拾漆
清々しい朝の光が差し込む室内。
獅童と少女達は、昨晩ダロスに無茶を言って仕立てさせた新しい服に身を包んでいた。
汚れた肌を洗い流し、乱れた髪をとき、ボロボロの服を脱ぎ、新しい装いとなった少女達は、言うまでもなく、獅童の目に完璧な美少女達であった。
「————みんな、パーフェクトだ」
「しどー、もういい加減その鼻血どうにかならないかな?」
「そうね、ロゼも見ていて不愉快極まりないわ」
「ほんまに? うちは可愛いらしゅうて好きどすぇ?」
フィナとロゼは並んで腕を組み、呆れたように獅童を見据えていた。隣に立つレヴィアはニコニコと上機嫌で獅童を眺めている。
「でも、この服はすごぃ可愛いっ、ありがとう、しどー」
「そうか、気に入ってくれてよかった……俺の方こそありごうとうございます、正直眼福です」
新しい服をキラキラとした表情で見つめながら可愛らしくポージングしたフィナ。そんな美少女の姿を血走った目で脳に焼き付けようとする獅童。
少女達の服は、獅童が細部にわたり一人一人の特徴にあったものをダロスへと命じ、その権限をフル活用させて一晩で作り上げさせた特注品である。その裏にはダロスと職人達の汗と涙の物語があるのだが、美少女を着飾ると言う崇高な目的の前では、必要な犠牲であり、そもそも獅童には関係のない事であった。
「フィナは元気で明るいイメージだからなっ、赤いジャケットがよく似合っている。どうせならリボンも新しくすれば良かったな——気がつかなくてすまない」
フィナは短パンに短いチューブトップ、その上に真っ赤なライダースジャケットを羽織り、しかし後ろ髪を結んでいるリボンは古いままであった。
「ん? これは、いいの——お母さんにもらった大切なリボンだから、このままで大丈夫」
「そうか、なら大切にしないとな」
後ろ髪のリボンに触れながら控えめに微笑む少女。獅童もそれ以上踏み込むことはしなかった。
「ほんまに、かあいらしぃわぁ。全部しどうはんが考えはったん?」
「ああ、当然だ! そしてレヴィア、肩出し巫女服グッジョブ!!」
親指をビシりと立てる獅童。レヴィアの髪色に合わせた巫女服は、その露出度からして神に仕える巫女としては、完全にアウトだ。だが、腰から生えた青と白二対の尾が巫女服と合わさり神秘的な雰囲気を際立たせている。
「可愛いわ! ロゼがね!! ただ、ロゼの可愛さを引き出したご主人様にはご褒美として足を舐める権利を与えてあげる」
「ミニスカのメイド服を生の美少女に着せられる日が来るとは、しかし、足を舐めるのは——喜んで! っぐは」
丈の短いスカートに大きく胸元の開いたメイド服を気に入った様子のロゼは、獅童を挑発するように足を差し出した。
獅童は一切の躊躇なく麗しい美少女の美脚へと飛び込む寸前で、フィナの容赦ない右ストレートが放たれた。
「そこ、馬鹿なことしない。あんたも馬鹿なことさせない」
「ロゼは大真面目よ!」
「それが馬鹿だって言ってんのよ」
ぴしりと空気がひび割れ、二人の少女の間に暗雲が立ち込める。獅童は慌てて二人から距離をとった所で、服を見せ合いながらキャピキャピと盛り上がっていたカミラ、ルーシー、レティシアの元へ歩み寄る。
「獅童様っ、こんな素敵なお洋服をご用意していただけるなんて、わたくし感激ですわ」
「ああ、よく似合っているよ——くそっ、ゴスロリ風だと伝えておいただろうがっ、ダロスめ」
「獅童様?」
「いや、なんでもない! いいワンピースだ、カミラにとても似合っている」
シックな色合いの、やはり丈が短いワンピースはカミラの栗毛とマッチしてシンプルだが上品な雰囲気に仕上がっている。獅童としてはダロスに“ゴスロリ”という概念を必死に力説していたのだが、その想いは伝達力の不足によりあえなく散ってしまった。
獅童の呟きに小首を傾げるカミラであったが、慌てて
「しど君っ! あーしも可愛い??」
「ああ、ああ!! エロ——可愛いとも! シャツに短パンは最高だなっ、おい」
カミラと獅童の間にひょこりと顔を出したルーシーは今にも胸の圧でボタンが弾け飛びそうな丈の長いシャツ、そして一見何も履いてないように見えるシャツの裾からは、健康的にむっちりとした白い脚線美。
思わず鼻の下を緩める獅童、どの少女も美少女と称するに相応しく魅力的ではあるが、ルーシーはどこか幼い雰囲気に反して魅力的なわがままボディーであり、獅童は素材の良さを十分に活かすため、あえてシンプルなシャツに短パンという組み合わせをチョイス。
「まさに、感無量————」
感動に目頭が熱くなる。しかし、流れるのは涙ではない。
「あれれ? しど君また鼻血出てるよ? おっぱいで拭く??」
「はいっ! ぜひお願いします」
「獅童様!? それならわたくしの、胸も使ってくださいまし」
たわわに揺れる果実を寄せて迫る二人の少女。その柔らかな弾力の中へと、意を決して顔面からダイブ。
「ルーシーはん、カミラはぁん、服に強化魔法かけたるからこっちにおいでぇ」
「はいっ」
「はぁーい」
寸前のところでレヴィアに声をかけられた二人は向き直り、獅童の顔面は床へとダイブした。
「くそぅっ、やはり俺に生ちちはまだ早いのかっ」
悔し涙で視界を濡らしながら少女達の背中を見つめ、その向こうから可愛らしく舌を出したレヴィアと目があった。
「レヴィア——可愛いじゃねぇかっ、ちくしょう」
もう、美少女であればなんでもいい獅童。そんな獅童の前に褐色で細く美しい線の足が立ち止まる。
「大丈夫ですか? 獅童殿?」
膝をついた獅童の前にスッと優しく手を差し伸べたのは、背中に鷲のような翼をもつ、
レティシアはキラキラとした微笑みを浮かべ、その姿はさながら舞台で舞い踊る劇団俳優のようであった。
「やだ、イケメン」
思わずその頬をほんのりと赤く染めた獅童は、差し伸べられた手をとって立ち上がる。
「怪我は、ないですか?」
「はい、ありがとうございます」
「良かったっ、では獅童殿! 生まれたままの姿で二人抱き合いましょう——いったぁあっ、いたい! 痛い!」
獅童は、レティシアへと“両手式丸め中指型デコピン“を力一杯に放ち、少女は額を押さえながら大きく仰け反った。
「おまえは既に裸みたいな格好だろうが、上着をきなさい」
恥じらいのない女性は少し苦手な獅童。レティシアは、元々スリムなパンツにシャツというシンプルにカッコいい装いであったのだが、なぜか黒いビキニになっている。
「服はどうしたんだ?」
「はぅ、獅童どのぉ、ひどいではないですかぁ……少しは私の話も」
「————っ」
額をさすりながら涙目で見つめてくる少女。獅童は完全に不意を突かれた。本来相当な美形であるレティシアが瞳を潤ませて上目遣いに甘い声を出そうものなら、それは凄まじい破壊力を持つのだ。
「ギャップというやつかっ——くそ、かわいいっ」
「おや? 獅童どの? おやおや? 今なんとおっしゃいました?」
表情を隠すように視線を背けた獅童の変化に気がついたレティシアはニマニマと頬を緩めてその顔を覗き込む。
「うるさいっ! 俺は露出狂に興味はない!! 早く服を——ん? その胸にある石はなんだ?」
少しレティシアを意識してしまった獅童は、妙に視線のやり場に困りながら目をそらし続けていると、一瞬その視界の端に捉えたのは少女の胸元に埋め込まれている赤黒い石のような物。
「……獅童どの? “私の裸”見てくれませんか?」
「——レティシア?」
今までに見たことのない、それは痛々しい程に繕われた笑顔だった。そして獅童へと向き合った少女の瞳を真剣な眼差しで覗き込み。
「ケンザキシドウとか言う召喚者はここか!!」
突然の怒鳴り声。乱暴に扉を叩く音が鳴り響き、瞬間その場にいた全員の表情が険しく、そして鋭く変容する。
「——ダロスの言っていた通りか、せっかくの気分が台無しだ」
少女達は無言で頷き合う、そして一箇所に集まりその表情から色を消した。少女達を確認した獅童は、覚悟を決めたようにゆっくりと扉を開くのだった。
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