陸
謎の集団に捕まり、投獄された獅童。そこで同じく囚われの身であった、虎のような耳と尻尾を持つ謎のコスプレ美少女フィナと出会った獅童は彼女を助け、共に脱出する方法を考えていた所、まだ“囚われている少女”が居ると言う情報を聞き、獅童達のいた拷問部屋の奥にある“監禁部屋”へと続く鉄の扉を突破しようとして。
「フィナ、君は一体——」
「ん? どうかした?」
獅童が殴ってもびくともしない鉄の扉を、その華奢な細腕で拳がめり込む程の一撃を放ち、獅童の常識にも強烈な一撃を与えた少女。しかし、振り返った少女の屈託のない笑顔、その可愛さにとりあえず獅童は口をつぐむ。
「その、手——怪我とかしてないか?」
苦し紛れに放った一言であった。本当は突っ込みたい事が山ほどあるのだが、男としての矜恃もある。こんな可愛らしい少女に自分が腕力で負けているなど、夢にも思いたくはなかった獅童は、咄嗟に誤魔化したのだ。
「ぁ、うん。ぜんぜん、平気……ありがと」
だが、今まで異性から優しく気遣われた事などないフィナには効果抜群であった。もじもじと髪を耳にかけながら恥じらう少女は。
「しどーにもらった力だから……と、とりあえず、この扉壊しちゃうね?」
「あ、それなら俺が————」
このままでは、男として、色々と再起不能になりそうだと感じた獅童は、冷や汗混じりに扉を開けようと提案してみるが、獅童に気遣われてテンションの上がった少女の耳に彼の言葉が届く事はなかった。
「いくよ? 少し、離れていてね」
一発、二発、三発。少女は鉄の扉に向けて拳を放ち、ボコボコと空き缶を潰すように変形していく鉄の扉。
興奮気味だった少女の拳は次第にその手数を増し、気が付けば鉄の扉へと凄まじい連打を放っていた。
鉄の扉は、その硬さが意味をなさない程に少女の拳で打ち抜かれ、所々貫通して風通しの良くなった扉はやがて周囲の壁を抉るように吹き飛び、原型をなくした鉄屑となって獅童達の前から消え失せた。
「肘から先が見えなかった——」
唖然と少女のことを眺める獅童は、もう言葉も出ないと言った面持ちで。ただ漠然と何かとんでもない事態に自分は巻き込まれているのではないか? と言う、危機感を今更ながらに感じ始めていた。
「うん、やっぱりすごぃ。これが、しどーのくれた力……この力があれば」
状況についていけていない獅童を余所に、少女はなにやら掌を満足そうに見つめ、拳を握り何かを呟いているようだった。
◇◆◇
フィナの力によって、扉を破壊した二人は監禁室へと続く通路を進んでいた。真っ暗な通路には窓一つなく、今が昼なのか夜なのかも判別できない。そんな暗闇を照らすのは等間隔に吊るされた頼りないランプの明かりだけである。
じっとりと肌が汗ばむ生温い温度に、ジメジメと淀んだ空気、この場所に長くいるだけで気がおかしくなってしまうような劣悪な環境。二人はどこか警戒心を抱きながらゆっくりと通路を進んでいき、特になんの変化もない真っ直ぐな道はすぐに目的の場所へと突き当たる。
「牢屋か」
獅童がこぼした呟き、そのままの光景が目の前にはあった。そこは牢屋。しかし、独房が並んでいる牢ではなく、辿り着いた部屋事態が鉄格子で塞がれた牢屋そのものであり、通路の行き止まりが鉄格子の扉となっている。
「————!?」
そして薄暗い牢屋の中を覗き込んだ獅童は驚愕に目を見開いた。そこには太い首枷をはめられ、しかし、それ以外は特に拘束されている様子も無い少女が
「全員、コスプレ美少女だと————」
そこにいた少女は皆、フィナ同様に身体の一部になにかしらの動物的特徴を感じさせる部位を身につけていた。
艶やかな膜の張った羽を持つ少女。頭に小さな角を生やした少女。白く丸みのある獣の耳を生やした大柄な少女。蜥蜴のような、しかし、青みがかった美しい色合いの尾を持つ少女。そして、大鷲のような二対の翼をその背中に生やした少女。
だが、少女達の纏う雰囲気は明らかにフィナの時とは異質なものであり、少女達はその瞳から完全に色を抜き去ったような、まるで、精巧なフィギュアが並べられているように、誰一人として微動だにしない。
生きているのかすら怪しいほどに少女達は沈黙し、獅童達に視線を向けることもなく。
「これは、普通じゃないぞ……薬物か?」
あまりにも異質な光景に獅童は、今までの経験から少女達の症状に酷似している前例を脳内で洗い出し推論を立てていく。
「あの首輪だよ、あれがこの子達をおかしくしてるんだ。あたしが連れてこられた時は、まだそっちの四人は少し意識があった。そっちの一人は見たことないけど」
フィナは少女達を指しながら獅童へと知っている情報を伝える。獅童はその話を受け、少女達の首に嵌められている怪しげな首枷が何かしらの役割を果たしていると考え。
「あの首輪に何かしらの細工が施されていると考えるべきか? 彼女達全員を連れてこの場から脱出するのは厳しいかもな……一度、フィナとここを出てから応援を呼んで助けに————」
「しどー? 開いたよ? 早く助けよう」
少女達をどうやって助けるか、ただでさえ情報が不足している中で大人数で動く事は流石にできないと判断した獅童は、一先ずフィナだけを連れてこの場からの脱出を優先しようと決断した矢先である。
「おい、マジか。それは開いたとは言わない“切った”と言う——って、何をした?! どうしたら鉄格子がそんな風に切れるんだ?!」
「ぇ? 爪でびゅんっ、てやったら“すぱっ”て」
「……爪でびゅん? すぱ? 何を言っているんだ」
「ぁあ! しどー信じてないでしょ?! もっかいやるからちゃんと見ていてよね」
全く取り合わない獅童へ、フィナは頬を膨らまして講義する。鉄の格子はおそらく劣化していたのだ、そして偶然あたり所がよく“折れた”に違いない。獅童は半ば強引に結論づけ、一応少女の手先に視線を向ける。
その指先からは確かに、普通よりも少し鋭利な爪が伸びていた。だが、それがどうしたと言うのだ。ただ少しだけ尖っている爪があるからなんだと言うのか。爪で鉄を切る? 馬鹿げているにも程がある。獅童は冷静に少女の言葉を頭で打ち消す。だが同時に、それは現実を受け入れられない思いからでもあり、そんな事があるはずないと言い聞かせているようで。
馬鹿馬鹿しいと浮かんだ考えを強引に丸めて、投げ捨てた獅童はどこか胡乱な眼差しで鉄の柵へと向き合う少女の背中を見つめ——ヒュンっと風を裂く鋭利な音が聞こえた。なんのことはない、肉眼で視認できない速度でフィナの腕が振るわれた音である。
そして、カランと何かが地面に転がり落ちる音が通路に響き渡り。
見なければよかった。それが獅童の正直な感想である。少女は確かに、その爪で鉄を切断したのだ。
「君は––––––」
「しどー?」
恐怖、に近い感情が渦巻いていた。理解できない、ただの人間に、ましてや“普通の少女”に鉄の扉を破壊したり、爪で鉄を切断するなど、できるはずがない。
しかし、目の前の少女はそれをやってのけた。明らかに少女の力は獅童の考え得る常識を
ほんの一瞬、無意識だった。獅童は気がつけば、不安げにその姿を見つめるフィナから、一歩後ずさっていた。
「しどー」
獅童の揺れ動いた心境を敏感に感じ取ったフィナは、目尻に涙を溜めて懇願する。
「お願い……怖がらないでっ、しどーが嫌なら、もう“力”使わないから。好きなだけ身体も触っていい!! なんでもする!! だから、あたしを一人ぼっちにしないで」
「——フィナ」
獅童は実際、なぜ目の前の少女は会ったばかりの自分にそこまで固執するのか、わからなかった。ただ、今にも泣き崩れそうなフィナの表情を見ていると胸の中を鋭い針で突き刺されたような痛みが走る。
「––––––」
同じく胸に手を当て、痛みを感じるように下唇を噛むフィナ。うろたえる獅童の姿を正面から見つめ、しかし、その背後に視線が動いた瞬間、フィナは目を見開いた。
「やはり、あの程度の鎖では貴様を捕らえておく事などできぬか、なぁ?
獅童は背後から声をかけられ、弾かれたように振り向くと、そこには獅童が顔面に肘を決めた小太りな男。
国王ドリュファストが兵を数名従え佇んでいた。
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