薄暗い一本道の通路。背後には、自我を失っている獣の部位を身につけたコスプレ美少女達と、警戒をあらわに身構える虎のような耳と尻尾を身につけている少女、フィナ・ペルシア。

 獅童はその表情を厳しいものへと変え、唯一の通路を塞ぐように立ちはだかる数名の兵士と、自らを国王と名乗る男——ドリュファストへと鋭い視線を向ける。


「っち、間の悪い——完璧に鼻はへし折ったはずだが? 偉く綺麗に治したな、おい」


 獅童はその傷一つない顔を目の当たりにして、驚きに声を失いそうになった。しかし、相手のペースに飲まれてはいけないと動揺を振り払い、平然を装った。


「ふはは、未だ自分の置かれている状況が理解できておらぬようだな“剣崎獅童”よ」


「おかしいな、アンタみたいなイカれた人間に名乗った覚えはないが——」


「ふん、日本の警察だったとは皮肉なことよ。残念だが今の貴様はこの国、世界において“何者でも無い”このバッジも何の意味も持たぬのだ」


 ドリュファストは不適な笑みを浮かべ、袖口から取り出した獅童の顔写真と氏名が記された“警察手帳”をひらひらと見せつけ、目の前に放る。


「そういうヤバイ系の妄想は、取り調べでカツ丼食いながら聞いてやるよ」


 獅童は、放られた手帳をそっと仕舞い込み、相手の隙を伺うように位置と人数を確認する。ドリュファストを先頭に背後には鎧で武装した兵士が二人。相変わらず武器は剣のみだ。

 そして獅童は、一切の不自然さを感じさせない、流れるような動きで、いつものように腰へと手を回し。しかし、本来あるべき物が無いことを思い出し、歯がみすると。


「銃さえあれば、か?」


「……」


 ドリュファストは、おもむろに懐を弄るとそこから、今獅童が欲して止まない慣れ親しんだ武器を取り出す。そして、慣れた手つきで安全装置を外し、引き金へと指をかけた。


「手癖の悪い連中だな? 俺の身体を弄って楽しかったか?」


「これも、魔法のなせる技よ。貴様を召喚した際に魔法で武装を解除させただけのこと」


「まだ訳のわからない事を————俺の銃は返してもらう。テメェみたいなオカルト信者が手にして良い代物じゃねぇ」


「はっ、頭の硬い男だ。よかろう、貴様にこの世界の現実を教えてやる。こんな物では抗うことすら出来ない世界の壁というやつをな」


 言いながらドリュファストは手にしていた銃を獅童へと投げ渡した。


「——なんのつもりだ」


「欲しかったのだろう? その玩具おもちゃが。さあ、貴様の絶対の自信と信頼する玩具おもちゃでこの状況を覆してみせよ」


 余裕の態度で両手を広げて見せるドリュファスト、銃を手にした獅童は細工や異常がない事を慎重に確認するとすかさず両手を添えてドリュファストの額へと照準を合わせる。


「酔狂も大概だな、悪いが遠慮する気はないぞ? おまえが死んでも俺は始末書を書くだけだ」


「よいから撃てと申しておるのだ」


「——っち、付き合いきれん。後悔するなよ」


 言い放つと同時に、獅童は躊躇なく発砲した。頭部に二発、胸に三発。それは確実に相手の命を刈り取る為の発砲。丸腰の人間相手に過剰な反応であるが、現在の状況と想定出来る犯罪規模からして最善と判断した獅童は迷うことなくドリュファストへと引き金を引いた。


 乾いた破裂音が鳴り響く。その銃口からは微かに煙が上がり、確かに五発の弾丸が目の前の男目掛けて発射された。


「————な」


「どうだ、剣崎獅童? 貴様の信じてやまない“力”が無力だと理解できたか?」


 獅童は絶句するしかなかった。確かに弾丸は放たれている、それは間違いない。何故なら今現在も獅童の放った弾丸は“目の前に存在している”からだ。しかし、獅童にとってはそれこそが許容できない異常事態である。


 静止しているのだ。まるでその空間だけ時間を止めたかのように、発射された実弾がドリュファストの眼前でピタリとその動きを止め、空中で静止している。


「エンヴィル!! 貴様もう少し余裕を持って止められぬのか! 此奴が余の顔に攻撃を仕掛けた時といい、寝ておるのか貴様は!?」


「はい。滅相もございません我が君、はい」


 それは何もない空間から獅童とドリュファストの間に忽然と姿を現した。漆黒の燕尾服に身を包みスラリとした細身の人物は白骨となった牛のような仮面で素顔を隠し、その声色も中性的で男女の区別がつかない。


「我が君への不敬はもちろん許しませんとも……はい。しかしながら、あの時は我が君の盾たる兵共があれほどまでに愚鈍で、無能だとは、はい」


「ふん、抜け抜けと。この国の兵に役に立つ人間などおる筈がなかろう?」


 嫌な笑みを浮かべたドリュファストは背後で固まっている兵士へと視線を送り、慌てて目を逸らした兵士はそのまま黙って俯いた。


「さぁ、剣崎獅童よ、これでわかったであろう? ここは日本ではない、それどころか貴様の知る国でもなければ、貴様が生きていた世界ですら————」


「わけ、わかんねぇこと抜かしてんじゃねぇ!!」


 獅童は混乱する頭を強制的にねじ伏せ、再び銃口を目の前に立つ怪しげな仮面の人物越しに、ドリュファストへと向け。


「流石にこれ以上の不敬は見過ごせません、はい」


 獅童は狙いを定め、再び引き金を引いた。一発の炸裂音がこだますると同時。

 仮面の男が軽く掌をかざすと、放たれた銃弾はピタリと掌でとまり。


「少しお仕置きが必要のようですね。はい」


 仮面の人物が呟いた瞬間、空中で静止していた弾丸がくるりと反転しその全てが獅童へと————

「しどー!!」


 獅童は目の前で起きる不可解な事象を否定することでいっぱいになっていた。そして動揺する視界が捉えたのは、小さな身体を目一杯広げて獅童を庇うように立ちはだかる少女の華奢な背中。


「——フィナ」


 刹那、幾つもの閃光が少女の腕、胴体、脚、そして獣の耳を貫き、赤いしぶきが空中に舞い散った。


「はい、はい。動かなければ、ギリギリで完璧な具合に身体をかすめるだけ、だった筈なのですけど。馬鹿、でいらっしゃるのですね? はい」


 どさりと倒れ込んだフィナを獅童は慌てて抱き寄せ、傷口を抑える。


「おい、しっかりしろっ!! フィナ?! なんでこんな——」


「し、どー……ケガなくて、よか、た。こわ、が、らなくても、だいじょう、ぶ、だよ?」


 フィナは虚な視界で、心配そうに表情を歪める獅童へ微笑みかけると、その頬に手を伸ばし、やがてだらりと力なく伸ばした手は崩れ落ちた。

 フィナの身体には、至る所に弾丸が減り込み、辛うじて急所は避けているものの危険なレベルの出血量であった。獅童は自分の上着を脱ぎ、傷口を止血しようとした所で、その目を疑った。


「耳から、血が」


「貴様、知らずにそれと接しておったのか? それは爪牙人そうがびとと言って、この世界の種族の一つ“獣人”というやつだ」


 驚きに目を見張る獅童へと、呆れたように声をかけたドリュファストは興が醒めたとばかりにその場で踵を返し獅童へ背を向ける。


「しばらくそこで頭を冷やすがいい。そして覚えておけ、ここでは貴様の信じる大義など存在しない。この国では余が法であり、余の考えこそが大義と知れ」


「—————」


「ふん、威勢の良さまでなくすとは、つまらぬ。まぁ、無知な貴様が何を足掻いたところでどうにもならぬ事がわかったであろう? 後で使いを送ってやる、その時までに大人しく余に従う決心をしておくのだな? そうすれば褒美に、そこにいる好きな女を貴様にくれてやろう——もっとも、その虎人ティガルは、もう使い物にならぬだろうが」


「苦しいでしょうね? はい。よければ私が楽にして差し上げましょうか? はい」


 仮面の人物はその仮面の奥から怪しげに光る眼光を揺らめかせ、獅童と彼の腕の中でぐったりとしているフィナを見下げる。


「うるせぇ、早く消えろ」


「おや、おや——ではいずれまたどこかで、はい」


 仮面の人物は感情のない声色で応えると獅童達の背後にいる少女達にその視線を一瞬留め、クスリと静かな呟きを漏らした後、獅童達を残し、ドリュファストと共にその場から姿を消したのであった。



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