拾伍

 


「ほな、話しまひょか。うちとしどうはんの関係」


 落ち着きを取り戻した獅童、そして、どこか拗ねたような態度で聞き耳を立てるロゼ。他の少女たちはまだ起きる気配がない。


「簡単に言うとな?」


「簡単に言うと?」

「……」


「うちがしどうはんの女やったからや」


 パチリと片目を閉じたレヴィアは、まぶしい程にキラキラした瞳で応えた。


「「……」」


 そんなレヴィアを見て、なんとも言えない表情になった獅童とロゼはゆっくり視線を交わした。


「ご主人様、やっぱりこの人はダメな人だわ、とどめを刺しなさい」

「あぁ、そうだな。俺も流石に、今この流れで冗談を受け止める度量は持ち合わせていない」


「なんや二人して、信じてくれへんの? いけずやわぁ、間違いなくうちは、しどうはんの女やったんどす」


「いや、レヴィア? 俺とはここで会ったばかりだし、俺が夢で見た記憶が確かなら、この世界にいたのは随分と小さい頃の話で——」


「はっ!! ロゼはわかったわ! あなた、重度のしょた————」


「何を言うとるんやろぉか? ロゼはんおもろいなぁ」


 にこりと微笑をむけたレヴィアだが、目は据わっていた。同時にロゼの顔を囲むように水のサークルが出現し、すっぽりと水の膜が少女の首から上を覆った。


「————ごぽっ」

「ロゼっ!? レヴィア? もういいから、ちゃんと信じるから?! 溺れているから!!」


 その後、解放されたロゼは、よくわからない事を口走りながら終始カタカタと震えていた。獅童は、自分に対してレヴィアがいかに寛大であったかを身にしみて自覚したのである。


 そして、再び仕切り直した獅童、そしてロゼすらも直立不動でレヴィアへと向き合った。


「うちがしどうはんの女やったんは、しどうはんがとして生まれてくる前の話どす」


 そして、もじもじと恥ずかしそうに頬を染めながら語ったレヴィアの発言に再びキョトンと目を点にする二人。


「ご主人様、レヴィア様がご乱心召されているわ、なんとかしなさい」


「いや、なんとかと言われてもな。こう言うセンシティブなことはゆっくりと時間をかけて向き合っていくしか」


「ふふふ、しどうはんもロゼはんも……仲良く溺れたいみたいやなぁ」


 顔見合わせて困り果てる二人に向かって、凄まじいプレッシャーを放ちながら全力で微笑むレヴィア。


「「信じます、はい。全部信じます」」


 獅童とロゼは声を揃えてレヴィアへと力強くうなずいた。


「ほんまに二人ともいけずやわぁ、しどうはんはな? ずっと昔に初めてこの世界を一つにした偉大な王様の生まれ変わりなんどす」


「偉大な王様? おかしいわ、だとしたら片鱗すら残っていないもの」


「おいっ、流石に言い過ぎじゃないだろうか? しかし、生まれ変わりと言われてもな」


 激しく眉根を寄せたロゼに対して獅童はツッコミを入れつつ、だが自身もあまり理解できていない様子で顎に手を寄せて頭をひねる。


「記憶は、引き継げへんかったんやなぁ……」


 レヴィアはどこか寂しげな視線を下に向けた後、再び獅童の顔を見据える。


「千年——うちは待ち続けた、この世界の移り変わる様をただ見続けて、しどうはん……いやレグルスはんがこの世界にまた生まれるんを」


「千年?! レヴィアおまえ一体なんさ——ぐはっ」

「いくらご主人様がバカで、無能で、哀れで、どうしようもないほどのバカでも、その質問は女として許容できないわね? バカなの?」


 ロゼの容赦ない肘と言葉の暴力により、心身共に痛めつけられた獅童は、確かに返す言葉もないと肩を落とす。

 そんな様子に苦笑いを浮かべつつレヴィアは再び語り始めた。


「そやなぁ、どこから話したらえぇやろか……」


 レヴィアは遠くを見つめ、ゆっくりと息を吐く。獅童はこれから語られるであろう自分自身のルーツに自然と身をこわばらせる。


「その昔、しどうはんは……レグルスはん言う名前どした」


「あぁ、それは指輪でも確認した——」

「めっちゃ、かっこよかったんどす!!」


「ん?」


「いやな? 当時は魔族と人間が世界の覇権がどーのくだらんことで争っとったんどす、ほんでその当時うちは微妙に重要なポジションやったさかい、うちを味方に付けたら勝ち? みたいな流れになってしもうて、ただ魔族の王はろくな奴やあらへんかったんどす、それに比べてレグルスはんは魔族と人間の友好を考えてはって、何よりあの時の、くふふっ、壁に押さえつけられて言いはった一言がっ——くぅうっ!! 思いだしただけでも痺れてまいそうやわぁ」


「「……」」


 獅童はロゼと共に、先ほどまでの微妙に重苦しい空気が嘘のようにペラペラと語るレヴィアを、なんとも言えない無表情で見つめていた。


「ほんでな? 何とか魔族の王をうちとレグルスはんの仲間と一緒に倒してんけど、そん時に“王の力の半分”がレグルスはんの中に宿ってしもうたんどす、それからレグルスはんはあろうことかうちに、レグルスはんを殺して力を封印せぇて言いはったんぇ? ほんまにいけず、うちがそないなこと出来るはずあらしまへんやろ? せやから、苦渋の決断で千年くらい経ったら力も弱まるやろ思うてな? 転生させることにしたんどす」


「「……」」


「それから、うちがどれだけ寂しかったか……ぁ、ちなみに王を無くしてちりじりになった魔族と人間が合わさってその血が薄ぅなったんが爪牙人な? うちは、レグルスはんが思い描いた世界がどないなことになるんかそっと観察しとったけど、やっぱりあかんわ、結局おんなじこと繰り返すばっかり……そんな世界に飽きてもうたうちが軽く眠りについとる間に、レグルスはん転生してもうて、気ぃついたら別の世界に飛ばされとって、やっと会えた思うたら“しどうはん“になってはるし、記憶はないし————」


「「……」」


「転生の日もバッチリ予定通りやったんどすぇ? 同じ名前が付けられるように予言まで代々引き継がせてたんよ? せやのに名前かわっとるやなんて、ちょっとショックやったわぁ? でも“しどうはん”も“レグルスはん”も、どっちも素敵な響きやから結果おーらいどすな」


 レヴィアは溜まっていた感情を一気に吐き出したせいか、上機嫌で微笑んでいた。

 だが獅童は、自分にとってわりかし重要な話を“親戚によくいるおばちゃん”のような口調で一方的に語られたことで、色々と準備していた感情を、もうどうしていいか分からなくなり、思わずロゼへとすがりつく。


「ロゼ、すまないがちょっと、ちょっとだけ泣きたい気持ちだ」


「そうね、分からないこともないわ……だけど、嫌よ! ご主人様の鼻水やら怪しい汁やらがロゼの肌に触れるのは耐えられないもの!」


「おまえの中の俺と言う存在はどれほど低評価なのだろうか」


「間違いなく下から数えた方が早いわ。ロゼの場合、上もいないけれど」


 紫紺の瞳で見下げる少女の辛辣な評価に、それなりのダメージを負った獅童は、両膝を抱いてひっそりと頬を濡らす。そんな獅童をレヴィアが苦笑いを浮かべながら慰めていると、扉をノックする音が室内に響いた。


「誰だ?」


 意識を切り替えた獅童は、険しい表情で扉へと視線を向け、二人の少女もスッと気配を消すと、最悪の事態に備えて身構える。


「剣崎殿——私、ダロスでございます。皆様のお食事をお持ちいたしました」


「ダロス? あぁ、確か最後に牢屋で」

「しどうはんと、うちらをこの部屋に案内したお人どす、心配いりまへん、しどうはんはうちがまもるさかい」


 獅童はレヴィアの言葉に微かな安堵を覚え、視線を向けてうなずく。そしてゆっくり扉を開くと。


「剣崎殿!! あぁ、ようやくお会いできました——」


 満面の笑みで立ち尽くす中年の姿があったので、反射的に獅童は扉をしめた。


「剣崎殿!? いかがなされました!! 剣崎殿!?」


 意味もわからず扉を閉められた中年の叫び声は夜の城にこだますのであった。






 ◇◆◇






 ダロスが獅童達の部屋の前で首を傾げているその頃、一人歪んだ表情を浮かべた小太りな男が薄闇で何かを思案するように佇んでいた。


「宜しいのですか? 我が君? あの男に任せて、はい」


 男の背後、闇の中から忽然と姿を現したのは漆黒の燕尾服に身を包み白骨の牛のような仮面をつけた人物。


「エンヴィルか、ふふふ、余の手のひらで浅知恵を巡らせるさまは滑稽で良いものだぞ? それを握り潰す時の快感はなかなかどうして、変えがたいものよ」


 口元に笑みを浮かべながら、ドリュファストはへとそのずっしりとした身体で乱暴に腰掛ける。


「————っ」


 が呻き声をあげた。しかし、特に気にする様子もなく膝を組み、太い葉巻を豪快に咥える。


「さすが我が君、よい感じに歪んでおいでですね。はい」


 咥えた葉巻の先端をエンヴィルの指先が風切り音と共にかすめ、見事に切断された葉巻へと指先に灯した赤黒い火をかざす。


 煙をくゆらせながらドリュファストはさらに深く腰掛け、忙しなくその手先はを撫で回している。


「————っ!!」


「ダロス如き、どう動いたところで何も支障はない。それよりも、貴様こそ少しは焦った方が良いかもしれぬぞ? 余があの男、剣崎獅童を手に入れれば、貴様の席も危ういのではないか?」


「そんな、我が君、どうか私めを貴方様の御側近くにおいてください、はい。どのような扱いも粛々と——」

「ふん、心にもないことを申すでないわ。余の手駒は貴様だけではないと言うところを見せてくれる、ちょうど今頃あの男をたぶらかしておる頃かもしれぬ」


 不適に笑みを深めるドリュファスト、エンヴィルは仮面の奥から怪しげな光を纏った視線を主君へと向ける。


「さすが我が君でございます。いつの間にあのような者を仕込まれたのでしょう……はい」


「あやつが正義感にかられて、爪牙の女共を助け出そうとすることなど最初からわかっておったわ。後は、まことにあやつが勇者ブレイブの力を持っておるか……おい“モルド”に何か吹き込んでおけ、強欲な男だ、明日にでも動くであろう」


 ドリュファストは、更に笑みを深め腰掛けていたに火のついた葉巻を押し当てる。


「ぁあぁ————っ!?」


 そのは悶え苦しむような呻き声をあげ、しかし、ドリュファストは眉ひとつ動かさない。


「我が君の仰せのままに、はい」


 エンヴィルはその場で膝をつき大仰に頭を下げて見せた。その視線の先に映るのは、乱雑に散らかった女体。

 そして折り重なった身体を固定され、ドリュファストがに座っている少女たちの虚な瞳であった。

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