歩を踏み出した。と、思ったその時。
「おい、誰か倒れているぞ? あれはっ——ライムンド隊長!? モルド中佐!!」
正面から飛び出そうとした獅童であったが、通路の奥から騒ぎ立てる声が響き、思わずその足を止める。
「っち——流石に堂々とやりすぎたか」
強襲するつもりで身構えた獅童であったが、ふいに背後からかけられた軽やかな少女の声に振り返った。
「しど君! こっちからでよ?」
「窓か! だがここは何階——ルーシー?」
小さな小窓の前に立つルーシーを見て、なるほどと納得するも、何やら腕を回し始めたルーシーの姿に疑問符を浮かべた獅童。
「いっくょおー? カチコチっ、どっかぁーん」
軽く腕を回したルーシーは、小窓、ではなくその壁を思い切り殴りつけた。
「————んなっ、壁が凍って」
ズドンっと言う音と共に部屋全体が揺れ動き、瞬間ルーシーの拳を中心に壁一面が凍りついた。直後、ガラスが砕けちるように氷漬けになった壁一面が粉砕。四角い部屋から一辺が跡形もなく消しとんだ。
「————」
まさに想像の埒外。獅童は、自分が少女達を守るなどと大言壮語してしまったことを心から後悔した。
「しどー? なにボーっとしてんの? いくよ?」
「は、はい」
開いた口が塞がらない、そんな獅童の背中を、軽く叩たきながら掛けられたフィナの声で我に返った獅童は間の抜けたように返事を返す。
「ルーシーはん? 合わせておくれやす」
「はぁーい」
吹き抜けになった部屋から見える景色は、広大な緑の広がる美しい情景で、改めて獅童の心にこの場所が自分の知る世界とは異なる世界である事を知らせると同時に、非常に高い場所に自分たちがいた事に気が付く。
「これは、どうやって降りるべきか——」
足下を見て冷や汗を流す獅童。しかし、視線を真横に向け再び絶句した。
レヴィアの掌からまるで滝のように大量の水が噴出。アーチ状に真下へと流れ落ちる瞬間、ルーシーがその水に触れると、瞬く間に水が凍りついた。
「滑り台……」
それは絶叫マシーンさながらの急降下が味わえそうな、氷で出来た斜面。もちろん安全性は絶叫マシーンの方が遥かに優れている。
「いくわよ、ご主人様」
「ちょっ、待って心の準備がぁあ—————」
ロゼは、氷で造形された斜面を前に、立ち竦んでいた獅童の背中を思い切り蹴った。
意を決する間もなく遠のいていく絶叫。その後を追うようにフィナ、レヴィア、ルーシーが楽しそうに続いた。
カミラはまるで階段でも降るように、空中を自分の足で優雅に地上へと向かい、ロゼとレティシアは自前の羽と翼を広げ、空中からなんなく地面へと降り立った。
「楽しかった! しど君もう一回!!」
「二度とやらない、絶対やらない……というか、レティシアとロゼが飛べるのはわかるとして、カミラ」
「どうかいたしましたの? 獅童様」
「なぜ、平然と空中を歩いている」
げっそりとした表情でルーシーの要望を拒否した獅童。ただ、どうしても納得がいかない現象を平然と行ったカミラへと問いかける。
「なぜと言われましても……これが獅童様から与えられた
そう言いながら獅童の前でカミラは、再び空中へと足を伸ばしそのまま“逆さまに立って”見せる。
「まじか……無重力ってわけでもなさそうだな」
「むじゅう?」
魔法という概念が存在する世界。もう、大抵のことは驚かないと決めていた獅童であったが、やはり驚きを隠し得ない。逆さまに立っているカミラは見た目浮いているようにも見えるが、髪の毛や衣服も乱れる事なく彼女は確かに“その場”で立っていた。
「ほんと、とんでもない世界だな——俺にもそんな力があるのか?」
首を傾げるカミラの前で感慨にふける獅童。背中越しにフィナが声をかける。
「二人ともゆっくり話してる場合じゃないよね?! しどーこのあとはどーするの?」
「もちろんノープランさっ!」
白い歯を全開に力強く親指を突き出す獅童。フィナは諦めたように表情から色を消して受け流す。
「ん、聞かなくてもわかってたけど。開き直られるとすごぃムカムカする」
「まあ、そう怒るなって。何をするにしても敵地のど真ん中にはいつまでも居られないからな、ダロスの言いたい事もわかるが、あいつを手放しに信用はできない」
ダロスの提案。つまり、時が来るまで敵の目を欺き内部から隙をつく。獅童も単独での行動なら賛同していたかもしれない。しかし、少女達全員の事を考えれば、誰が敵でいつ襲われるかもわからない環境にいつまでも身を置いておく方が危険だと、獅童は判断した。
「そりゃ、外にでても変わらないだろうが——ここは居心地が悪すぎる」
獅童と少女達は、その場を一斉に駆け出した。元いた部屋から誰かが叫ぶ声が聞こえ、城内の空気が緊迫に包まれていく。
そうして、自分たちの位置も城の構造もわからない獅童達は城壁伝いに城門を目指して必死に走る。
中庭を抜け、広い城内を走り抜けた獅童達は城門を目前に開けた場所へと飛び出した。
「————っち」
思わず舌打ちをした獅童。その視界に飛び込んできたのは武装した軍服の男達が身構え待ち受けている姿であった。
「逃走した召喚者と爪牙の女共を発見!! 全部隊展開、直ちに包囲せよ」
軍服の一人が号令をかける。統率の取れた動きで獅童達は四方を武装した軍服の男達に囲まれた。
「エルサール王国軍から逃げられると思うなよ、馬鹿共が!! 貴様らが逃げ出した瞬間から全軍に通信魔法を飛ばし、完璧に包囲させたわ!! これより召喚者、剣崎獅童を反逆容疑で拘束する!
「はっ!!」
獅童達の背後から怒鳴り声を上げながらモルドが追いついてくる。そして大声で指示を飛ばすと同時、獅童達を包み込むように光の膜が発生しドーム状の空間に閉じ込められた。
「————!?」
異質な空間に囚われた獅童は、歯噛みしながらモルドを睨みつけ腰に手を回して身構える。
「無駄だ、大型の“魔物”でも破壊不可能な軍事級魔法障壁、貴様らに逃げ場などない」
嫌味な笑みを浮かべたモルド。そして続くように現れた吊り目の男、ライムンドは笑みを深めながら獅童達を捕らえている光の膜へと近づく。
「滑稽ですね? シドウ様? この私の顔に一撃でも加えられたこと褒めて差し上げます。この
「————」
得意げに獅童を見下げていたライムンドは、その足下へ目掛けて一本の剣を投げ、突き立てた。
「まあ、このように武器であれ魔法攻撃であれ、外部から一方的にあなた方を始末出来る訳です……まさにあなたとその薄汚い家畜共は絶体絶命、という事です」
「てめぇ、美少女に言っていい事と悪いことの違いもわかんねーか? ああ?」
嘲笑うように語るライムンド。獅童は怒りを顕に拳を強く握りしめる。
「まあまあ、私も誇り高き王国軍の端くれ、弱者を一方的に痛ぶるのは趣味ではありません。そこで、ご提案です。その剣で私と正々堂々勝負いたしましょう——あなたが勝てば今回の件は不問とします、しかしあなたが負ければ、それ相応の罰は受けてもらいますが……如何ですか?」
ライムンドは、薄らと目を細め獅童が理解できるようにその視界の端へ少女達の姿を捉えた。
「——外道共が」
獅童は内側からこみ上げるその身を焼き尽くすような怒りをグッと押しとどめ背後にいる少女達を振り返った。
しかし、そこには不安げな表情など一切存在しない。期待と希望に満ちた眼差しで獅童を見つめる少女達の瞳が輝いているだけであった。
「しどー、あたし達は全然大丈夫だから好きにやっちゃっていいんだよ?」
「ほぉどす、しどーはんの望む通りにしたらえぇ、うちらはどこまでもついていくさかい」
「大丈夫、ご主人様が負けてもロゼは勝つから平気」
フィナ、レヴィア、ロゼがいつも通りの表情で応え。
「なになに? しど君戦うの? あーしも戦ってみたいなぁ」
「獅童様になんという不敬を——わたくしがぶっ潰して差し上げますわ」
「獅童どの、御武運を!」
ルーシー、カミラ、レティシアはキラキラした視線と鼻息を荒げながら獅童を見つめる。
「まったく、この状況でそんな顔されたら、格好つけない訳にいかねぇよな」
緊迫した状況とは裏腹に余裕のある少女達の反応にどこか緊張の糸が緩んだ獅童は足下に刺さった剣を抜くと、ライムンドへ突き出した。
「ってことで、遊んでやるよ吊り目——おまえら全員、銃刀法違反の現行犯だ」
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