老人の回想 高校1年生 夏

19 蔦

「琴音ちゃん澄さん、オリコン2位おめでとう‼︎・Ivy大好き‼︎これからも頑張ってね‼︎・オリコン2位おめでとうございます‼︎お身体をお大事に。これからも応援しています!・質問コーナーしてください!オリコン2位おめでとです‼︎・これからもIvy推す人挙手‼︎(当たり前だよねw)・・・・うわぁ、すごい。ありがとうございます‼︎聞いてた?蔦くん。」

 初投稿から4年が経ち、僕らはオリコン2位をとった。16歳になった蔦莉は、美しくなった。見惚れてしまうほどに。

「うん。すごいね。本当、感謝しかない・・・。蔦莉、ありがとね。こんな僕と一緒にいてくれて。」

 そして、僕も少し声が低くなった。

「蔦くん、こんな僕、じゃないの。みんなの憧れなんだから、自信持って‼︎」

「うん、ありがとう。本当に。」

「私も、ありがとね。これからもよろしくね。」

 またあの最高の笑顔だ。僕の心臓が鳴り止まない。苦しい。

「そういえば私さ、琴音として1枚CD出すんだ。いつになるかわかんないけど。手伝ってくれる?」

「もちろんだよ。」

「秋の始めぐらいには発売したいの。」

「おぉ、結構ハードスケジュールだね・・・。今、3月の終わりでしょ。長くても6ヶ月しかないじゃん。」

「大丈夫。私だから。私にできないことなどないのだー‼︎はっはっはー‼︎」

蔦莉が腰を手において、威張る。

「でた、蔦莉の自信。」

「違うよ、蔦くん。暗示だよ。暗示でもしなきゃ、終わんないよ。」

「そうだね。蔦莉のCDは、収録数多いもんね・・・。・・・そういえばさ、顔出しいつするの?」

「次のLIVE。」

蔦莉の声は、重く低く響いた。もう決心しているようだ。しかし、その声は少し震えているように感じた。

「蔦くんはもうしちゃったもんね。」

そう言って笑う蔦莉の目は、笑ってない。

「・・・蔦莉。無理しなくてもいいよ。・・・本当は、怖いんでしょ。」

「・・・うん。さすが、蔦くん。よく分かったね。ファンの人たちが私に期待してくれているでしょ。その期待に答えなきゃいけないと思って。」

指を絡めながら話す。その様子が、自信のない小さな小さな女の子のようで、愛おしかった。

「そりゃあそうだけど・・・。これ、見て。」

そう言って、僕はコメント欄を見せた。

オリコン2位おめでとうございます‼︎

澄さん、顔出しおめでと〜‼︎イケメンですn(殴)

琴音ちゃんも期待しています。でも、無理はしてほしくないです。琴音ちゃんは(もちろん澄さんも)色々な経験をこれまでしてきて、辛いことがあったと思います。だけど、自分を侮辱するような発言はしないでください。どうか、自信を持って。私たちファンは(少なくとも私は)琴音ちゃんが決心できるだけ待ちます。だから、本当に無理しないで下さい。上から目線ですみません。一生ファンでいます。長文失礼しました。

「ね。君の味方はたくさんいる。投稿始めた時を思い出してご覧よ。アンチが8割だったでしょ。今でもアンチはいるけど、それ以上に僕らを支えてくれる人がいるんだよ。だからさ、そんなにピリピリしなくていいんじゃない?」

「でも・・・。」

「蔦莉、この前さ、1回マスクとメガネつけないで道歩いたじゃん。その時、たいして人いなかったのに、貧血起こしたて倒れたでしょ。僕的にはもう嫌なんだ。あんなことが起こるの。ましてや、LIVEで倒れたらスタッフさんにも迷惑かかるし、ファンのみんなが心配しちゃう。だから、練習しよう、僕と。」

「えっ。」

「・・・蔦莉さ、僕のあがり症直してくれたじゃん。」

「うん。」

「だから、今度は僕が蔦莉のメンタルを磨く。どう?」

さっきまで、落ち込んでいた蔦莉が笑顔になった。

「おぉ、いいね。じゃあ、次の私の誕生日LIVEまでよろしくね。」

「もちろんだよ。」

「早速、公園に行こう。僕と、素顔の蔦莉が初めて会った公園。」


 咲き誇る桜花。僕と蔦莉の二人だけの思い出の場所。桜の桃色に、蔦莉の肌が溶け込みそうだ。美しすぎて怖くなりそうなその光景に、不意にも見とれてしまった。

 僕の15mほど前を歩いていた彼女が振り向いた。彼女はマスクもメガネもしていない。

「私さ、蔦くんに会ってなかったら、人生面白くなかったと思うんだ。」

そう言う彼女の顔は、とびきりの笑顔だ。心臓が苦しくなる。蔦莉、それは僕の言葉だよ。蔦莉は続ける。

「蔦くんに出逢って、生きる悦びを知って、同じ時を分かち合って、音楽活動を初めた。これってさ、当たり前のようだけど、そうじゃないよね。蔦くんに出逢ってなかったら・・・って言うか、あの学校に入らなかったら、まず蔦くんに出逢わなかった。」

そう言う君の顔は桜花のごとく、鴇色ときいろに染まっていた。

「本当、ありがとね。私に出逢ってくれて。そして、生きる悦びを教えてくれて。」

  ゴロゴロゴロ ピカッ ゴロゴロゴロ

「雷だ。」

空を見あげて、僕は呟いた。

 蔦莉に視線を戻すと、彼女は倒れていた。

「蔦莉、蔦莉‼︎」

僕は駆けつけ、彼女の肩を揺さぶった。随分と顔から血の気が引いている。

 煤色の空から、雨が降ってきた。さっきまで綺麗な天色あまいろだったのに・・・。


「ただの貧血でしょう。」

救急病院の先生の言葉を聞いて、僕は胸をなでおろした。慌てて駆けつけた蔦莉のマネジャーである上川さんが言う。

「よかった。ありがとうございました。」

その言葉を聞き僕も慌てて「ありがとうございます」と、呟いた。

 病院の廊下で、上川さんが話しかけてくる。

「よかったね。何にもなくて。」

「そうですね・・・。すみません。僕が、ちゃんと管理できてなかったから蔦莉は倒れな––––」

彼女は僕の声を遮って、僕のほっぺたを両手で挟んだ。そして

「そんなこと言わない。蔦くん。もぉ、そういうところ昔から変わってないんだから。」

と言った。 

「奈々先生。」

「だから、蔦くん、先生じゃないってば。だって、結局私、教育の方から、こっち系に移ちゃったんだから。」

「どうして、公務員じゃなくて、蔦莉のマネージャーになろうと就職したんですか?」

収入は、絶対公務員の方が安定しているはずなのに。

「君たちに魅了されたからよ。あの頃は––––今もだけど––––2人ともキラキラしてた。それまでの蔦くんと見違えるほどに。蔦莉ちゃんとの出会いがそれだけ大きく影響したんだね。いやぁ、本当眩しかったな・・・。」

「・・・今の先生も眩しいですよ。」

「あっ、分かる?やっと、私の美しさがわかったか〜。」

なんか、いつもの先生と違う。今日は珍しく、おとなしい。

「先生。もしかして、体調悪いのでは?」

「なんでわかったの?」

「いつもの先生なら、もっと、大声出して病院の先生に詰め寄ったりしそうだから。で、なんとなく、先生にしては大人しいなって感じたんです。」

「・・・本当、すごいな。そうなの。実は、私、––––––––––––。」

奈々先生は僕の耳に口元を近づけ、言った。呆然としている僕をみて、

「蔦くん。蔦莉ちゃんが悲しんじゃうよ、早くお見舞いに行ってあげなきゃ。」

と、言った。

「わかってますよ。おめでとうございます。」

そう僕が呟いた時には、もう彼女の姿は見えなくなっていた。


『実は、私、赤ちゃんができたの。瑠璃くん旦那との間にね。』

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