18 蔦莉
あれは、初投稿から3年くらい経った日だろか。
私たちは、1ヶ月に二本のペースで、動画を上げていた。
いつも通りYouTubeのチャンネルを開くと、チャンネル登録者数が20万人に増えていた。見間違えたのかと思い、何度も何度も目を擦って確認した。しかし、何度見てもその値から、減ることはなかったのである。
私は嬉しくなって、蔦くんに電話した。プルルルプルルルと着信音が鳴って蔦くんが出た。
[もしも––––]
私はそれも聞かずに、
「蔦くん!!!チャンネル登録者数、増えてんだけど!!!」
と大声で話した。彼は、余程うるさく思ったのか、
[ふふ・・・うるさいんだけど。]
と、笑いながらも静かに言った。その声が、耳元で囁かれているように聞こえて、恥ずかしくなった。その恥じらいをかき消すように私は、
「でもさ、やばくない!?20万人だよ!」
と叫んだ。すると、蔦くんは
[ふふふ。分かったから、静かにして。]
と、また笑いながら言った。蔦くんの笑い方は、聞いていてほっとする。
「20万って、すごくない?」
私がまたそう言うと、私の声のトーンが変わらないことに諦めたのか、
[そうだね。]
と彼は言った。私は、何かしたい、と言う意欲に襲われ、
「なんか、記念動画みたいなん出さない?」
と言った。蔦くんは、少し考えてから
[うん、そうだね。出したいね。]
と、さっきより明るい声で言った。記念動画か・・・。この前、ふじさんは質問コーナーやってたな。私も、やってみたい!あっ。記念曲も作ってみたいな!
私がそう考えている時に、蔦くんは
[またオリジナル曲作る?それとも、質問コーナー的なやつする?]
と言った。私は、私が考えていたことを、彼がそっくりそのまま言ったことにびっくりした。私はテンションが上がり、
「私も今同じこと考えてた!」
と言った。私のその声に彼は、
[どっちもするか。]
と優しく言った。
[そういえばさ、僕さ、ちゃんとした機材が欲しいんだ。]
彼は、改まってそう言った。
「機材・・・か!」
私は、プロみたいだなと思い、血が騒いだ。
[それでね、僕、バイトしようと思うんだ。]
彼の口から出てきた言葉に私は驚いた。
「バイト!?」
私たちの学校は、親と学校の了承があれば、バイトができる。しかし、ほとんどバイトをしている人などいない。
「なんのバイトするの?」
私は、楽しくなってそう言った。
[えっとね、塾の非常勤の講師。]
蔦くんは、恥ずかしそうにそう言った。
「おぉ!蔦くん、賢いもんね!似合ってる!」
私は、心の底からそう思った。蔦くんは、照れたように続けた。
[でね!・・・蔦莉も、一緒にどうかなって思うんだ。]
『一緒に』という言葉に心臓が高なった。バイトか・・・母はどう言うだろう。また、この前みたいに私を否定するんだろうな。そう思ったが、蔦くんを心配させてはならない、と思い、
「うん・・・また聞いとくね。許可取れたら、また連絡する。」
と言った。彼は、その言葉を聞き
[うん。また言ってね。じゃ、おやすみ。]
と言った。私は「おやすみ。また明日」と呟いて電話を切った。
プップープーと虚しく電子音が鳴り響いた。
手に変な感覚を覚え、携帯を置く手を見ると震えていた。私は、また震えてるなと思った。この頃、震えたり動かなくなったりすることが多くなった。『何でこうなるんだろう』とは思ったが、疲れているからだろう、と自己完結した。
気分が悪くなり、私は何となくベッドに顔からダイブした。『ぼふ』と音が鳴り、ホコリが舞い上がった。いつかのテレビ番組で、布団や壁・カーペットにはハウスダストがたくさん潜んでいる、と特集をやってたなと思い、仰向けになった。まだドキドキ鳴っている心臓の音に耳を済ませながら、私は目を閉じた。
この頃の生活は、当たり前が当たり前にできて、好きだった。蔦くんと当たり前のように会話をして、当たり前のように学校へ行く。学校へ行ったら、紫花やクラスメイトと馬鹿みたいにはしゃいだり、歌ったりして、笑い尽くす。
震える手を見て、当たり前が当たり前じゃなくなる時が来るんだろうなとどこかで分かっていたが、私は考えたくなかった。
当たり前を当たり前にできない自分を思い浮かべるなんて、私には過酷なことだった。
だって、今、この瞬間が好きだから。
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