拾肆

 静寂の横たわる室内、ベッドには未だ寝息を立てる少女達。しかし、そんな少女達を余所に、緊張の糸を張り巡らせながら蒼穹の髪を揺らす少女へと真正面から銃を突きつける獅童の姿がそこにはあった。


「おまえの言うことが事実だったとして、なぜおまえがそれを知っている。俺たちが会ったのは、あの牢屋が初めてなはず、俺の事を知っているとすれば、この世界に俺を巻き込んだあの化け物以外あり得ない」


「————」


 獅童は引き金に指をかけたまま、レヴィアへと問いかけた。だが、少女は静かに獅童の様子を見つめたまま応えない、その様子からは、恐怖などは微塵も感じられず、むしろ瞳に憂いを帯びているようにすら見えた。


「黙秘か? おまえは俺の力にも詳しかった、まるで初めから知っていたかように……それと、おまえは俺が別の世界から来たと言う事をこいつらに知られたくない様子だった、何か都合の悪い事でもあるんだろ? 俺と、こいつらを利用して何か企んでいるのか? 姿も魔法ってやつで変えてんだよな? 何とか言えよ!!」


「————」


 沈黙する少女に声をあらげる獅童、しかし、少女は微動だにする事なく海色の瞳で、ただ静かにその姿を見据えていた。すると、ふいに獅童の背後からため息まじりのような声が投げられる。


「ご主人様は、バカなのかしら? いえ、バカね、それ以外あり得ない」


 突然声をかけられた獅童は、銃口を固定したまま視線だけを一瞬、肩越しに背後へと向ける。


「ロゼか」


「えぇ、ロゼよ。ところで、死ぬほどバカなご主人様は何をバカな事をしているのかしら? どうしようもないほどのバカなのかしら?」


「うるさい、おまえには関係のない事だ」

「哀れでバカなご主人様ね? 何を持っているかは知らないけれど、そんな魔力もこもっていない道具で勝てると思っているのかしら? バカだわ、どうしようもないバカ」


 獅童を侮蔑するような視線で盛大に罵ったロゼ。精神的に余裕のなかった獅童は、その言葉にただ叫ぶことでしか反応できず、更に被せて獅童へと容赦のないロゼに対して抑え込んでいた八つ当たりに近い感情が爆発する。


「————じゃぁどうしろって言うんだ!! こいつは、こいつはもしかしたら俺の仲間を殺したやつかもしれないんだぞ」


 獅童の怒声を真正面から涼しく受け流したロゼは、ため息を漏らすと両腕を組んで肩を竦める。


「それがバカと言っているのよ、ご主人様が思うように彼女が冷酷無比なビッチだとして、バカなご主人様を騙すなんて簡単だもの。ロゼならもっと情報を小出しにしながら、焦らすように信頼させていくわ? いきなり疑われるような真似しない」


「それは、おまえの場合だろ。それに、こいつは俺の正体がおまえらにバレるのを恐れて——」


「バカもいい加減耳障りだわ? まだ心の不安定なあの子達の前で、安易に別の世界から訳もわからず連れてこられました、なんて腑抜けた言葉を発するのにどんな意味があるのかしら?」


「何でそれを」


「別に、ロゼはただ会話を聞いていただけよ。生意気にも、私達の怒りをどうとか言っていたけれど? どれほどの覚悟でそんな言葉を口走ったのかしら? 中途半端な感情と同情で助けられたのだとしたらこれ以上ない拷問だと思うのだけれど」


 ロゼの言葉に獅童は思わず目を開いた。やがて会話の論点はだんだん彼女の思いへと逸れてゆき。


「俺は——」

「この城を、この国を脱出? ふんっ、バカね? この世界にロゼ達が満足に生きていける場所なんて数える程も残っていない、助ける? 幸せに暮らす? とんでもない世迷言ね、この世界でロゼ達が幸せになるってことは、世界の大半を敵にまわすってことなの、そんな覚悟が————」


「その辺にしときよし、今はそないな話しておまへん。これは、うちとしどうはん二人の問題どす」

「——っち」


 普段あまり表情を感じられないロゼだが、この時ばかりは感情をあらわに獅童へと言い寄った。ロゼの言葉に言い淀む獅童であったが、最終的にはロゼを遮る形で海色の瞳を細めたレヴィアが沈黙を破りその口を開く。ロゼはわかりやすく舌打ちすると共に、ベッドの端へと腰掛けそっぽを向いた。


「——」


「しどうはん、かんにんな? うちの事、信用でけへんのはしょうのないことやさかい」


 レヴィアは未だ銃口を向けたままの獅童へ優しげに微笑みかけながら言葉を続ける。


「えぇよ? しどうはんの気が晴れるんなら、うちは喜んでしどうはんの手にかかります」


「な、なにを」


 レヴィアは偽る様子もなく、満面の笑みで応えた。そして、一歩獅童の前へ歩み寄ると自らの額に銃口を当て、そっとその銃へ手を触れる。すると銃の側面に青白く光る不可思議な文様が刻み込まれた。


「水の加護を施したさかい、これならうちも死ねるやろ。うちな? 信じてもらわれへんかもしれへんけど、しどうはんのことほんまに好きやったんどす。せやから、しどうはんの手で死ねるんは本望なんどす」


 レヴィアはただ真っ直ぐに獅童を見つめながら応えた。


「そんな、そんな顔されて」


 獅童の瞳に映る彼女の表情は、まるで嘘を知らない子供のように澄みきっていた。


「撃てる訳ないだろうが————」


 獅童は力なくその場に崩れ落ちた。そんな獅童の頭をレヴィアは優しく抱き抱える。獅童の心は既に限界を超えていた。レヴィアに対して暴論を向けたのも、頭では矛盾を理解しながら、しかし、抑えることが出来なかったのだ。とにかく何かのせいにしたかった、この訳のわからない状況に無理やりでも答えが欲しかった。

 そんな感情を全て包み込むようにレヴィアは獅童を抱き寄せ、その頭を撫でた。


「俺はなんなんだ——いったいなにがどうなってるんだよ」


「かんにんなぁ、しどうはん……うちが色々考えんと、最初から説明して上げとけばよかった——でも、これだけは信じてや? うちにとってしどうはんは、命よりも大切な人、待ち望んだ人なんどす」


 レヴィアに抱かれたまま、静かに頷いた獅童はひっそりと頬を濡らしたのだった。


「————っち」


 二人に向かい、一瞥いちべつを投げた少女は獅童達から視線を逸らすと、どこか物悲しげに目を細めその紫紺の瞳は、何かを思い出すように遠くを見つめていた。

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