拾弐
剣崎獅童と囚われの少女達。獅童は“王の血”と呼ばれた自身の血を少女達へ与えることで眷属の契約を交わし、少女達を縛っていた“首輪”による支配から全員を解放した。
そんな獅童達の目の前に現れたのは、
「これは一体——首輪の支配が消えているのですか?! まさか、そんなことが」
驚きを顕にするダロス。獅童は少女達の先頭に立ち、表情をしかめながらもダロスへと声をかける。
「あんたは、確か水の」
「はい、私はダロスと申します。失礼ながら剣崎殿、その者達を解放したのは剣崎殿のお力でございますか?」
「だとしたら、なんだ?」
低く応えた獅童の声色には、怒りと緊張がない混ぜになっていた。獅童としてはすぐにでも目の前の人物を強襲し、この場から脱出する足掛かりにしたい、と考えた。しかし、何か行動を起こすには不確定要素が多すぎた。建物の構造、敵の戦力、そもそも獅童にとってはこの世界の全てが謎。
無闇に外へ飛び出した所で、無事に逃げ切れる確率は低く思えた。剣崎獅童は、この世界において、あまりにも無知すぎるのだ。
「なるほど、恐らくは“クラス”の力。かの力を退けるとは、やはり剣崎殿のクラスは
ダロスは眉根を寄せながらぶつぶつと考え込むように呟きをこぼし、獅童はそんな様子を緊張の面持ちで伺う。
その時、獅童の横に立っていたレヴィアがひっそりと耳打ちする。
「しどうはんの好きにしたらえぇ、うちらはしどうはんの牙——恐れることはあらしまへん」
それはつまり、獅童の言葉一つで少女達は戦う。と言う意思を示していた。
レヴィアの使う魔法や、フィナの身体能力。それらを考えれば今の獅童よりも少女達は遥かに強力で、戦う力を持ち合わせている。
だが、だからと言って獅童はそれを簡単に許容できなかった。敵の戦力が未知数、何より、自分の変わりに少女達を戦わせるという事——強さに男女の差などいくらでも覆せる事は、獅童も理解している。現に元の世界でも“銃”と言う武器の前では、性別、下手をすれば年齢さえも意味をなさない。
そして、獅童の部下にも女性はいた。しかし、それは“使役”ではない。危険な戦いを共に乗り越えることが出来たのは信頼によるものだ。
故に剣崎獅童と言う男が、出会ったばかりの少女達に命じて戦いを強要するなど、その
「レヴィア、ありがとう。だが大丈夫だ、俺は君達に戦いを強要したりするつもりは————」
「人間!!」
一瞬。獅童の背後から影が過ぎ去った。
「な、カミラ?!」
背後から飛び出したのは、頭に小さな白い角を生やした少女、カミラであった。カミラは一瞬で、驚愕するダロスへと肉薄し、その手にはフィナが切断した鉄格子が握られ、彼女は鋭利に尖った先端をダロスへと振りかざす。
「ぐっ——」
「死んでくださいませ」
先程までの彼女からは想像もできないほど、低く冷たい声色。その瞳は怒りに震え、覚悟を決めたように萎縮するダロスへと振り下ろされた————刹那。
獅童は反射的に動いた。その動きに呼応するように少女達が行動する。
「獅童様——なぜ、ですの」
獅童はダロスを庇うように手を広げカミラの前へと立ちはだかる。そして振り下ろされた鋭利な先端は、その手首をフィナによって捕まれ、背後からルーシーが笑顔のままその膂力でカミラを抑えていた。そして真横から、その瞳を深い海のように暗くしたレヴィアが青白い魔力の光を纏わせた掌をカミラへと向け。
「あんたぁ、しどうはんに傷一つでも入ってたら死んではったぇ?」
「レヴィア、いいんだ。俺の判断だ——ダロスとか言ったな? 勘違いするなよ、これはあんたの為じゃない。そして命拾いしたと思うなら下手な考えは起こすな」
「はい——」
明らかにカミラの動きに反応できずにいたダロスは、獅童の言葉に静かに頷いた。ダロスから敵意がない事を感じ取った獅童は、たかぶった感情に瞳を揺らしているカミラを見つめ。
「カミラ、君に何があったかはわからない。だが聞いてくれ、こいつは人間だ。だが、俺も人間だ」
「獅童、様——いえ、獅童様と他の人間は違います、特にこいつらは」
「いいや、カミラ。変わらない、俺もこいつも同じ人間だ——カミラ、復讐したいと言う思いは理解できる。もし君を虐げたのが、こいつなら気が済むまで痛めつけるといい。だが、もし“人間”に復讐したいと言うなら、まずは俺を殺せ」
「そんな、わたくしを助け力を与えてくださった獅童様を——でしたら、わたくしはどうしたらっ」
カミラは悔しさに顔をしかめ、唇を噛み締める。そんな様子を見ていたフィナやルーシーも物悲しげに俯き、その背後ではロゼとレティシアが状況を静観していた。
獅童は少女達の反応を見つめ、彼女達の置かれていた状況やドリュファストの言葉を思い返す。
『この国では余が法であり、余の考えこそが大義と知れ』
獅童は内心で舌打ちした。男の言う通りだとして、状況は最悪だった。ここが本当にドリュファストの治める王政国家であるならば、文字通り今の獅童に正義などありはしない。
例え獅童の目にどんな非人道的な行いであったとしても、法がそれを許しているのだ。国家権力、その組織の一員として働いてきた獅童は、その意味が身に染みて理解できた。
「くそったれ、だからなんだっ!! 悪は悪、人の道理に反するものは正義じゃない」
「しどー?」
突然声を荒げた獅童の様子を心配そうな表情で見つめるフィナ。獅童の為に身体をはった彼女もまた、この国の人間の犠牲者なのだ。
獅童は、内側からこみ上げてくる感情に燃え盛るような怒りを覚えた。なぜこんなにも激情に駆られるのか自分でも理解できないほどに。
「君——いや、おまえ達よく聞け」
それは獅童が、少女達を前にして初めて見せる表情であった。研ぎ澄まされた刃の如き双眸、獰猛な獅子のように裂けた口元は、少女達が揃って息を呑む程に凶悪な微笑み。
「おまえ達の怒りも憎しみも、俺が預かる。俺がおまえ達の代わりに怒り、その牙を敵の喉元に突き立てる。だから、カミラ」
「はいっ、獅童さま」
「フィナ、レヴィア、ロゼ、ルーシー、レティシア」
「な、何よしどー」
「はい、しどうはん」
「何かしら、ご主人様」
「なになに、しど君」
「あぁ、獅童殿が私を呼んでくれた」
「おまえ達は、俺のために怒れ!! そして誓え! これから先、なにがあっても、ばあさんになって死ぬ時まで、死ぬような真似はしないと。生きて——この国のどんな人間よりも幸せに笑ってやれ!!」
「獅童、様……」
カミラの目尻から大粒の涙が溢れた。同時にするりと手元から抜け落ちた鋭利な鉄の棒が甲高い音を立て地面に転がり落ちる。
少女達はそれぞれ言葉を胸に刻むよう頷き、表情を火照らせ、獅童へと厚い視線を向けた。だが、一人、握りしめた拳から血を滴らせる少女がいた事を、この時の獅童は知る由もない。
「なんとか、な……る————」
「しどー?!」
「しどうはん!」
カミラの落ち着いた様子を見て安堵した獅童は、急速に意識が遠のいて行くのを感じ、その場に崩れ落ちた。
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