12 蔦 

「どこ歌う?」

『居場所』の歌詞を見て、ぼおぅ、としている僕を見て蔦莉が話しかけてくる。いつの日か、僕らは毎週土曜日に僕の家で一緒にいることが習慣になった。

「・・・僕、1番と3番。ふじが歌ってるとこ。」

僕は、小さな声で言った。別に、兄さんが歌っているから歌いたい訳じゃない。別に・・・。雨の音が聴こえる。気付かないうちに梅雨入りしていた。

「言うと思った。じゃあ、私は女の人が歌ってるとこね。どうしよう。」

「奈々先生が手伝ってくれるって言ってた。」

「本当⁉︎」

「奈々先生、教育大じゃん。音楽科の友達がいて、その人も動画出してるみたい。だから、機械類ほぼ揃ってるらしい。」

「私たち、ちょーラッキーじゃん‼︎」

蔦莉とびきりの笑顔になる。心臓がキュウと締まる。苦…しい。

「そうだね。」

なんとか平常心を保つ。そういうことに関しては、僕らは慣れている。のおかげで。

「そういえば、私、一ノ瀬さんと連絡先交換したんだった。」

「まじで‼︎」

「うん。ほら。」

そう言って、蔦莉はスマホの画面を見せてくれた。そこには、“一ノ瀬 紘”と表示されていた。確かに、兄さんのものだ。

「完成した音源見せたら何か指摘してくれるかもね。」

「そうだな。蔦莉、6月いつ空いてる?」

「いつでも空いてるよ。」

「お前、期末ちゃんと勉強しないかんぞ。」

「わかってるよ。」

拗ねてしまったのか、ふてくされた声を出した。そんな顔も、可愛い。

「そう言う蔦くんも、ちゃんとしなきゃいけないんじゃない⁉︎」

これは、完全に拗ねている。

「まぁ、蔦莉なら大丈夫だろ、学力考査も中間も1位だったし。」

そう言うと、機嫌が直ったのか

「蔦くんもでしょ。」

と、呟いた。

「僕が1と3歌ったら、蔦莉歌うとこ少なくなるけどいいの?」

「いいよ。蔦くんのハモり、ちょっとだけやるから。」

「僕らの声質って似てるのかな?」

「う〜ん、どうだろう・・・。そうだ!1回、ハモってみようよ!」

彼女は、また可愛い笑顔で言う。心臓が、ドクドクドクと引っ切り無しに鳴っている。可愛すぎて、心臓に悪い。

「いいよ。」

僕は、心臓が鳴り響くのを感じながら、

「蔦莉はhiC高いド歌って。僕mid2C歌うから。」

と言った。

「待って。どうせなら、録音しよう。」

そう言って、蔦莉は録音アプリを開いた。

「いくよ。」

僕も、蔦莉も身構える。

  ピコン

 電子音が鳴って、録音が開始された。

「せーの」

蔦莉が合図する。

「あーあぁぁぁ。」「あーあぁぁぁ。」

それぞれの音でハモる。気持ちいい。

 息の限界がきた。僕が切ったと同時に蔦莉も切った。

  ピコ

 また電子音がして、録音が終了した。

「じゃあ、再生するね。」

なぜか、テストの返却の時よりもドキドキしている。

「あーあぁぁぁ。」「あーあぁぁぁ。」僕らの声がながれる。1分弱で、録音は終わった。それが一瞬の出来事だった。そして、自分たちの声なのに違う声を聞いているような不思議な感じがした。

「おぉ、すごい相性いいね。」

僕の声でも、蔦莉の声でもない声。振り向くと、奈々先生が蔦莉のスマホの画面を覗きこんでいた。

「わぁ、先生、いついらしてたんですか。」

「ついさっきよ。インターンフォン鳴らしても来ないから、勝手にあがらせてもたったの。そしたら、あなたた達が録音してたわけ。お分かり?」

「わかりました。すみません、インターンフォン出られなくて。夢中になってしまって・・・。」

「まぁ、どうせ君たちのことだから、そうだと思ったわ。今日は君たちに、最高の指導者を呼んできたの。」

そう言って奈々先生は「いいわよ」と、最高の指導者と呼ばれる人に合図を送った。

「どうも、どうも。最高の指導者、一ノ瀬 紘です。」

「一ノ瀬さん⁉︎」「まじで。」

驚きの声が重なる。僕は嬉しさと苛立ちが混ざった、複雑な気持ちでいっぱいだった。なんで、兄さんが奈々先生と一緒にいるんだ。いや、ふじさんが来てくれたのは嬉しい。だが、兄さんが“一ノ瀬 紘”と名乗ったということは、兄さんとして来たということだ。

「私の友達です。」

「奈々さん、一ノ瀬さんと友達だったんですか。初耳‼︎」

「そりゃあ、言ってないからね。ちなみに、蔦くんと絋は」

「奈々‼︎」「奈々先生‼︎」

兄さんと重なった。苛立ちに近いものが渦を巻く。

「あら、言っちゃいけなかった?ごめん。」

 沈黙が続く。僕はそれが辛くて、

「さっき録音したの、聴いてくれますか?一ノ瀬さん。」

「・・・あぁ、もちろん。」

止まった空気が、また動きだした。

「ねぇ、何隠してるの?蔦くん、一ノ瀬さん、奈々さんも。教えてよ。私だけ知らないのヤダよ。」

「蔦莉、お前には関係な––––」

「蔦。それ以上言うな。ちょっと来い。」

僕の言葉にかぶせるように言って、兄さんは僕を暗い1階に導いた。


 玄関のガラスの部分から、夕焼けの茜色が漏れている。

「懐かしいな。久しぶり、蔦」

「・・・兄さん。今日は、兄さんとして来たのか、それとも、ふじとして来たのか、はっきりさせてくれないか。」

「そうだな。」

「もし、兄さんとして来たのなら、帰ってくれ。兄さんには興味ない。」

「俺は、ふじとし」

「どういうこと?二人兄弟なの?」

蔦莉だ。心配でつけてきていたみたいだ。

「蔦莉。」「蔦莉ちゃん。」

「蔦莉ちゃん、あとで説明するから、もう少し二人で話してもいいかい。」

「・・・うん。分かった。部屋で待ってるから。」

蔦莉が去ったのを確認してから、兄さんが話し出す。

「蔦莉ちゃんに話して良いか?嫌だったら嘘で誤魔化すぞ。」

「・・・僕は大丈夫。けど、兄さんは僕が弟だって知られたら嫌なんじゃない?」

「なんでや?」

だって僕は・・・

「・・・僕、全然顔良くないし、歌も下手だし、雰囲気こんなんだし、取り柄といえば勉強だけで・・・本当に何にもできないから・・・。」

「お前な、その顔でブスやって言い張る気か?お前がブスやったら周りの人間どうなんねん。お前は顔もいいし、歌も上手いし、勉強もできる。おまけに、気配りができるすごい奴や。」

「そんな、僕は綺麗じゃない。」

もっと陰で兄さんのことを妬んでたし、さっきも蔦莉に対して、また酷いことを言おうとしていた。それに、兄さんにも・・・。

「蔦が、自分のことをどう思おうと俺・・・兄ちゃんはお前の事を誇りに思ってるんやぞ。・・・だから、自信持て。」

「兄さん・・・。ありがとう、本当に。僕のことそんな風に思ってたなんて知らなかった。ありがとう。」

そう言って僕は最敬礼をした。僕は、勘違いをしていたようだ。

 そんな僕を見て兄さんは「さぁ、行くか。」と、呟いた。

「あの、兄さん。蔦莉には僕から言わせて。相方になる人だから、僕の口から全部伝えたい。」

僕の言葉を聞いて、兄さんは一瞬戸惑ったような顔をしたが、

「いいで。その代わり包み隠さず全部言うねんで。」

と、背中を押してくれた。兄さんが背を向ける。いつの間にか大きくなった背中に

「ありがとう。」

と、消え入りそうな声を投げた。

 兄さんの耳が赤くなった気がした。


「お待たせ蔦莉。」

 そう言って僕は、ポツポツと話していった。

 僕と一ノ瀬 絋は、8歳差の兄弟だと言う事。親が離婚して、兄さんが大阪に行った事。それから、この前会った時が、6年ぶりの再会だった事。僕が兄さんを軽蔑していた事。さっき、その誤解が解けた事。2年前虐められていた事。その時に奈々先生に会った事。ふじに憧れていた事。蔦莉に会った事で人生が楽しくなった事。

 途中から、熱い想いが心の底から込み上げてきた。次の瞬間には熱い液体が目から溢れてきた。泣いたらダメなのに。そう思っていたら、蔦莉が背中を摩ってくれた。それが、涙の餌になり、涙が止まらなくなるのであった。

 僕の言葉は、ごちゃごちゃで聞きづらかったはずなのに、蔦莉や奈々先生、兄さんは、耳を傾けてくれた。

「–––という訳なんだ。・・・蔦莉・・・ぐす、奈々先生・・・そして、兄さん。出逢ってくれて・・・ぐす、ありがとう。これからも–––特に蔦莉に–––迷惑をかけると思うけど、ぐす・・・その時は助けて下さい。兄さん、今まで・・・ごめんね。今日、家に来てくれてありがとう。」

 僕も、蔦莉も、奈々先生も、そして兄さんも泣いていた。

「もう・・・蔦くん・・・泣かないでよ。・・・もらい泣きしちゃったじゃない。」

蔦莉が泣きながら言う。

「でも・・・話してくれて・・・ありがとう。蔦くんの・・・過去を知れて・・・良かった・・・。本当にありがと。」

 

 その日は、4人で泣きじゃくり目を真っ赤にし、会社から帰ってきた母を驚かせた。

 夜遅かったため、僕ら4人と母の5人で晩ご飯を食べることになった。大人数で囲む食卓は、あたたかかった。みんなが、帰っていくのが惜しい程に。

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