蔦莉からの手紙

前略 伊藤 蔦様

 今、私は病室でこの手紙を書いています。蔦くんに、これを渡せる自信ありません。

 日に日に、手や足が震え動かなくなり、昔のことを思い出せなくなる一方です。蔦くんとの思い出を忘れないうちにこの手紙を書きます。

 私は、蔦くんのことが大好きです。初めて自覚したのは、ほんの数ヶ月前のことです。奈々さんに言われて自覚しました(汗)。蔦くんは、私の病気のことを知って、とてもとても驚いていましたね。でも、私に向き合ってくれました。きっと、蔦くんも辛かったでしょう。慰めあった日々を懐かしく思います。こんな弱い体でごめんなさい。次はもっと強い体で産まれてきます。

 私は、病気にかかって良かったなって思ったことが2つあります。

 まず1つ目は、「当たり前」に感謝できるようになったことです。パーキンソン病は、重度になると両手両足の震えがひどくなり、時には動かなくなります。そして、寝たきりの日々を過ごさなければいけません。つまり、手足が一切使えなくなるのです。私は今まで手足を当たり前のように使ってきました。その『あたりまえ』がなくなると、不便です。不便と言葉に表すのは簡単ですが、実際はそれ以上、100倍を超えます。私は、そのことに気づかされました。だから、どうか『あたりまえ』を『あたりまえ』だと思わないで。ごく自然に何不自由なく過ごせていることに対して、感謝の気持ちを持ってください。

 2つ目は、母と仲直りできたことです。私が虐待を受けていた事、きっと蔦くんは気づいていた事でしょう。暴力を振るわれて、辛かった。悲しかった。痛かっ。でも、蔦くんが「1人じゃない。1人で抱え込まないで」って言ってくれて嬉しかった。私には、頼れる人がいるんだってことが分かって。だから、お母さんのことは、吹っ切れたけど、やっぱり、寂しかった。もしかしたら、前のお母さんに戻ってくれるかもしれないと、心の奥底でずっと期待していました。だから、お母さんが「今までごめん」って言ってくれた時は、本当に嬉しかった。「お母さん、素直じゃなかった」って何度も何度も。やっぱり、素直って大切だよね。私も素直になれば良かった。

 先に命を落とすことをお赦しください。蔦くん、これから先、私は心配です。蔦くん、自分のことを責めるんじゃないかって。辛いこと。泣きたいこと。恋すること。過去の思い出に浸ること。色々あると思います。でも、いくら辛くても、苦しくても、逃げちゃいけませんよ。命の限り一所懸命に、歩き続けてください。逃げちゃいけないけど、辛い時は、寄り道くらいしても、神様は怒りませんよ。どんなことがあっても生きて。生き甲斐がなくなったら、私を思いだしてくださいね。あなたに逢えて私は幸せです。だって、生きる幸せと、自分のいい所を見つけられたんだから。これからの、あなたの幸せと活躍をいつまでも見守っています。   早々

20XX年2月吉日

             倉井 蔦莉 

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