謎の集団に囚われ、牢獄へと監禁された獅童は、そこで同じく囚われの身であったフィナと出会う。腕に嵌められていた手枷を自力で外した獅童は、少女に拷問を加えようとした兵士を倒して拘束。フィナの拘束を解いた見返りとして、人生で初めて触れた“美少女”のほっぺたに感涙し、現在、悶絶している最中であった。


「あぁ、この手に残る感触、生きていてよかった……」


 頬に触れた時の感触を思い出し、自分の手に頬ずりする獅童の姿を汚物を見るような視線で見つめるフィナは、こんなヤバイ人物に結構大きな借りを作ってしまった事への後悔で胸が一杯になっていた。


「大袈裟だし、気持ち悪いし、すごぃ気持ち悪いし、とにかく気持ち悪い」


「そんなにか!? いくら俺でも、さすがに心がすり減るぞ」


 なぜかげんなりとしている少女の姿に疑問を覚えながらも、獅童の美少女へ対する飢え渇きがこのくらいで収まる筈もなく、むしろ一度解放された欲望は際限無く膨らんでいくものであり。


「フィナ、もう一つ俺の頼みを聞いてくれないか!?」


「な、なによ」


 先ほどとは打って変わり、その表情を真剣なものへと変えた獅童。その容姿は眼光の鋭さもあって冷たい印象を与えがちだが、一般的な基準で見ると整った顔立ちは美丈夫と評しても過言ではないであろう。二十代にしては大人びた空気を纏う彼は、特殊な生き方と歪んだ美少女思想さえなければ、異性から好意を持たれるのに困りはしなかったと断言できる。

 そんな獅童からまっすぐ見つめられたフィナはやはり頬を赤らめて、動揺するように視線を逸らす。


「その、コスプレ部分というか、耳を良く見せて、あわよくば触らせて貰えないだろうか————」

「断る、絶対に断る!! もう二度とあたしに触れるな!!」


 さーっと感情が覚めていくのを自覚しながら、フィナは獅童の申し出を断固として拒否した。しかし、獅童は引き下がるつもりなど毛頭無い。なぜならば、スマートフォンを所持していない今、二度と訪れないかもしれない千載一遇のチャンス。初めて触れることを許された“生の美少女”を写真として記録出来ない以上、その手触りと光景を脳内にインプットしておきたいと考えていた。


 故に、今の彼は手段など選ばない。とても必死なのだ。


「勿論、ただでとは言わない。ここを脱出するのに君一人じゃ心細いだろ? 俺も出来るならそんな事はさせたくないのだが」


「本当最低……人間のクズよ、クズ」


「ふふふ、なんとでも言うがいい!! 俺は君に触れる為ならば、命すら掛ける覚悟だ!!」


「格好良さげに変態発言しないでくれる?! どんだけ触りたいのよ……みみ、だけなんだからね」


 獅童のわかり易く最低な言動に、肩を落とすフィナだが、彼女自身、この場所から一人で逃げ出せるとも感じていなかった。普段の彼女であれば、そのくらいの片意地は張るのだが、そんな余裕を奪われる程度には彼女も憔悴していたのだ。

 観念したように、赤面しながら獅童へ頭を差し出すフィナの仕草に、獅童は歓喜の鮮血を垂らしながら美少女の頭へそっと手を乗せ————


「がぶ」


「ってぇええ?!」


 フィナは噛み付いた。耳と言いながら勢いで頭を撫でようとした獅童の手に思い切り噛み付いたのだ。


「なんで噛みつくんだ?!」


「みみだけって言ったぁ!! 頭を撫でるのは聞いてない!!」


「そ、そんなに変わらないだろう?! いてぇ、出てるよ」


「全然違うもん!! 血なんかさっきから、馬鹿みたいに出してるでしょ?! うわっ口の中に血の味が……オェ、ちょっと呑んじゃった」


「オェ、とは失礼だな?!」


 獅童の手にくっきりとついた歯形は、とても少女が噛んだ可愛らしい歯形とは思えない、まるで先端の尖った鋭い何かで軽く突き刺したような跡が残っており、じんわりと赤い血が滲んでいた。

 この偶然生まれたやり取りが、男と少女の間に“運命”と言う奇跡を起こす。

 

 指先から流れた獅童の血は、少女の口の中へと流れ、彼女の奥深く——魂へと干渉する。


 獅童の血を呑んでしまい、むせ込んでいた少女は。突如身体の中から溢れてくる、まるで内側から炎が燃え盛るような、痛みとも苦痛とも違う、不可解な感覚に襲われ。

  


「なにこれ——あたし、身体が」

「!?」


 同時に、目を覆いたくなるような光が、いつの間にか右手の人差し指にはめられていた指輪から少女に反応するように発せられた。

 指輪から放たれた白銀の光は目の前の少女、その足元から全身を覆うように広がり少女の身体を優しく包み込むと、やがて少女の身体に宿るかのように、その内側へと溶けていく。


「この指輪は一体? なんだよこの現象?!」


 目の前で起きた神秘的で不可思議な現象に、思わず数歩後ずさる。全く理解が追い付かないと、獅童は頭を抱え、謎の光に包まれたフィナへと様子を伺うように視線を向けた。


「なんか、気持ちいい——身体の奥の方から、じわじわ……熱い、んんっ」


「お、おい? 大丈夫か? なんかヤバいんじゃ」


 その表情を火照らせ、艶っぽい吐息を漏らしながら肩で息をするフィナ。その状態に刮目する獅童であったが、やはり様子がおかしいことに焦り、少女に手を伸ばした時。


「んぁ!! くる、なんかくるっ!? んんんっ……はぁはぁんっ!!」


「フィナ?」


「ん、んぁあああああああああああああ!?」

「————!?」


 色めく絶叫を発したフィナ。瞬間、少女の内側から溢れ出る力の放流は熱波となって周囲へと広がり、獅童は肌を焼かれるような圧に、思わず体勢を崩して片膝をつく。


「羽が生えたみたい、身体がすごぃ軽い」


「平気なのか? 一体何が起きたんだ」


 落ち着きを取り戻したように穏やかな表情へと変わったフィナ。彼女の心に呼応するように圧力の渦は収まり、じめついた牢獄に再び静けさが訪れる。

 自分の気持ちと対話でもするかのように目を閉じて何かを黙想する少女はゆっくりとその瞼を開き獅童の姿を視界に納めると。


「あんたの力が、あたしの中に流れ込んできた。すごぃ暖かくて、気持ちいい」


「俺の力? 流れる?? “気”的な事か? 漫画やアニメじゃないんだぞ、そんな訳のわからないこと」


 理解できない現象が立て続きに起こり、表情を険しくしながら困惑する。そんな獅童を更に混乱させるように右手の指輪から白銀の光が溢れ、獅童の知る所のホログラムで作り出したような光のプレートが指輪の先端から出現する。


「なんだ、これは——どこかで」


 なぜか既視感のあるその光景に、獅童は眉根を寄せる。恐る恐るプレートに視線を向けると何やら文字が記されていた。






《眷属契約完了》

 ◇◇◇


 フィナ・ペルシア《種族:虎人ティガル


 《クラス:獣拳闘士ビーストモンク》クラスレベル15 眷属補正


 《アビリティ:獣化》獣に近い姿への体質変換、全能力上昇。


 《スキル:超加速》一定時間毎、加速付加(物理限界突破)


 ◇◇◇






「眷属——?! フィナ・ペルシア……」


「あたしの名前、これがあんたの“力”なの?」


 状況についていけていない獅童を余所に、フィナは胸に手を置いて瞼を閉じ。何かを決心したように、真紅の瞳を開くと獅童の顔を見つめ。


「名前……教えて?」


「ん? あぁ、そうだなまだ名乗っていなかった、俺は獅童、剣崎獅童」


 その名前を刻み込むように何度か口ずさむ少女は、親愛に満ちたような瞳で、顎に手を置き頭をひねる獅童を見据え。


「しどー、うん、しどーね。わかった、しどー、あたし決めた。あたしはしどーについて行く」


 先ほどまでとは別人のように、その表情を煌めかせ快活な印象から、どこか可憐な少女の雰囲気をまとったフィナの姿に、その言葉よりも、一瞬見惚れてしまった獅童は、頭を降って我にかえると少女の質問に応えようとして。


「——? あぁ、勿論このまま見捨てたりするつもりは最初から」


「しどー、あたしを————」


 獅童の言葉を遮って語られたフィナの言葉に、二人の間に流れる時間は一瞬、その時を止めるのだった。



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