拾陸
中年の魔導師、ダロスは焦っていた。その表情は満面の笑みで
異世界より召喚された男、剣崎獅童。しかし、ダロスは彼が召喚された直後、精霊の指輪に記された本当の名前を見てしまった。
“エルサール”と言う、王族の血筋を表す名をなぜ目の前の男が有しているのか。
そして何より、正面で不機嫌そうに向かい合うこの男が、ダロスの目的をなし得るにたるだけの力を持っているのか、ダロスはその真意を見極めるべく剣崎獅童の元へと赴いたのであった。
「んで? 用件はなんだ?」
「ま、まあ、まあ、剣崎殿? みなさまお疲れでしょうし、まずはお食事を取られてくださいませ、お身体の方も大事なくて何よりでございます」
引きつった笑顔を見せるダロスに対し、
「まず、おまえが食え」
「ぇ? そんなお疑いにならずとも毒など入っては——もごっ、おいひゅうございまふ」
剣崎獅童は皿に盛ってあった肉を一掴みすると、ダロスの口へと放り込んだ。そして異常がないことを確認する。
「よし、みんな食っても大丈夫そうだ」
「しどー心配しすぎ」
「感謝いたしますわ、獅童様」
「しど君も、あーんする?」
「しどうはん、おおきに」
「良い心がけだけれど? 毒味はご主人様がするべきよ」
「獅童殿!! 次回から毒味は私がいたします!!」
少女たちが一斉に声をあげ、豪華に盛り付けられた料理に舌鼓を打つ。
そんな獅童と少女たちにぐるりと囲まれる形でダロスは一人正座させられていた。
ダロスとしては、ただ、本当に腹を割って語り合い、共に食事を分かち合おう。と、完全に良心からの行いであったのだが、なぜこんな事に、そしてなぜこのアウェーな状態で中心に座らされているのか。そんな疑問を激しく感じながらも、笑顔だけは絶やさずにいた。
「しどうはん? そろそろかんにんしてやってもよろしいんとちゃう? そんな真ん中で怯えられとったら、せっかくの食事も不味なります」
「そうだよ? しどー、一応この人偉い人みたいだし? それにこの部屋の準備もしてくれたんだからさ」
蒼穹の長い髪を揺らし、青と白二つの尾を持つ美しい少女と、金色の髪に後ろ髪をリボンで束ねている快活そうな雰囲気の少女。その頭には、ふちの黒い黄金色の耳。二人は状況を見かねたのか、ダロスへとフォローを入れた。
そんな少女達の気遣いに全力の笑みで応えるダロスであったが、内心では獅童と言うよりも、この爪牙の少女達が放っている底知れない圧迫感によって萎縮させられていた。
ダロスとて、王国では名の知れた魔導師の一人である。その実力はエルサール王国指折りの魔導師集団をまとめ上げる程には確かで、そんな彼だからこそ見抜ける、少女達の異質さ。
長年この国で同じような境遇の少女達を目にしてきたが、このような事は初めての経験である。
特に先ほどの蒼穹の髪をした少女と、幸せそうな笑みでガツガツと皿に顔を突っ込んでいる大柄で真白な髪をした少女、この二人から放たれるプレッシャーは尋常ではない。
他の少女達も異質なことに変わりはないが、明らかにこの二人は他の少女達と比べても一線を画していた。
「剣崎殿……あなた様は、彼女達に一体何を————」
「あんた達に話すことは何もない」
思わず口をついて出たダロスの疑問、その言葉を打ち消すように発せられた男の声は怒気をはらみ、眼光は鋭く、容赦無くダロスを見据えており。
それは、言外に何をしようとも信用などしないと言う心境の現れであった。
息を呑んだダロス、しかし、その心の内には僅かに希望の光が灯っていた。彼が何者で、爪牙の少女達の身に何が起きたかなど、もはや関係ない。この者たちならば、地獄のような日々に終止符を打ってくれるのではないか。
そんな思いにダロスは駆られ。
「剣崎殿、そして爪牙の御方々——私共がこんなことを言えた義理ではないことは百も承知、しかし、どうか、私めに力を貸していただけないでしょうか」
もはや恥も
「——あんたの目的は知らないが、何をされても俺は」
「どうか!! 私と共に、国王——いや、ドリュファストを討っていただきたい!!」
「————は?」
◇◆◇
「人間絶対主義法? なんだ、そのヤバそうな法律は」
獅童は、予想外の発言をした魔導師ダロスに対し、食事もひと段落したところで話を聞くだけならと、渋々ではあるが了承し、少女達を背後にダロスと向き合っていた。
「はい、それはドリュファストがこの国を乗っ取ったその日に掲げた悪夢のような法です」
「乗っ取った?」
その不穏な響きに獅童は思わず眉根を寄せ、ダロスへと聞き返した。
「はい——二十年ほど前です、奴はどこからともなくいきなり現れ、恐ろしい力を持ってこの国を……奴はたった一夜にしてこの国を手に入れたのです」
ダロスは両手を震わせ、その表情を憎悪に歪ませながら強く歯がみする。
「この国で人間は人間以外の種族においてあらゆる権利と行為を認める——それが暴行であれ、殺害であれ、なんでも」
獅童の表情が一気に曇る、その背後からも少女達の暗く重い雰囲気が漂っていた。ダロスはたかぶった感情を落ち着けるように息をはくと、再び語り始めた。
「元々この国は、人間と爪牙人が共に暮らす平和な国でした。世界各地では種族間による争いも起きてはいましたが、人と魔を統一した始まりの国であるこのエルサール王国に周辺諸国も準じ、人間と爪牙人は共存関係にありました」
「……」
先ほどレヴィアから聞いた話とダロスの話題に出た“始まりの国”と言う言葉。レヴィアの話が紛れもない事実であるならばその国を起こした張本人が自分かも知れないと言う、やはり鵜呑みにするには突拍子もない事実に獅童は頭を抱える。
「しかし、ドリュファストが発令した法に、人間の心は抗えず、欲望のまま爪牙人を襲うようになり、初めは警戒していた他の国々も、同じように爪牙人達を迫害し、蹂躙するようになってしまったのです」
「民衆の心に燻っていた差別意識に対して、盛大に油をぶちまけた上で火をつけたってわけか、度し難い」
そしてダロスは申し訳なさそうに少女達へと一瞬視線を巡らせた後で、更に続けた。
「——ご存知の通り、影響を受けているのは民衆だけではございません。王国に仕える者たちも、国王のことは憎んでいても“何をしても許される”と言う欲望に抗えず」
「ふざけるんじゃないわよ——」
ダロスの言葉を遮って獅童の背後から一人の少女が声を発した。
「フィナ」
フィナは燃えるような真紅の瞳を見開き、ダロスの元へと歩み寄ると、
「何が抗えずよ——あんた偉いんでしょ? だったらなんとかしなさいよ!? あたし達が、どんな想いで生きてるか……あんた達からしたらちっぽけでも、あたしにとっては大切な時間が、幸せが、どれだけ踏みにじられてきたと思う!?」
「……返す言葉もございません」
「————っ」
情けなく、力なさげに視線をそらしたダロスに対して、牙を剥き出しにしたフィナはその手に力を込める。
「冷静になりなさい? コレに何かをする力があるなら、ロゼ達に泣きついたりしないわ? それでも、小物なりに考えて今行動しているだけマシな方じゃない」
そんなフィナをなだめるように、隣へと近づいてきたロゼがダロスを見下げながら言葉をかけた。
「そだよ? フィナ君? この人が何かしたわけじゃなくて、弱くても頑張っているおじいちゃんだよ?」
「小物——弱い、おじいちゃ……」
続いてルーシーがフィナを覗き込むようにひょこっと顔を出す。そして、少女達から発せられる嘘偽りのない本音にダロスは、暗い雰囲気と共にだんだんとしおれていく。
「その辺にしといてやれ、見ていてなんだか居た堪れない」
「け、剣崎殿……」
「だからと言って俺に助けを求めるのもやめてくれ」
軽くダロスをあしらった獅童は、おもむろにフィナの元へ歩み寄り、その頭に手を置いた。
「おまえの気持ちは一旦俺に預けとけ、こいつの為じゃない、俺はおまえ達のために怒ると決めた——俺は、この腐った国からおまえ達を守る、そう決めたんだ」
「————しどー」
獅童は、心に決意を宿した瞳で優しくフィナを見据えた。その言葉にフィナ、そして少女達の表情が光を帯びる。
「しどうはん——」
「ふん、生意気——でも、少しだけなら認めてあげる」
「しどー、あたし——すごぃ嬉しい、嬉しんだけどね? 耳、触りすぎじゃない? 鼻血出てるし」
不可抗力であった。獅童の美少女に対する熱い想いと本能は止まらない。
「フィナさんだけずるいですわ! 獅童様、わたくしも撫でてくださいましっ」
「あーしも、あーしもぉ」
「獅童殿、脱いでもいいですか!?」
「ほんなら、うちも撫でてもらおっ」
次々と折り重なってもみくちゃにされていく獅童は、当然その限界を超え情熱を思い切り吹き出す。
「————ぶはっ」
状況に取り残され目の前の光景に唖然としていたダロスは、真っ赤に染まった。
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