Ed

 日が傾きかけた頃、リアンは前方にぽつんと立つ石板を見つけた。

「どしたの、リアン」

「……パルトール、あれ」

 リアンの視線を辿り、パルトールも石板を見つめ、呆然と立ち尽くした。

「なあに、今度は」

 女性は、立ち止まる二人を交互に見やる。

「ねえ、どうしたの?」

「……おねーさん。ほんっとーに、手紙の人に会いたい?」

 パルトールは、珍しく声を潜めて問いかけた。

「会いたいけど……えっ、何。どうしたの」

 それまでの調子と違う獣に、女性の顔に気がかりの色が混じる。

 案内人たちを交互に見ては、桃色の毛先が不安そうに揺れる。

「あれを、ご自身の目でご覧になってください」

 リアンはそう言い、石板を掌で指し示した。

 白い手袋に包まれた指先はぴんと伸び、微動だにしない。

 女性がパルトールから降り、石板に近づいたのを見届けたリアンは、静かに唇を噛んだ。

「これ、って」

 女性は石板を見つめ、やがてその場に崩れ落ちた。

 むき出しの薄い肩が揺れ、草むらには朝露とは異なる雫が降り注ぐ。

 黒かった雫は、次第に透明になり、真下の勿忘草を潤していった。


「ステラさん。こちら、預かってきた《想い》です」

 リアンは掌に収まる二つ折りの電子端末を、同僚に手渡した。

 ステラと呼ばれた彼は、肩に届かない位置で真っ直ぐに切りそろえた青い髪を揺らし、「ふむ」と端末を受け取った。

「確かに私の領分ですね」

「だって死んじゃったんだもん、この間の人。なんだっけ、えーっと」

 パルトールはそこまで言うと、リアンをじっと見上げた。

 思い出せない、何だったっけ、と言いたげな、いっそ清々しいほどに素直な瞳をしている。

「技術発展に伴い、街全員が引きこもりになった街。各々の発信への評価が人のステータスへ直結する風潮がありました」

「ほう」

 ステラは顎に手を当てると、しばらく考え込んだ。

「そうなると、この方は、恐らく免疫機能が低下していたと見えますね」

「俺もそう思います。街に嫌気が差して飛び出しても、柔な体ではそう持ちません」

「そうですか。……それは、ご愁傷さまでした」

 彼の顔には目がないが、声色と眉の動きで悲しげな表情をしているのは見てとれた。

 ステラはリアンの先輩にして、宇宙とあの世へ届ける《想い》を担当する配達員だ。やや不思議な風貌をしているが、物腰の柔らかい紳士だ。

 ステラの顔は、顔そのものが一つの惑星であるように薄茶で平べったい輪に囲まれ、その輪が目の代役を果たしている。

 仕事仲間の間では、配達人の契約時に目そのものを失ったか、あるいは元から目が無かったなどと噂されるが、真意は定かではない。

「確かにお預かりしましたよ、リアン君」

「お願いいたします」

 ステラは配達鞄に電子端末を忍ばせ、出発のためフロントへ向かう。

「ところでリアン君、この《想い》の差出人ですが」

 歩きかけたところで、惑星頭の彼が振り返る。

「何でしょうか」

「彼女、動き始めているようですよ」

 そう言い残し、今度こそ彼は去っていった。

「動き始める……」

「リアン、ボク気になるなぁ。あのステラ先生の言う事だよ? 絶対何かあると思うんだけど!」

「だろうね。行くから、尻尾静かに」

 パルトールの宝石が勢いよくぶつかり、早くとせがむようにけたたましく鳴る。

 リアンはフロントの掲示板へ急ぐことにした。

 ステラは配達人になる以前は、天文学と占星術を生業としていたらしく、博識かつ先を見通せる彼は仕事仲間からの信頼が厚い。

 無論リアンも例外ではない。

 派手な装いに身を包む元看護士、一年に一ヶ月しか仕事をしないサーファーなど、自由な同僚を持つ彼にとっては、信用できる数少ない仲間がステラだった。

 フロントには、配達人達が異世界を渡り歩く際に知っておくべき世界事情が掲示板にまとめられ、無数に右から左へ流れていく。

 配達人は全員これらを見て自分の行く世界の天候、環境事情、物理法則、技術情報を把握し、場合によっては戦闘行為の苛烈さも業務の考慮に加える。

 異世界を渡り歩く上での必需品であり、世界の数だけある分煩雑な回覧板とも言えよう。

「リアン、あれ!」

 パルトールが見つけた一文は、確かにリアンにも心当たりがあるものだった。

 ――「女王」の反乱。誰もが人と会い、ぶつかり合い、時に認め合える社会へ。

「おねーさん、変わったね」

 パルトールの宝石が、かちっと軽やかな音を奏でた。

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リアンの手紙と「女王」の反乱 字書きHEAVEN @tyrkgkbb

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