拾参
「————姫咲!?」
深い意識の奥から、急速に浮上した獅童は無意識の中で見た光景を思い出し、叫び声と共に目を覚ました。
「ここは」
じっとりと額に滲んだ汗を両手で顔を覆うように拭い、周囲を見渡す。豪華な装飾が壁一面に施された部屋、上品な装飾のなされた窓は暗闇に染まっていた。
天井にはシャンデリアがどっしりと存在を主張し、部屋に明かりを灯している。獅童が住んでいた単身用の部屋が軽く四個は入りそうな間取りにキングサイズを遥かに超えるであろう広々としたベッドの上に獅童は横たわっていた。
「夢……どこまでが」
混乱する頭を整理するように意識をなくす直前の記憶を探る。ふと獅童は腰からしたの自由が効かない事に気がついた。何か暖かい複数の感触が絡み付いている感覚に、シーツをめくると。
「————っぐ、夢ではなかったが、これは……たまらん」
シーツの中では、獅童の腰から下をガッチリとホールドし柔肌と弾力のある膨らみを押し当てた少女達が、左右の足に二人ずつ。獅童は自然と垂れてきた赤い滴を必死で抑える。
少女達の安らかな寝顔と純白のシーツを鮮血で汚すなど狂気の沙汰でしかない、そう言い聞かせ必死に堪える。
「しどうはん、もう起きはったん? 身体どこもきつぅない?」
爆発寸前の感情を必死に押さえ込んでいる獅童へはんなりと声がかけられる。蒼穹の長い髪をなびかせる彼女は、お湯を注いだ深めの器と布を手に獅童の元へと歩よる。
「レヴィア。すまない、俺は意識を失って——」
「あらあら、しどうはん、また興奮したんどすか? ふふふ、元気やなぁ」
レヴィアはどこか妖艶な雰囲気を漂わせながら、水気を絞った布を手に四つん這いで獅童の元へと這い寄り、両手で獅童をベッドへと押しつけた。
「しどうはん、汗かいてはったから身体拭いたろう思うてなぁ?」
「ぁ、ありがとう、気持ちは嬉しんだが——なぜ馬乗り?! そ、その前にここはどこで、一体なにが——」
魅惑的な視線と腰つきで身をくねらせるレヴィアに、今にも溢れ出しそうな感情の放流を両手で必死に抑えながら問い掛ける獅童。
「ここはまだ城の中、あのダロス言う人間が王の命令や言うて、しどうはんを迎えにきはったんよ?」
「あ、あぁっ、なんとなく覚えてっ、はぁあうわ」
レヴィアは獅童の汚れたシャツに手をかけると一気にボタンを弾けさせてその身を剥く。そして手にした布を魅惑的な手つきで滑らせながら獅童の身体をゆっくりと拭いて行き。
「なんでも、うちらをしどうはんが貰う変わりに、忠誠を誓ったふりをなんとか言うてはったけどなぁ? 後で来る言うとったし、今はあないな人間の話どうでもえぇやろぉ?」
レヴィアはとろけたような表情で、獅童が必死に抑えている手の隙間から漏れ出してきたその血を、舌先でちろちろと舐め出した。
「な、なっ!?」
「んん——身体の芯が熱ぅなってくるんよぉ? しどうはんの血がうちの中をじんわりと犯して、んっんんっ」
ボロボロになった衣服の隙間から見え隠れする玉のような肌、そして心もとない生地からは身をよじらせて悶える度に、今にもたゆたう胸がこぼれそうで。
「レヴィアっ!? それ以上は——あかん!!」
「あはぁん!! いっぱいでてはるぅ」
純白のシーツは、吹き出した鮮血により真っ赤に彩られた。
◇◇◇
「夢? 過去のしどうはんをよそから見とった言うことどすか?」
獅童は汚してしまったシーツを手洗いしながらレヴィアへと、意識を無くしていた時に見ていた光景について相談をしていた。他の少女達は、余程疲れていたのか未だにベッドでぐっすりと眠っている。
「そうだな、なんと言うか——自分ではない“何か”の意識を通して映像を見ているような……それが、本当にあったことなのかも実感がもてない」
「ん、しどうはん? ちょっと、おでこコッツンしまひょか」
獅童の様子を唇に指を添えて見つめていたレヴィアは、にこりと可愛らしく微笑み戸惑う獅童を無視して自分の額を獅童の額に重ね合わせた。
「れ、レヴィア? これは、その、なんと言うか——近いな、そして、ヤバイな」
ふんわりと香る女性特有の優しげないい匂い。少し顔を傾ければ届きそうな距離にある小ぶりで柔らかそうな唇、獅童は再びこみ上げてくる熱い感情を必死になって抑え込む。
この子達といたら、そのうち出血多量で死んでしまうのではないだろうかと思うほどに、獅童にとって刺激が強すぎる少女達との触れ合い。実際、獅童が倒れた原因の一つは大量の出血によるショックが大きい。
「……」
「————」
目を閉じて何かに集中する様子のレヴィアを前に、そわそわと落ち着かない獅童はその表情を次第に赤くしていく。
「しどうはん!」
「はいっ!!」
「ちゅーしてもえぇ?」
「な!! おまっ、いや、はぁ?!」
唐突にしおらしく小首をかしげるレヴィア。一気に赤面した獅童はわけのわからない言葉を発しながら思わず飛びのいた。
「しどうはんは、ほんまにかわぇぇなぁ? うちはいつでも襲ってもろてかまへんよ?」
「いやっ、それは本望だが……ダメだ、そう言うことはしかるべき場所と段階を踏んで——まて、そもそも美少女とは俺にとって完璧な存在、心の平安。もし、そんな美少女と一線を超えたら俺の中の美少女へ向ける熱情は一体」
「ん、しどうはん、うちちょっと冷めてもうた。話の続きしまひょか」
妖艶な笑みを浮かべていたレヴィアも、ぶつぶつと独り言をこぼす獅童の姿にだんだんとその表情から熱が引き、最終的にはしらっとした感じで話の方向を元へ戻した。
「それで、何かわかったのか?」
「そおやねぇ、しどうはんはが見たんは夢やおまへん“時の精霊”を通して見た過去の断片どす。しどうはんの中にまだ“時”の魔力が少し残ってはります」
「時の、精霊?」
「そうどす、簡単に言うとしどうはんは無意識に“時の概念”に触れて《時読みの魔法》をつこうたんどす」
「魔法? 俺が魔法?? 時の魔法だと?! それはつまり、自由に時間を止められる夢の——」
「命が惜しないんやったらご自由に。命がけでやったら出来んこともないやろけど、そないなことしたが最後、永遠に静止した世界を孤独に彷徨い続けることになるやろうな」
獅童の思考を先読みしたレヴィアは、先ほどと打って変わり、感情のこもっていない満面の笑みで獅童の、いや、すべての男性が一度は夢見る魔法を、冷え切ったトーンで粉々に打ち砕いた。
「そうか、ダメなのか……」
わかりやすく意気消沈した獅童。ため息まじりに肩を竦めたレヴィアは仕切り直すように言葉を続ける。
「時の概念は人智を超えとるんどす、人の身で扱えるもんやあらしまへん——まぁ、鍛えれば今回みたいに断片的な過去、後は一瞬先のことが見えたり“物”に宿る時間を多少操作したりもできるよって、十分強力な魔法になり得るんどす、ただ、時の精霊は基本的に人間とは結びつかしまへんのや」
「しかし、俺にはその“時の精霊”? と言うやつの適正があるんだろ?」
「それは、しどうはんが世界の境界を二度も行き来した“特殊な人間”やさかい」
「なるほど、俺が別の世界から来た——二度も? ん? 行き来……ぇ?」
ニコニコと笑顔を浮かべるレヴィア。思いも寄らなかった返答に目を丸くする獅童。
「二度とはどう言う……それよりもレヴィア、まさか知っていたのか? 俺がこちらの世界の人間ではないと」
「当然どす、あと、ほんまのことを言うたらしどうはんは、あちらから来たんとちごおて、正しくは出戻りどすな」
ひねっていた頭を更にひねる回答に疑問符を浮かべる獅童。レヴィアはさも当然と言わんばかりに淡々と解説する。
「出戻り? 一体どう言う意味だ——」
「意味も何もあらしまへん、しどうはんは元々こちらの人間どす、そして別の世界に行って戻ってきはったんどす」
「こっちの人間? 向こうから戻ってきた?? 何を馬鹿な」
馬鹿げていると肩を竦め、レヴィアの話を一蹴しようとした獅童へ真剣な表情で向かい合うレヴィアは、獅童の心境を考えるように一旦目を閉じ、一呼吸おいた後、再び口を開く。
「しどうはんが混乱するんも仕方ない話どすな、でも、いつかは向き合わんとあきまへん」
「俺は、確かにあの世界で生きて———」
レヴィアの真剣な表情を見つめ、掻き立てられる焦燥感の中で脳裏によぎるのは、幼い頃から見ていた夢の光景。今とは違う名前で呼ばれる自分、見たこともない景色、そして。
「——ガルム」
無意識に口の端からこぼれたその言葉には、ひどく懐かしい、それでいてどこか心を締め付けるような不思議な感覚があった。
他にも思い返せば、夢で見る光景には記憶にない、しかし、現実感のある風景や景色。元の世界でどのような情報網を持ってしても見つけ出すことが出来なかった両親の存在。
馬鹿げた妄想。だが、この世界を知ってしまえば、合点のいく事があまりにも多く、その事実は獅童から反発する気力を奪うには十分な根拠であった。
「口で言うよりも見た方が早そうどすな。その指輪は本来、しどうはん自身の情報を投影させるもんなんどす。魔力のこめかたはもうわかるやろ?」
獅童は静かに覚悟を決めると、指輪のはめられた右手を眺め、魔力の流れをイメージする。
◇◇◇
レグルス・アストレアル・ヴァン・エルサール《種族:人間》
《クラス:
《アビリティ:
眷属となった者に対する絶対命令権(一人に対し一度のみ使用可能)
眷属への能力付加(全能力倍加)
眷属からの
《スキル:
一定時間『クラス』の転身『クラス』は憧憬に依存する
◇◇◇
「レグルス——」
獅童は目の前に展開された白銀のプレートを眺め、静かに呟いた。レヴィアが話を切り出した時、実際にはそれ以前に、獅童の頭には似たような考えが浮かんでいた。それは、何の確証も根拠もなく、漠然と、この世界は何か自分と関係があるのではないか。そんな思いが頭の隅にはあったのだ。
「ふふ、ははははは」
「しどうはん?」
なぜか突然笑い声をあげた獅童。意表を突かれたレヴィアはキョトンとした表情で不思議そうに獅童を眺める。
「出戻りか、いや、まいったな。まさか連れてこられたんじゃなくて、帰ってきたとは——本当、夢みたいな話だ」
どこか自嘲するような態度で、表情を片手で覆い虚空を仰ぐ獅童。そして乾いた笑いを浮かべ、瞬間、腰にさしていた愛用の銃を素早く抜くと、鋭い眼光で目の前の少女を射抜きながら照準を合わせた。
「おまえは誰だ? いや、おまえがあの悪魔か?」
「……」
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