壱
緊迫に張り詰めた空気。その場にいた兵士達は息を呑む。
異なる世界に干渉しこの世界には存在し得ない力、優れた知識を有した人間を呼び寄せる召喚の儀。古来よりこの召喚によって現れた人間は世界に変革をもたらすと信じられており、様々な国がその力を欲して儀式を執り行っていた。
しかし、それらが成功した実例は人間の歴史において数百年、確認されていない。
この瞬間までは。
「こ、国王陛下を離せ」
国王と呼ばれる男を盾に、この場からの解放を主張する獅童に対し兵士達は腰に携えた剣を抜き、ローブに身を包んだ者達は何やら掌をこちらへと向け、怪しげな言葉を紡いでいる。
その中でも、特異な空気を放っているのは獅童の刺突を受け止めた騎士の男と、周囲よりも派手なローブを羽織り、わかりやすく怪しげな杖を手にした中年の男。
「貴様、何を考えている。目的はなんだ?」
騎士の男は、ゆるりと剣を構えると獅童へ問いかけ。
「あ? そりゃこっちの台詞だろう。オカルト教団に恨みを買う覚えはないんだがな? どうやったのか、いきなり意識が飛んだと思えばこれだ。常識的な行動だろうが」
獅童の住む世界においても大凡常識を逸脱するその行動は、特殊な環境に置かれていた彼だからこそ出来た芸当であり、決して常人の為せる技ではない。
騎士の男は訝しむように獅童を睨めつけながら、剣の柄を強く握りしめ、じりじりと歩み寄る。
「止まれ、後一歩踏み込めばこいつの首を跳ねる」
「————っ」
逡巡する騎士は、見慣れない青みがかった髪色の無骨な男で、ふざけた格好ではあるが、獅童はその技量を同じく戦いという日常に身を置く者として、肌で感じ取っていた。
しかし、騎士の男は獅童の警告に立ち向かうかのように一歩踏み込もうと————
「ふん、そこで止まれアルバルド」
「陛下……」
「なんだ? もう起きたのか? 存外タフな奴だ」
近付こうとする騎士——アルバルドを制したのは、獅童に刃をかざされた国王を名乗る男で。
「貴様、無礼にも程があるぞ? 余はドリュファスト、紛れもなくこの国の王」
「それ、言っていて寒くないか? 俺の意識を一瞬で奪い、連れ去った事は褒めてやるが————」
「未だ状況が呑みこめていないか、ここは貴様の居た世界ではない。貴様は召喚されっ」
「これ以上戯事を聞く気はないんだ、悪いな」
獅童は、鋭い目つきで柄に力を込める。喉元に当てられた刃は僅かに皮膚を裂き、薄らと赤い滴を滴らせ。
「……まぁ、良い、直にわかることよ。ダロス! この男に“魔法”を見せてやれ」
「はい、畏まりました」
国王はダロスと言う名と共に一人の男を顎で指す。同時に一歩前へ踏み出したのは、怪しげな杖の男。
ダロスと呼ばれたのは、白髪混じりの中年で静かに獅童を見据えながら杖を手にゆっくりと獅童の近くまで歩を進める。
「魔法? いい大人が揃って勘弁してくれ、そんな風だから日本が平和ぼけしてるとか言われるんだぞ? こんな危ねぇ事やってる暇があったら働けよ」
あまりにも拍子抜けな発言に項垂れ、げんなりと肩を落とす獅童は杖をかざすダロスなど特に警戒する事もなく、さめざめとした視線を向け。
そしてその杖をダロスは目の前で大袈裟に掲げると、何やら不可解な言葉を紡ぎそれが終えると同時、杖の先端が僅かに光った。
「水、だと?」
凄まじい勢いの水が杖の先端、虚空から吹き出し続け、驚きに目を見張る獅童の頭上を越えていき、更にそれは獅童が想像し得る領域を遥かに越えた現象を引き起こした。
「な、な————」
虚空から突如噴射された水はその滴一つ落とす事なく宙に浮いていた、そして意思があるかの様に一箇所へと集まり、それは人の姿を形作りながら眼前に降り立った。
「これは、おれか?」
「左様でございます。これは水の魔法を応用した造形魔法、なかなかに良い出来でしょう?」
目の前に水で造形された自分自身が立っていた、それは自分の姿から色だけを抜き取り半透明にしたような形容するならば水のシルエット。そして、想像の埒外である現象に、獅童の思考は停止、様々な憶測が脳内で飛び交い、目の前の事象を理論づけようと回転する。だが、あの質量を隠しておく場所なんて無い。明らかに水は何も無い場所から出現したのだ。もしその現象を科学的に定義づけられたとしても、獅童の見識では到底及ばない。
「少しは信じて頂けたようで何よりです。ここはあなた様のいらした世界とは異なる世界……あなた様はある使命の為、我々によって異世界より召喚されたので御座います」
「————っ」
驚きに言葉を無くす獅童、そしてその一瞬の間に刺すような痛みが首筋へと走り、獅童の意識は暗転する。
その場に崩れ落ちた獅童を囲むように、兵士が集まり、剣先を獅童へと向け。
「遅いわ、役立たずどもが——早く其奴を拘束して、“精霊石の指輪”を嵌めよ」
「直ちに、それよりも、国王様……お怪我の手当てを」
ダロスは部下に命じ、獅童を拘束させ“選定”の準備をとり行わせる。そして、獅童の肘打ちを顔面で受けた国王の身を案じ、手当てをしようと近寄る。
「心にもない事を申すな、ダロス。この場に余の身を案じる者など一人としておるまい?」
「……滅相もございません、国王陛下」
国王は、双眸を歪め周囲を見渡す。その場にいた全員が視線を泳がせるようにその顔を俯かせ。
「貴様らの忠誠など、どうでも良い。その男に早く選定を試さぬか」
「はっ!!」
拘束され、ぐったりと項垂れる獅童はその意識が遠く薄れていくのを感じ。誰かが右手の人差し指に何かを嵌め込んだ。そして針で刺すような痛みが走り、一瞬その意識が浮上する。
獅童の指に嵌められた“精霊石の指輪”から白銀の光が舞い獅童の全身を包み込むように覆った後、その光は獅童の中へと溶け込むように消えていく。
「なんと、このような光は見たことがありません——これはまさか」
ダロスは興奮気味に、目の前で起こる事象に目を見開く。
「早く確認せぬか!! クラスは?! 其奴のクラスは何だ」
獅童の元へと駆け寄ったダロスは、指輪に杖をかざし魔法を発動する。小さな輪っかに不可思議な文様が浮かび指輪を取り囲むと、指輪から白銀の光が発せられ薄いプレートのような形状を形作った。
ダロスは、その白銀に光るプレートを覗き込み、一瞬驚愕に目を見開くがゆっくりと立ち上がり王の前に膝をついて首を左右に振った。
「ダメです——名前以外の情報は読み取ることが出来ません。このような事態は私も初めてでございます」
「ふふ、ふはははは!! 良い! それこそが、其奴が“
「はい、私もそのように愚考致します」
「其奴を地下牢に繋いでおけ、少しは頭を冷やすといい」
「はっ!!」
ダロスは僅かに、視線を獅童へと向けその場を後にする。そして、意識を完全に手放す直前、獅童は指先で光る白銀のプレートを霞む視界で見つめていた。
◇◇◇
レグルス・アストレアル・ヴァン・エルサール《種族:人間》
《クラス:
《アビリティ:
眷属となった者に対する絶対命令権。(一人に対し一度のみ使用可能)
眷属への能力付加。(全能力倍加)
眷属からの
《スキル:
一定時間『クラス』の転身『クラス』は憧憬に依存する。
◇◇◇
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