21−2−2 楓

 ドアを開けると、涼しい風が流れ込んできた。二人席に上川さんらしき人が座っていた。私が近づいて

「あの、上川様でしょうか。」

と声をかけると、彼女は

「はい。上川です。」

と元気よく立ち上がった。彼女は、空いている席を示し

「どうぞおかけください。」

と席をすすめた。私は、

「ありがとうございます。」

と言って座った。それを確認してから、上川さんは

「あのですね、私が今からお伝えすることを信じていただけますか?」

と改まった口調で言った。私は、ただ事ではないことを悟り、座り直した。そして、

「はい。」

と彼女の真っ直ぐな目を見て言った。

「非常に申し上げにくいのですが、蔦莉さんは・・・パーキンソン病という病気と診断されました。そして、長くて16年だと言われました。」

16年?・・・余命が、16年ってことなのか。いや、そんな馬鹿な。蔦莉がそんな早く死ぬはずなんてないじゃないか。第一まだ15歳じゃないか。私老化で耳が悪くなったんだ。そう、きっと聞き間違いに違いない。

 私は唖然としながらも、念のため

「長くて16年・・・?」

と言った。

「はい。」

彼女は表情を変えずにそう言った。その目が、私に現実を見ろと訴えかけていた。

「本当?」

それでもまだ信じたくない私は、そう言った。

「本当です。」

彼女は表情を変えずに、またそう答えた。私は、彼女の真剣な顔と目を見て、その情報が偽りでないことを悟った。

「・・・そう、ですか・・・。」

私は混乱する中、

「馬鹿な親ですね、子供の変化に気づいてあげられないなんて。」

と呟いた。すると、上川さんは、半ば説教をするように必死に訴えかけた。

「お母さまがめげてどうするのですか。今一番混乱しているのは蔦莉ちゃんでしょ。あの子は、メンタルが弱いんです・・・。だから、お母さんが横にいてくれないと、いくら相方の蔦くんが頑張っても庇いきれなくなっちゃうんです。」

その必死さに私は、蔦莉は愛されているのだな、と思った。私が愛情を注いで来なかった分の愛を、上川さんや相方さんが注いでくれたのだ。

「上川さん。」

私はかすれる声でそう言った。

「はい。」

そう言って上川さんは勢いよく顔をあげた。

「ごめんなさい。ありがとうございます。勇気が出ました。」

私は、彼女の綺麗な目を見た。すると、彼女は優しく微笑んで、

「よかったです。蔦莉ちゃんは今検査入院していますよ。いってらっしゃい。」

と言った。

「いってきます!」

私は背中を押してもらったように感じられて、嬉しくなった。そして、私は立ち上がった。


 私は、花屋さんでドライフラワーを買うことにした。病室に生物を持って入るのはタブーだそうだ。

「ドライフラワーの花束ってありますか?」

店員さんに聞くと

「こちらになります。」

と数種類並べてくれた。青色系、紫色系、ピンク系、オレンジ色系がそれぞれ3・4個ずつあった。私は、パッと見て一番蔦莉に似合いそうな、元気がでるオレンジ色系の花束を選んだ。

「これをおねがいします。」

私は、そう言って指差した。

「お買い上げありがとうございます。」

店員さんは丁寧にお辞儀をした。袋に入れてお会計をしている間、店員さんは、花束の説明をしてくれた。

「この花束に使われている花はですね、カリフォルニアポピーとハシバミとアジュガという3種類のお花が使われているんです。三つとも良い花言葉を持っているので、また調べてください。」

「ありがとうございます。」

私はそう言って、花束を受け取り、お店を出た。


 病院の受付で、蔦莉が入院している病室を聞いた。エレベーターでその階まで上り、廊下を歩く。病室に近く度に心臓の音がどんどん大きくなっていく。その音に耳を済ませながら、病室の前で足を止める。深く深く息をはき、思い切り息を吸った。すると、少しだけ緊張が解けた気がした。

 ノックをして、扉をスライドさせた。

「蔦莉、久しぶり。」

私は窓の方を見ている蔦莉に向かってそう声をかけた。

「お母さん・・・。」

驚いた顔をして振り向いた彼女に私は

「大丈夫?」

と声をかけた。体が熱い。心臓がドクドク言っているのが分かる。私は、花束をテーブルに置き、ベッドの横にある椅子に座った。

「うん。まだ、検査入院だからね。なんでここにいるって分かったの?」

明らかに不審そうに聞く蔦莉の顔を見ながら、

「上川さん・・・奈々さんに聞いたの。」

と言った。速まる心臓の音に耳を済ませ、

「・・・・今更だけど、蔦莉、今まで、本当にごめんね。」

と、彼女の綺麗な目を見て言った。

「えっ。」

その瞬間、蔦莉の顔は驚きから戸惑いの表情に変わった。私は、素直に思っていたことを伝えた。

「バカな親だった。素直になれなかった。・・・ごめんね。本当は蔦莉のことが・・・大好きだったのに。」

すると、自然に目から熱い熱い液体が流れてきた。私の悪い部分がそれに乗って出ていくようだった。私の涙を見た蔦莉は、つられたのか涙目になった。

「・・・・なんで・・・なんでさ、もう少し前に・・・・言ってくれなかったの?」

必死にそう言う彼女が愛おしくて仕方なかった。すると、

「ごめんね。」

と自然にに表せた。

「・・・ぐすん。もうちょっと、前に言ってくれたら・・・そしたら・・・お母さんと・・・もっと・・・はぁ、一緒にいられたかもしれないのに・・・。」

蔦莉が泣いている。その姿を見るのは何年ぶりだろう。私に心を開いてくれたのかな、と思うとまた何かがこみ上げてきて、

「うぅぅ。ごめんね。ごめんね・・・蔦莉。」

と私は泣きじゃくる彼女を優しく撫でた。久しぶりの娘の体温に私は、もう二度とこの子に辛い思いをさせるまい、と決心した。

 しばらく経って、落ち着いた蔦莉が

「・・・私、16年くらいしか、生きられないんだって。」

と、小さく言った。

「うん。」

私は相槌を打った。

「その間、何しようかな・・・。でも、歌だけは歌い続けたいな。」

喋るごとに上がったり下がったりする肩を見ながら、大きくなったなと思った。私が知っている肩幅より、ずっと頑丈で大きかった。

「うん。」

「お母さん。」

蔦莉が私を読んだ。

「うん?」

「私を産んでくれて、ありがとう。親孝行できなくて、ごめんね。」

その言葉に私は感動した。酷いことをした私に、感謝を述べられる権利などないのに––––。

「ううん。生まれてきてくれて、ありがとうね。生まれてきてくれただけで、お母さんは幸せだよ。」

私は蔦莉の背中を撫でながらそう言った。ほっとすると、相方さんにはいったのかなと言う疑問が浮かび、

「・・・彼には言った?」

と問いかけた。蔦莉は

「うんん。」

と首を降った。私は、

「じゃあ、自分の口でいいな。目を見て。その方がスッキリするよ。後悔もしないし、相手が誤解してたとしても、すぐ解けるから。」

とついさっき分かったことを、あたかも元々分かっていたかのように言った。

「うん。・・・ありがとう、お母さん。」

蔦莉は小さく微笑んでそう言った。私は

「いつ退院?」

と聞いた。

「明日。」

「じゃあ、また迎えにくるね。」

私の言葉に驚いたような顔をした彼女は

「仕事は?」

と言った。

「休むに来まてるじゃない。」

私が当たり前のように言うと蔦莉は

「ふふふ。ありがとう。」

と、可愛く微笑んだ。


 6年越しの親子の愛を、これから育んでいこうと思う。こんな未熟な私だけど、神様は笑って見守ってくれるかな。蔦莉と別れる時、彼女が生きていて良かった、って笑えるように側で応援し続けよう。私はそう思った。病院の窓から見える青空は、とても綺麗だった。

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