29 蔦 

「澄さん、澄さん。飛行機出ちゃう。」

ここは、ライブツアーの最終地点である、沖縄の空港だ。1ヶ月、本当に頑張ったと思う。自分はやり切ったと思ったが、どこか集中できていない部分があった。

「長谷川さん。」

「何ですか?澄さん。」

マネージャーが、こちらを見る。

「琴音、生きてますかね。」

僕が、ライブの間ずっと考えていた事だ。

「澄さん、縁起でもない事言わないで下さい。琴音さんは、きっと生きてますよ。」

わざとらしい笑顔で、長谷川さんが言う。

「だから、早く帰りましょう。」

そう言って、彼女はまた笑った。

「そうですね。」

「澄さん。」

長谷川さんが僕を呼んだ。

「はい。」

「1ヶ月間、お疲れ様でした。」

彼女のしんみりとした声に、嫌な予感を覚えた。


 蔦莉。生きていてくれ。お願いだ。僕は、ずっとそう願い続けていた。飛行機の中でも、車の中でも、病院の廊下を走っている時も。

「病院の中は走らないでください。」

って注意されても、気づかないほどに。

  ガラガラガラ

「蔦莉!」

彼女の病室のドアを勢いよく開けた。ピーーーと、電子音が鳴り響いている。そこには見慣れた顔があった。楓さん・奈々先生・兄さん・主治医の藤原先生・介護士の本田さん。いつもなら、笑顔で蔦莉と喋っている。だが、その人たちは泣いている。さらに、蔦莉の顔には、面布がかけられている。これだけの情報があれば、もう分かってしまう。

 蔦莉が、死んでしまったということが。

「いつ・・・いつだったの?」

僕は、やっとの思いでそう言った。

「・・・2,3分前。13時丁度。」

誰かが言った。僕は、病室を駆け出した。

「蔦くん!」

奈々先生が僕を呼んだが、止まらなかった。いや、止まれなかった。

 僕は、家に帰った。いや、“帰った”と言うよりは、気づいたら家にいたと言う方が正しいのかもしれない。

 僕は何でライブに行ってしまったのだろう。僕は何で仕事を優先したのだろう。僕は何で、今年蔦莉が死んでしまうって分かっているのに、寄り添ってあげられなかったのだろう。僕は何でもっと優しい声をかけてあげられなかったのだろう。僕は、僕は、何で・・・。

 その日の夜、僕は後悔と情けなさで一杯だった。僕は泣けなかった。


 4月13日。蔦莉が亡くなってから、2日が経った。木製のポールハンガースタンドには、喪服がかかっている。

 昨日行われたお通夜には、行かなかった。相方なのに、最期のに付き添ってあげられなかった僕が、お通夜やお葬式に行くのは、蔦莉に失礼だと思ったからだ。

 彼女の死に泣けなかかった。そのことがショックだった。

 今日の10時にお葬式が行われる。時計は、9時を指している。僕は、行かないつもりだ。

  ピーンポーン ピンポーン

 インターンフォンが鳴った。母と女性の話し声が聞こえる。

「蔦ー。奈々さんよ。」

僕は返事しなかった。

  トントントントン

 誰かが軽やかに階段を登る音が聞こえた。

「蔦くん、いる?」

奈々先生だ。ドア越しで、姿は見えないが、確かに奈々先生だ。

「今日、告別式なんだけど、来ないの?」

「・・・。」

「蔦くん。・・・失礼だよ。どうせ、自分は場違いだって思ってるんでしょ。仕事を優先した僕はバカだって。」

・・・あたっている。

「でもさ、そうやって逃げるのは良くないと思うな。あっ、そうだ。蔦莉ちゃんの病室にあった、蔦くん宛の手紙あるんだけど。・・・置いとくね。じゃあ、来てね。蔦莉ちゃんも待ってると思うから。」

そう言って先生は階段を降りて、帰って行った。僕は、ドアを開けた。そこには、ハンカチの上に白い封筒が置いてあった。僕は、それらをとり、部屋に入った。

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