拾捌

 

 室内に響き渡る男の叫び声。険しい表情を隠すように、少女達はひとまずその瞳から色を消し、一箇所に集まりジッと黙り込んで扉の方を見据える。


 獅童は、いいかげん騒がしい声の主に苛立ちながらも、冷静を装い扉を開いた。


「遅い! 遅すぎるぞ貴様!! この私が自ら足を運んでやったと言うに」


 顔を合わせるなり、大声で怒鳴り散らしたのは軍服のような格好をした、いかにも偏屈で偉そうな態度の男であった。そして脇に、同じような格好の吊り目の男が一人控えていた。


「なんだ? 初対面の人間に随分なご挨拶だな、おい」


「国王に手を出した不届きな反逆者風情に遠慮などするものか!」


「あ? 誰が反逆者だ、そもそもいつ仲間になったよ?」


 獅童の態度に偉そうな男は顔をしかめて睨みつける、獅童も負けじと額に青すじを浮かべながら睨み返し。


「少し落ち着いてくださいモルド中佐」


 睨み合う二人の間に割って入ったのは吊り目の男。男は獅童が条件反射的に手を回していた腰の銃に気がつくと、目を細めて言った


「シドウ様も、ひとまずその腰の物から手を引いていただけないでしょうか?」


「——っち」


 獅童は苛立ちを抑え、あくまで冷静さを取り戻そうと呼吸を整える。そして記憶の隅に浮かぶダロスとのやり取りを思い返していた。






 ◇◆◇






「剣崎殿はその……そちらの爪牙人の方々を今後どうなさるおつもりでしょうか?」


「あ? どうするって——色々とやってもらいたい格好とか、セリフはっごふ——」

「バカしどー! 今そうじゃないでしょ? 未来のことでしょ?」


 とぼけた様子の獅童。その後頭部を思い切りしばくフィナ。獅童はフィナの言葉に俯いたまま考え込む。


「未来——」


 口の先から思わずこぼれた言葉。レヴィアやダロスから聞いた話、自分がその中心にいるにも関わらずどこか遠くに感じてしまっていた獅童は、フィナの言葉を聞き、改めて考えまいとしていた今後を思い浮かべる。


「そう、あたしたちとの……未来。つまり、あたしとしどーの未来」

「なぜ言い直したのかしら? ロゼにご主人様が生涯尽くす未来の話でしょ?」

「あんたらなぁ? しどうはんはうちの旦那はんどすえ?」


「ぇえっずるいよ! あーしもしど君とずっと一緒にいたいもん!!」

「同感ですわっ、獅童様をあなた方だけに任せては置けませんもの! レティシアさんもそうでしょう?!」

「そう、ですね……」


 赤く染まった表情を隠すように呟いたフィナの言葉に、反応した少女たちが集まり論議が繰り広げられる中、獅童はジッと何かを考えるように俯いたまま。


「剣崎殿、正直に申し上げますとこの国、果ては世界的に考えても、この場所を出たところで彼女達が平穏無事に生きていくことは難しいでしょう」


「……」


 一人考えにふけっていた獅童のもとへ歩み寄ったダロスは哀れむように少女達を見つめながら獅童へと声をかけた。

 しかし、特に反応することなく獅童は、遠くを見つめるように楽しげな少女達へと視線を向け。ふと脳裏に蘇るのは紫紺の瞳を悲しげに揺らしていた少女の言葉。


『中途半端な感情と同情で助けられたのだとしたら、これ以上ない拷問だと思うのだけれど』


 ロゼの言葉に反論の余地などなかった。獅童としても少女達へ向けた言葉に嘘偽りなどない。本気でどうにかしたいと考えていた。しかし、知れば知るほど自分が出会った美少女達が置かれている環境は最悪な物であり、中途半端な覚悟では到底背負い切れる物ではない。


「転生した王か……」


 ぽつりと心の内を声に出した獅童。そんな様子に首を傾げていたダロスではあったが、再び自身の考えを語り始めた。


「今一度申し上げます、剣崎殿……共に、あの国王を打ち取りましょう——そうすれば“この城”で彼女達も不自由なく暮らしていくことができます」


「——この城に他の爪牙人はいないのか?」


「おります、剣崎殿のおられた地下牢は国王へと捧げられる者たちを入れておく特別な牢です。別の地下牢には現在、百近い、主に女性の爪牙人が捉えられているかと」


「……」


 静かに語るダロス、その事実を聞いた獅童は何も言わずただピクリと眉を動かした。


「その者たちも同様に城内にて不自由なく生活できる環境をお約束します、そして剣崎殿——ドリュファストは明日にでもあなた様の力量を試すために軍の人間を差し向けてくるでしょう」


「軍?」


「はい、王国軍は騎士団とは別に、ドリュファストが自ら粗野な輩を集め編成した部隊——中には非人道的な者も多く存在します」


「奴は、俺に何をさせたい?」


「これは、あくまで推測にすぎませんが——おそらくあの男は“勇者ブレイブ”である剣崎殿の力と影響力を利用し、この国だけでなく、他の国をも手中に治めようとしているはずです」


「————勇者ブレイブ?」


「ええ、剣崎殿の“クラス”にございます、異界より召喚され、彼女達を支配していたドリュファストの力、あの“傀儡の首枷マリオネットサークル”をも打ち破る権能……剣崎殿のクラスは間違いなく——」


「いや、違うけど」


「なんと?! 違うのでありますか?! では剣崎殿の力は一体」


「いや、教えないけど」


「なんと?! 剣崎殿!! この際です、はっきりと申し上げます——貴方様は何者ですか?! 私は見てしまったのです……なぜ異界より召喚されたはずの剣崎殿が“エルサール”の名を有していらっしゃるのですか?」


 さらりと拒絶する獅童に対して、目を剥き出しにして食い下がるダロスは、そのままの勢いで内に秘めていた疑問を思わず口にした。

 しかし、獅童はどこか上の空でチラリとダロスへと視線を向けただけで、質問には応えず何かを思い出したように問いかける。


「————あんた、ガルムって名前に聞き覚えはあるか?」


 獅童の口からでた名前にダロスは、驚愕の表情を浮かべた。そして、何かを諦めたように肩を落とすと獅童の質問に対して応えた。


「————なぜ、その名を……まあ、良いでしょう、隠すような事でもありません。ガルム殿下は、この国の正当な王位継承者、今は亡き先代国王と王妃様の間にお生まれになられた唯一の御子息でございます。しかし、なぜ剣崎殿がガルム殿下の事を、本当にあなたは一体」


「……こっちが聞きたいさ」


 乾いた笑みを薄らと口元に浮かべた獅童は、何かを考えるように遠くを見つめる。その様子にダロスは、込み上げる疑問をグッと呑み干し、背を向けた獅童へと語りかけた。


「今は何も聞きませぬ、私は剣崎殿を信じますゆえ……ただ、今しばらくドリュファストの目を欺くため、彼女達のことは内密に願います。計画は緻密に練り上げなければなりません、あの男はそれ程に油断ならない——私も出来る限りのことはいたします、ですから剣崎殿には、極力問題は起こさず、耐え忍んでいただきたい」


 獅童の心中を察してか、目的を優先しての言動か、ひとまず感情を押し殺したダロスは深々と頭を下げた。


「ああ、話はわかった」


 そんなダロスの言葉に、気のない返事を返した獅童が再び振り返ることはなかった。少女達は、そんな獅童の様子を静かに見つめていたのだった。






 ◇◆◇






 いまだ釈然としない感情を抱きながら、敵意剥き出しの偉そうな男を獅童は、鋭く見据えていた。


「改めましてこちらはエルサール王国軍のモルド中佐、私は小隊長のライムンドと申します」


「このような得体の知れぬ男に律儀な挨拶など必要ないわ——おい貴様、今からお前の力を試してやる、演習場へ来い……まあ、後ろのおもちゃ共を着飾って遊んでいたいなら無理にとは言わんがな」


 嫌味に鼻を鳴らすモルド。そして、薄らと笑みを浮かべ、獅童の背後に無表情で佇んでいる少女達を揶揄した。


「いけませんよモルド中佐……あんななぐさみ者でも、きっとシドウ様にとっては——ぷふっ」


「ふはっ、はははは!! おまえも笑っておるではないか! しかし、下の処理以外なんの役にも立たない人間のなり損ないに服を着せて飯事ままごととは! 酔狂な男だ」


「ぷっ、はははははっ、私だって笑いを堪えるのに必死だったのですよ? シドウ様も面白いお方だ、薄汚い家畜に服を着せて、ぷふふっ」


 獅童の前で、二人の男は背後の少女達を見下げながら腹を抱えて笑い声を上げる。少女達はただ静かに感情を殺し、色の抜け落ちた表情のまま時が過ぎ去るのを待った。それは誰でもない、剣崎獅童と言う自分たちに救いの手を差し伸べてくれた男のため。


「……」


 獅童は、黙っていた。口の両端を固く結び、拳を握り締め——その手には、無意識に白銀の光が宿る。


「よく見ればなかなか良いものが揃っているな? 王への献上品か……貴様一人では持て余すだろう? 何体か俺が可愛がっぺ————」


 瞬間、沈黙している獅童の横を強引に通り過ぎようとした男、その卑猥な笑い顔へ白銀に覆われた拳が鋭く突き刺さった。


「モルド中佐!? きさま——」


 後方に軽々と吹き飛んだモルドを、驚愕の表情と視線で追いかけたライムンドは怒りの形相で振り向き、しかし目の前に迫っていた回し蹴りのかかとがその顔面に減り込み、同じく後方へと吹き飛んだ。


「し、しどー? 問題は起こさないんじゃ——」


 予想外の光景に少女達は目を見開き、唖然と立ち尽くす。


「誰が、薄汚いだと? 最高に美少女だろうが、バカヤロー」


「「「————」」」


 雄々しく、そして堂々と立つ獅童の姿に、少女達は思わず息を呑み言葉を失った。


「レヴィア! 俺はレグルスなんて名前は覚えていない、過去がどうあれ、俺は剣崎獅童だ! それでも問題ないな?」


「ふふっ、もちろんどすっ」


 獅童の言葉にレヴィアが頬を薄らと染め、愛おしそうにその姿を見つめながら頷いた。


「みんな、今からこの城を出るぞ」


 少女達は、驚きに目を丸くする。しかし、同時に期待に満ちた瞳で力強く頷いた。


「俺が、おまえ達の王になってやる——この世界に、おまえ達が平和に暮らせる国がないんなら、俺がその国をつくる!! そこで————」


 決意に満ちた表情で宣言した獅童。そして少女達に向き直った瞬間その胸にフィナが飛び込んできた。


「おばあちゃんになって、笑顔で死ぬまで生き続ける!!」


 張り詰めていた緊張と覚悟が解けていくように、緩んだ表情のフィナは目尻に涙をため込んで獅童の身体へと顔をうずめる。


「ご主人様のくせに……」

「しどうはん、かっこえぇ——最高どす」

「獅童様、わたくし感動で前が見えませんわっ」

「しど君、あーしも、しど君大好きかも!!」

「……」


 続くように獅童の元へと少女達が雪崩れ込み、その身を寄せる。


「おおっ、そこは、やばいやばいっ——とにかく、さっさとここから逃げるぞ!!」


 獅童の号令に少女達は力強く返事を返すと、全員でその場を駆け出した。

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