ー幕間ー
遠い記憶、幼い日に見た景色。自分を呼ぶ幼い声——駆け寄ってくるその姿は
『——ルス、レグルス。またここにいたんだね』
『ガルム————』
物心ついた頃から獅童がよく見る夢だった。その夢の中で獅童は、別の名前で呼ばれていて。顔も見えない少年、わかるのはガルムと言う名前である少年と、見た事もない草原を駆け回ったり、イタズラをしたりして、楽しく遊んでいると言う事。
子供心に描いた妄想だと、いつしか歳を重ねるごとに不明瞭になっていった夢の内容は、遠く意識の彼方へ消えていき。
気が付けば獅童の意識はその世界を離れ、再び別の景色が視界を覆っていく。
『——センパイ、剣崎センパイ』
獅童は漂うような意識の中で、誰かに呼ばれるのを感じる。
『突入前に居眠りなんて、どんな神経しているんですか?』
ぼんやりとした意識の中で浮かび上がる映像、その光景には見覚えがあった。獅童に声をかけているのは、直属の部下である
『全員配置につきました、いつでもオッケイでぇす』
無言の獅童へと軽やかな笑顔で語りかける姫咲。実際に獅童が無言であった訳ではない、無意識の中で見ている断片的な映像。当時の記憶を手繰り寄せ、この時の事を必死に思い出そうとするが意識があやふやではっきりと思い出せない。ただ、わかる事は獅童の思い出せる限り最後の事件であり、ドリュファスト達の前で意識が覚醒する直前の記憶である。
“集団拉致殺害事件”被害者は皆、二十代の若い男性であり、それ以外の共通点はなく、大抵人目のつかない廃虚などに数十人単位で集められ、全員が殺されていた。
特筆すべきは、誰一人として外傷を受ける事なく殺害されていると言う点。直接的な死因は不明、死亡推定時刻は全員がほぼ同じ時刻。それはまるで数十人が同時に“魂”でも抜かれたかのようであった。
『さっさと片付けて、センパイは私とデートですょ?』
『ぇ? 今なんて? 断る?? あはは、センパイ? 流れ弾で負傷しないように気をつけてくださいね?』
緊張感のないやり取りを直前まで繰り返している自分自身と姫咲の様子をどこか客観的に見つめる。場所は廃虚となったビルの一室。その入り口付近で二人は立ち止まり、目で合図を送りながら銃を構え、扉を蹴破って獅童を先頭に室内へと踏み込んだ。
瞬間、硬直する二人。そこには————“悪魔”がいた。
『センパイ、あれ、なんですか……』
数十人の若者は、その顔から完全に生気を失って朽ちた人形のように折り重なり、山なりとなっていた。
そして、人間の尊厳を嘲笑い、踏みにじるように折り重なった人の山の上で優雅に佇む“それ”は背中に大きな揺らめく翼、青白い素肌、頭部には湾曲した角を生やしており。
まさに、その姿は“悪魔”と形容するにふさわしい出立ちをしていた。
『おや、おや、この世界の法執行機関は優秀だと聞いていましたが、はい。さすがですねぇ? はい』
異形の存在を前に、その身を硬直させる二人を真っ黒な瞳で切れ長な双眸の端に捉える。瞬間、その黒瞳は獅童の姿を捉えると、大きく見開かれた。
そして、くつくつと気味の悪い微笑を漏らしながら、二人へと向き直り両手と翼を大きく広げ。
『なんと言う素晴らしい日!! はい。そのうち見つかるだろうと適当に集めてはついでに不味い魂を口にしていましたが——まさか、あなたから出向いてくださるとは恐悦至極。はい』
異形は突然声を張り上げ、獅童に向かい訳のわからない事を語ると恭しく一礼した。
『では、参りましょう。はい。我らが“王”の器となりし“真なる王の血統”よ』
異形の存在は、獅童達に向かい掌をかざすと赤黒く禍々しい“何か”を獅童へと向け放った。それは獅童を絡めとるように渦巻き全身を覆い尽くす。
『センパイ!? なに、なによこれ!! おまえ、センパイになにしてくれてるんですか!? 化物!!』
姫咲は獅童を取り巻く得体の知れない現象に目を白黒させながらも、その形相を般若の如く歪めると声を荒げ異形の存在に向かい銃を連射。乾いた破裂音が部屋中にこだます。
『おや、この“障気”が満ちた部屋でまともに動けるとは、はい。あなたも“普通”ではないのでしょうか? はい。ですが、目障りな虫である事に変わりませんけどね? はい。はい。死にましょうね?』
余裕の表情で薄ら笑いを浮かべた異形の存在は、掌を再びかざすと向かってきた全ての弾丸を直前で静止させた。静止した弾丸は全てその軌道を姫咲へ向けると、その身体を貫いた。
『————な』
どさりと獅童に手を伸ばすように倒れ込んだ姫咲。赤黒い物体に覆われていた獅童はその様子を僅かな隙間から覗き見ていた。
激昂する感情。声にならない雄叫びをあげる獅童の内側から白銀に輝く光が溢れ出し、全身を覆っていた赤黒い物体を四散させる。
『おや、おや——厄介な力ですね? はい。どうしましょうか?』
『少し面倒ですが趣向を凝らしましょう……あなたには、そうですね? 勇者にでもなってもらいましょう。異世界より召喚されし勇者、なかなかにロマンがあるでしょう? はい。時が熟すまでは、我が君の傀儡として遊んでいてください、はい』
怒りに我を忘れ、白銀の光を全身に纏いながら真っ直ぐ突進する獅童へと向かい微笑を浮かべた異形は軽やかに指を弾く。すると獅童の周囲に漆黒の文字で描かれた円形の不可思議な文様が展開され。
『そうですね、私の事は忘れておいてください、はい。色々と面倒なので、はい』
そう言い終えると同時、再び指を弾く。瞬間、不可思議な円形の文様は足元から存在を呑み込むように獅童ごとその場所から消え去った。
『おや、おや——元気のいい虫だ、まぁいいでしょう。余興は多い方が愉快です、はい』
異形の存在は、刹那の間にその場から姿を消す。そこには山なりに積み重ねられた
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