26 蔦
3年。僕は蔦莉に何をしてあげられるだろうか。いや、3年で何ができるだろうか。
「死ぬときに思い浮かべるのは、人生でその人にとって影響を与えた15人なんだって。」
いつか、誰かが言った言葉が渦をまく。僕は、蔦莉の15人の中にいるのだろうか。思い出してくれたらいいな。
「つーた。奈々さん来たわよ。」
1階から母の声が聞こえる。
「はーい。」
僕は、返事をして、階段を降りた。
「えっ、何ができるかって?」
先生は、なんだそんなこと、と言う表情をした。
「うん。僕、蔦莉の為に何かできないかな。」
「そりゃ、そばにいてあげることでしょ。」
側にいる。
「それだけ?」
「うん。いや、逆にそれだけで、十分だと思うよ。」
そっか。側に僕がいるだけでいいのか。それだったら、僕にもできる。
「・・・ありがとう。奈々先生。」
「あとさ、蔦くんさ、もう先生じゃないって。」
困った顔をしながら髪を搔き上げる先生の左手には、指輪が光っていた。
「あっ。そうだった。上川マネージャー。」
「それも、やだなぁ。」
先生が、露骨に嫌そうな顔をする。
「なんでですか。」
「なんか、他人みたいじゃん。何年の付き合いだと思ってんの。」
苗字が変わっても、言っていることは昔と変わらない。
「もう、9年近くになりますね。」
「でしょ。もういい加減、敬語もやめてよ。」
「これはしょうがないです。」
泥沼にいた僕を助けてくれたから。
「ねぇ、蔦くん。態度変えすぎたら、蔦莉ちゃん逆に息苦しいと思うよ。」
急に奈々先生が、話題を変えた。
「えっ?」
「蔦莉ちゃん、まだ、生きてるじゃん。」
「でも、なんで?」
「蔦莉ちゃん、余命3年でしょ。彼女も焦ってると思うんだよね。まだ19歳じゃん。3年たったら、22歳でしょ。この世界に自分が生きていた証拠を残そうと頑張ってるよ。ほら。」
先生がスマホの画面を見せた。
『質問コーナーします!/歌い手・琴音』
動画だった。先生が再生ボタンを押す。
[どうも、こんにちは、こんばんは。琴音です。今日はですね、質問コーナーをやりたいと思います。この前、募集したんだけど、すごいね。3万2千件もリプライがきました!みなさん、ありがとうございます。では、早速やっていきましょう。]
[病気のことはいつ分かったんですか。
いきなり重いな。えっと、3年くらい前です。
ライブで言ってた、6年〜16年しか生きられないって本当ですか。
本当です。前、病院行ったら、このまま進行したら3年って言われました。
お体、大事にしてください。
わぁ、ありがとうございます。
病気のこと澄さんは、知ってますか。
知っています。余命3年のことも、彼の前で言われました。
何か、残りの人生でしたいことありますか?
そうですねぇ。具体的にはないんですが、まぁ強いて言うなら、死ぬまで歌い続けることかな。あっこれね、澄くんに聞いても同じこと言うと思うよ。なんか、約束したんだよね、昔に。–––]
淡々と語る彼女の姿は、格好良かった。
[––––なんで、ライブで病気のことを話したんですか。
ライブでも言ったんだけど、みなさんの顔を見て話したかったからですね。ファンのみんななら、きっと、私のことを受け止めてくれるだろうって、思ったの。
という感じで、質問コーナーでした。これからも、どんどん動画をあげていくので、応援よろしくお願いします。じゃあ、バイバイ。]
動画は、これで終わりだった。
「ね。蔦くん、会いに行ってあげなよ。あれから、行ってないんでしょ。」
そうだ。僕は、蔦莉が倒れた日から会っていない。何となく、行きづらかったのだ。どんな声をかければいいのか、どんな顔をすればいいのか、わからなくて。
「うん。ありがとう。先生。」
僕は、そう言って立ち上がった。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
先生は、優しい目で走る僕を見送ってくれた。蔦莉はもう退院しているはずだ。
蔦莉の家。風鈴ハイツの114。
高鳴る心臓を整えて、インターンフォンを押す。
ピーンポーンピーンポーン
「はーい。あら、蔦くん。」
女性の声が聞こえた。しかし、その声の主は蔦莉じゃなくて–––。
「どうぞ、上がって。蔦莉なら部屋にいるから。」
ドアが開いた。
「楓さん。」
蔦莉のお母さんだった。
「お邪魔しまーす。」
「こっちよ。」
そう言って彼女は、優しく微笑む。意外と、やさしそうだ。
「ここが、蔦莉の部屋。」
"ERI'S ROOM"と書かれたプレートが、ドアにかかっている。
「ありがとうございます。」
僕はそう言ってドアをノックした。
「蔦莉?入るよ。」
ドアを開けると、蔦莉はちゃぶ台で作詞をしていた。
「おぉ、蔦くん。どうしたの?」
「いや。会いに来た。」
「・・・・。」
蔦莉の顔が赤くなった。
「大丈夫?顔赤いよ。」
僕は、蔦莉の額に手をのせた。そのあと、蔦莉の顔は余計に赤くなった気がした。
「だ、大丈夫だよ。」
そう言って彼女は、僕の手を払い退けた。
「・・・蔦くん。突然だけど、ペチュニア見に行かない?」
彼女はそう言った。
「・・・うん、いいけど。なんでこんな急に?」
「せめて、思い出を作りたいの。最期、あぁ生まれてきて良かったって思えるような、そんな素敵な思いで。それで、他の人にとってもいい思い出として、私の存在を残したいの。」
部屋のドアを開けながら蔦莉が言った。すごい。奈々先生のいう通りだ。
「・・・。」
「どうしたの?早く行こうよ。」
無邪気に振り返り、僕の手をとった。その無邪気さが、愛おしくて愛おしくて仕方なかった。
「うん。」
僕はやっとの思いで、そう言った。
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