20 蔦莉

    ちゅんちゅんちゅん

 雀が鳴いている。まだ慣れない部屋に戸惑いつつも目を開けた。私は、3日ほど前から蔦くんの家に居候させてもらっている。カーテンから漏れる朝日が私を照らす。

「朝か・・・」

私は呟き、体を起こそうと力をいれる。が、起き上がれない。そのとき私は悟った。今日は動きづらい日なのだと。 

 12歳の春のあの日から、たまに体が動きにくくなる。それに加え、転んだり震えたりもする。私はそのことをあまり深く考えなかった。それは、それが幾年も生きる中で、日常と化してしまったからだ。

 

「琴音。」

私が一ノ瀬さんの家の廊下で写真を見ていると、一ノ瀬さんに声をかけられた。

「何ですか?ふじさん。」

「いや、写真見てたから。どうしたのかなって思って。」

「・・・・羨ましいなって思って。」

「何で?」

「私の家、こんなに綺麗じゃないから。写真もなくて、母はろくでなしだし。ここ数年、家族と思い出の全く良いものじゃないし・・・。」

「そうか?俺も、同じようなもんやで。俺ん家もはやくに親離婚してるし、大阪から早めに家出てきてここで一人暮らししてるし。」

言われてにれば、そうだ。廊下の写真は、風景画や友達との写真ばかりだ。

「あんまりさ、過去とか家族にとらわれん方が良いんちゃう?」

「えっ。」

「そりゃ、時には思い出に浸ったり、その人たちと時間を過ごすのは大切やけど、それは、過去であったり人生の通過点なだけやん。」

確かにそうかもしれない。

「そんなに、ある1点にとらわれすぎると、逆に、未来とか、そこにある可能性を無くしてんと同じやと思うねん。」

「・・・」

「自分が成長して、何かを得るとするやん。その時に、何か他のものが失われるのは、当たり前やと思うねん。何かを得て、何かを失う。この2つのこをと合わせて、成長って言うんちゃうかな。」

「・・・そうですね。私、ずっと昔の母のことが好きで、その母に戻ってほしくて期待していたんだと思います。・・・ふじさん、いえ・・・一ノ瀬さん。今日はありがとうございました。私、何か変われたんじゃないかって思ってます。曲の方も、ありがとうございました。・・・そうだ、CD買ってくださいね。」

「うん。もちろんだよ。」

「また、出来上がったらお伺いします。じゃあ、さようなら。」

「さようなら。」

そう言って私は一ノ瀬さんの家を出た。

 一生懸命燃えている太陽からの 照りつける暑さと、黒いアスファルトから跳ね返る熱気で息苦しくなった。

「通過点、か・・・・。」

眩しい太陽を見て言った。

 あの太陽は、何万年のも間、何を見てきたのだろう。何を照らしてきたのだろう。もしも、太陽が人ならば、私は間違いなく人生相談に行くだろう。

 あぁ、生きる意味が知りたい。死んだらどこに行くのか知りたい。人の心の中が知りたい。


「ありがとうございました。」

 一ノ瀬さんの家からの帰り道。立ち寄ったコンビニでココアを買った。いつか、蔦くんが飲んでいたのと同じものだ。私がこんなに記憶力がよくなったのも、蔦くんに出会ってからだ。彼といた時の記憶は、私の頭の中に鮮明な映像として残っている。

 どこかの公園に入り、空いているベンチに座った。子供達がキャッキャと楽しそうに遊んでいる。

 休日に家から外出するという慣れない行為を行ったせいか、酷く疲れた。

 ストローに口をつけ、ゆっくり吸い込む。冷たくて、あまいココアが喉を伝う。気持ちいい。

 足元にボールが転がってきた。

「おねーさん。ボールとって‼︎」

無邪気に女の子が叫ぶ。

「はーい。ちょっと待ってね。」

そう言いながら、立ち上がろうとした。でも、力が入らない。それも、左側だけだ。血の気が引いていく。

「おねーさん?どうしたの?」

ボールをなかなか投げない私を見て、その子が首を傾げる。

「っちょと、待ってね。今投げるから。」

大丈夫、大丈夫。気分を落ち着かせる。すると、立てた。

「いくよ。はい‼︎」

そう言って私はボールを投げた。

「おねーさん、ありがとー‼︎」

 子供特有の笑顔が、輝いている。私も、あの子みたいに無邪気だったら、周囲に心を開けてたのかな。

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