捌
血と火薬の匂いが立ち込める地下の牢獄、拷問部屋から爪牙人の少女達が閉じ込められている場所へと続く薄暗い一本道で、獅童は全身に銃弾を浴び、浅い息を漏らしながら力なく項垂れる
「フィナ、すまない——俺が不甲斐ないばかりに、本当に」
「し、どー? 平気、あたし、しどーに、たすけてもらえて、すごく、うれしかった……」
「わかった、もう喋るな。すぐに手当てしてやるからな」
「——やっと、お母さんとの、やく、そく、守れると、おもった、のに、な……」
「フィナ!? 死ぬな!! くそ、何か処置できそうな——」
獅童は咄嗟に背後を振り返る、そこには無機質な瞳の少女達が獅童とフィナを色が抜け落ちたような表情で静かに見つめていて。
「君達、力を貸してくれ?! 俺には、よくわからないが——ここは魔法とやらが使える世界なのだろう?! 頼む、なんでもいい、なんでもいいから彼女を」
獅童はフィナをその場に横たえると、ただ静かにどこを見ているかわからない表情を向けている少女達に駆け寄り、一人一人に訴えかける。
しかし、獅童の思いに応える者はおらず。最後の一人、蒼穹の美しく長い髪を伸ばした少女へと駆け寄った。
どこか神秘的な雰囲気を感じさせる少女は、腰の下から白と青二対の艶やかな尾を生やしていた。それは蛇の尾にも見えた、しかし尾の先端は鰭のようであった。
「————」
少女は、足元で項垂れるように膝をついた獅童へとゆっくりその手を伸ばした。
「王……の、血————真の王なる血」
透き通るような美しい声をぽつりと溢した少女は、戸惑う獅童の手を優しく持ち上げ、先ほどフィナに噛まれた跡、まだほんのりと血の滲み出ている傷跡を自らの口元へと運び。
「ちうちう」
「————なにを!?」
少女はどことなく可愛らしい感じで噛み跡から滲んでいた獅童の血を吸い始めた。
「い、今はそんな事をしている場合じゃっ」
獅童が少女の口元から腕を振りほどこうとした瞬間——獅童の右手に嵌められた指輪から白銀の光が漏れ出し、少女の全身を包み込むと同時。
「はぁぁん———ぇえわぁっ、はうぅ、こないな“力”は、じ、めてっ!? んぁああぁあ」
艶っぽい声を漏らしながら表情を恍惚に染めて行く少女は、次第にその瞳に美しい海色の輝きを取り戻していき、少女の内側から溢れ出すように重く冷たい圧が獅童の全身を正面から襲い、あまりの衝撃に獅童はフィナの横たわっていた場所まで軽々と吹き飛ばされた。
「なんだ?! 一体なにが起きた——」
「んんっ———はぁぁ、えろう気持ちよかったわぁ。ほんま、おおきにな? しどうはん?」
少女は透明感のある声色を響かせ、まだ薄らと火照っている表情のまま獅童の元へと歩よると、膝をついて三つ指を揃えながら。
「しどうはん——うちの事、お嫁にもろおておくれやす」
「は?!」
上目遣いで小首を傾げる少女の姿に、困惑する獅童。なぜここで出会う美少女達は会った側から求婚を迫るのか、そんなルールでもこの世界とやらには存在するのか。などと考えるも、今はそれどころではないと頭を振る。すると獅童の指に再び白銀の光が灯り、ホログラムのような光のプレートを出現させる。
《眷属契約完了》
◇◇◇
レヴィア・ワダツミ《種族:
《クラス:
《アビリティ:半竜化》全能力超越
《スキル:
◇◇◇
「レヴィア・ワダツミ? なぜ口調が関西風なんだ?! それに俺の名前」
「しどうはん、うちの喋り方わかりはるん? 嬉しいわぁ、大陸の東にある島の言葉でなぁ? なかなか通じる人がおらへんから、えらい嬉しぃ。しどうはんのお名前はさっきのやり取りで聞こえとったんどす」
少女は立ち上がると海色の瞳をキラキラと輝かせ、顔の横で手を叩いて嬉しそうにはしゃぐ。獅童ははんなりとした少女の様子に見惚れそうになるも、指輪の先端に出現している情報に目を向け、もっとも受け入れ難く、しかし、すがるしかない言葉が記されていることに目を留め、少女の両肩を掴みながら迫った。
「君は、魔法という奴が使えるのだろう?! 頼む、あの子を、フィナを助けてやってくれないか?! 俺ではどうにもできなくて」
少女は真剣な表情で訴える獅童の瞳を不思議そうに見つめ、唇を噛み締めながら無力さを悔いる獅童の頬を両手で挟み優しく微笑みかけた。
「人間のしどうはんが、爪牙の子ぉを助ける……優しいお人や、それでこそほんまの王様に相応しい、ちょっと嫉妬してしまいそうやわぁ」
「王様? そんなことより、フィナを、この子を助けられるのか?!」
獅童は、よくわからないことを呟いている少女を見つめながら焦燥をあらわに、血の気が次第に引いて行くフィナの手を握り、蒼穹の髪を揺らす少女を見つめる。
「心配おまへん、しどうはんのおかげでうちの力も回復どころか増しとるよってに———ほいっと」
獅童はゴクリと固唾を呑んで少女が今から行うであろう“魔法”の行使を見守っていたが、想像していたような長い呪文を唱える様子も、仰々しい掛け声をあげることもなく。
ただ少女レヴィアが、どこか抜けたような掛け声と共に指先でくるりと空中に小さな円を描く、すると指先に淡い青の光が宿り、小さな光の輪となった。そしてレヴィアが指をフィナの方へ向けると青く光る小さな輪が横たわるフィナの真上で回転を始めた。
「なんだ、これは……輪が大きく」
青の光はその形を回転と共にフィナの身体を覆うほどに広げると、柔らかな青い光を瞬かせ光の粒子がフィナの全身に注がれて行く。
「傷が一瞬で塞がって行く?! 皮膚が弾を押し出した———」
「あたりまえおす、そんじょそこらの回復魔法と一緒にされたらかなわんわぁ、正確には傷の修復とちごぉて“時間の回帰”傷を負う前の状態に戻っとるんよぉ」
「回復魔法? 時間の回帰? ダメだ、さっぱり理解できない。だが、よかった——」
フィナの顔色に生気が戻って行く、苦しそうな表情も穏やかなものへと変わり、静かな寝息を立てている。
「はい、おしまいどす。すぐ目ぇも覚めはるやろ、なぁ、なぁしどうはん、うち頑張ったぇ?」
レヴィアはその大きな瞳をクリクリと瞬きしながら擦り寄ると、撫でてと言わんばかりに獅童へ頭を向ける。困惑する獅童ではあるが、美少女に擦り寄られて悪い気はしない。しかし、その視線が向かうのは、一見普通の美少女でも、明らかに普通ではない腰から下に生えた美しく滑らかな青と白二対の尾。
「その、なんだ——君も獣人、いや“爪牙人”という者なのか? つまり、人間では——」
「なんやおかしなこと聞きはるなぁ? 人間に尻尾や牙はあらしまへんやろ? 言うても、うちは爪牙の子ぉらとはすこぉし、ちがうけどなぁ」
少女に対して免疫のない獅童は頭をグリグリと押し付けるてくるレヴィアに顔を引きつらせながらも、若干震える手で、二度ほど軽く撫でる。少女は満足そうに笑みを溢し獅童の質問へと応えた。
そして満足したレヴィアは、鬱陶しそうにその細い首に不釣り合いな枷へと手を当てると、一瞬青白い光が発せられ、重々しい首の枷は音を立て真っ二つに割れ、地面へと落ちた。
「今のも、魔法と言うやつなのか————」
「んん? 大したことあらへんよぉ、うちかて、しどうはんが目覚めさせてくれへんかったら、この首輪もとられへんかったんぇ? しどうはんの“力”も魔法と変わりまへん」
「そう、なのか? しかし、力と言ってもな……俺には何がなんだか」
到底理解の及ばない現実を、しかし、信じざるを得ない状況として突きつけられた獅童は困惑しながらも少しずつ受け入れようとしていた。
そんな獅童の様子を、透き通る海色の瞳を細めながら見つめていたレヴィアは、そのたわわな胸を寄せるように獅童の前へと屈み真下から覗き込む。
「そないに怖がらんでもぇえんよ? 力のことも、なんでもうちが教えたげる——しどうはんのことも、うちが守ったるさかい……うちのことだけ考えてくれはったら——」
するりと首元に手を回し、艶かしく身体を絡みつけながらその口元に近づくレヴィアに獅童はたじろぎ、表情を真っ赤に染め。
「んっ————ここは? あたしは何を、しどーは……って、おい」
フィナが意識を取り戻し、霞む視界で周囲を確認した瞬間、飛び込んできたのは見知らぬ美女に絡みつかれ迫られる獅童の姿で。獅童はここに来て人生初の修羅場を経験することになる。
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