11 蔦莉
「何歌う?」
「“居場所”に決まってるでしょ。僕、この曲が1番好きなんだ。」
好きという言葉に反応してしまう。
「私も。同じだ。」
私、ちゃんと喋れてるかな。関係ないと、蔦くんに言われた日から、私は少し気まずい思いをしている。私と蔦くんの間に壁があるようで、怖かった。
そういえば、ふじさんに会った日借りた本あるんだった。読もうかと本を開いた時、蔦くんに声をかけられる。
「今日うち来ない?奈々先生来るんだ。」
奈々さん!?
「行く行く‼︎」
「お昼どうする?」
「学食行こう!」
「いいね。よし、決定。僕初めていくんだ。」
蔦くんは気まずく思ってないみたいだ。
蔦くんの家までの道。蔦くんがポツリポツリと、話し始める。
「僕さ、考えたんだ。–––」
少し、身構えた。この前の一ノ瀬さんの事かと思って。
「–––前LINEで送ったじゃん、これからの、Ivyのこと。ノートに書いたから見てくれる?」
何だ、その事か。そう言えば・・・
「いいよ。実は・・・私も書いたの。」
「クスクス。さすが。僕らは、似てるね。」
「ふふふ。そうかもしれないね。」
蔦くんが鞄の中をあさり始める。「見つけた。」彼は、そう呟いてノートを渡してきた。
「これが、そのノート。見て。」
「ありがと。」
蔦くんの角ばった元気のある字––悪くいえば、乱雑な字––が、踊っている。
「私と、同じ事書いてるよ。ほら。」
そう言って、私も紙を渡した。
「本当だ。でも、蔦莉の方が具体的だよ。だって、オリコン1位とか、YouTube登録10万人とか、合宿するとか。・・・すごいね。」
「・・・ありがとう。」
蔦くんと話していると、モヤモヤした気持ちが薄れていく。しかし、壁はなくならない。それが、もどかしくて、イライラした。
「蔦莉、何かあった?」
蔦くんの部屋に入ってあと、蔦くんが聞いてきた。
「えっ、何で?」
「そこに、座ってね。僕と話してても、上の空だから。僕でよければ、話して。」
気付いてくれたんだ。・・・優しい。
「何で、分かったの?」
まさか、気付いてもらえるとは、思ってもいなかった。
「いつも、隣にいるから。気づいて当然でしょ。」
「ありがと。・・・あのね、この間一ノ瀬さんに会ったじゃん。その帰り道、蔦くんなんて言ったか覚えてる?」
「・・・覚えてない。」
彼は、悲しそうな顔になって、言った。
「・・・関係ないって言ったんだよ。」
「えっ、僕そんな事言った?」
「言ったよ。何で怒ってるのって聞いたら、関係ないって。」
本当に何気ない言葉だった。
「なんか、私と蔦くんの間に分厚い壁があるようで、すごく傷ついたんだ。」
「そっか・・・ごめん。本当に、ごめんね。気をつけるよ。・・・もし、また僕の言葉で傷ついたことがあったら、何回でも言って欲しい。直したい。」
「ありがとう。もちろんだよ。相方だもん。私の事も、何かあったら言ってね。これから、よろしくね。」
蔦くんが傷ついた顔をした・・・気がしたが、次の瞬間には、笑顔になっていた。
「こちらこそ、よろしく。」
「そういえば私たち、自分たちの名前考えてなかったね。」
「本当だ。何にしようか。」
「・・・そうだ!お互いの名前を付け合うっていうのはどうかな。」
「おぉ、いいね!」
蔦くんは、この頃、表情が豊かになった。前までは、無表情だったのに。
名前か。どうせなら、蔦くんの聲のイメージからつけよう。
「思いついた。蔦くんのペンネーム。」
「はやっ。」
「言っていい?」
「うん。」
蔦くんの表情が強張る。
「蔦くんの名前は・・・
「おぉ。ポイントは?」
「蔦くんの聲の響きをイメージしたところです‼︎蔦くんの聲は澄みわたる聲だから。」
「ありがとぅ。」
蔦くんが照れてる。
「僕も、思いついた。」
「何なに?」
ドクドクと、心臓が脈を打つ。運命の結果発表みたいで、緊張する。
「琴音。」
「こ・と・ね?」
「うん。」
「うれしい。なんか、和風だね。」
「蔦莉の雰囲気が和風だから。」
「綺麗な響き。ありがとう。」
琴音か。蔦くんがつけてくれた名前。大事にしよう。
ピーンポーン ピーンポーン
インターンフォンが鳴り、蔦くんが1階に降りていった。奈々さんだ。しばらくすると、蔦くんが奈々先生と一緒に戻ってきた。
「こんにちは。奈々さん。」
「おぉ、蔦莉ちゃん。こんにちは。来てたの。」
そう言って、奈々さんが私をハグする。奈々さんの、香水の良い香りが、ほのかに鼻をくすぐった。奈々さんが蔦くんだったらどんなにいいだろうと、不意にも思ってしまった。
奈々さんが私から離れたかと思ったら、顔が先生モードになった。
「蔦くん、どう?」
「先生、学校の授業が簡単すぎて暇です。」
「蔦くん、そう言っていられるのは今のうちよ。中間終わったら、一気に早くなるんだから。」
「先生、どうしよう・・・。」
蔦くんが泣きそうな顔になる。
「大丈夫。蔦くんは結構予習してるから。数学に関しては高校卒業レベルまでできてるから。あとは・・・そうね、あがり症の癖を治すだけ。それに関しては–––」
奈々さんが、私に人差し指を向ける。
「–––蔦莉ちゃんが最適ね。」
「えぇっ、私?」
何で私なのだろう。私もあがり症なのに。
「そうよ。蔦くんとずっと、一緒にいてるでしょう?」
確かに、奈々さんと比べて、私の方が彼の側にいる時間は長い。
「そうだけど・・・・・」
「ねっ。」
ドキッ
奈々さんがウィンクをした。うっ、可愛い・・・。彼女のウィンクは、女の私でもときめいてしまうほど、愛らしい。
「分かった。その役割、引き受ける。」
「ありがとう。蔦莉。」
蔦くんが頰を赤らめて言った。
「さすが、蔦莉ちゃん。そう言ってくれると思ったよ。」
奈々さんが頷きながら言った。
「僕、頑張ってあがり症治すから。」
「うん、一緒に頑張ろうね。」
そう言って、私たちは微笑み合った。
「そういえば、二人のペンネーム決まった?」
唐突に奈々さんが言った。
「決まったよ。私が琴音で、蔦くんが」
蔦くんに“言って”と、アイコンタクトをとる。
「澄。」
ちゃんと私の意図が伝わったようだ。奈々さんは、なんとも言えない顔をしていた。もしかして、何かいけなかったのかな。そう思ったのは、束の間。
「おぉ。あってるね!」
奈々さんは笑顔になった。
「そうでしょ‼︎お互いにつけあったんだ。」
「そっか、二人ともセンスいいね。」
「ありがと〜‼︎奈々さん大好き‼︎」「ありがとうございます。」
蔦くんと声が重なる。心臓が脈を打つ。頭に血がのぼっていくのが分かる。恥ずかしい。この頃、蔦くんと声が重なることが多くなった。
「もぉ、ラブラブですわねぇ。お二人さん。」
奈々さんが、井戸端会議をしているおばさんのような口調で喋る。
「もう、奈々さん。ラ・・」
「声が重なっただけでしょ。なんでそんなことを言うんですか‼︎」
私の声を遮るように蔦くんが叫ぶ。半ば、拗ねているようだ。
「もぉ蔦くん、私はただ茶化しただけでしょ。真に受けないで。いくら蔦莉ちゃんが好きだからって八つ当たりはダメでしょ。」
えっ。蔦くんが私のことを好き・・・。
うそ、うれしい!やった!来週も頑張れる!私は叫びたくなった。それをぐっと抑えた。いや、でも、もしかしたら、奈々さんの勘違いかもしれないし・・・。いや、でも好きであってほしいな。
私のハイテンションは、蔦くんの言葉で絶望へと変わっていった。
「僕は友達として好きなだけで、恋愛感情はありません。そもそも、相方になる人は恋愛対象になりません。」
レンアイタイショウニナラナイ。その言葉は私の心を深く沈ませた。暗い闇に突き落とされた私の耳には、奈々さんの言葉は届かなかった。
「うそぉ、絶対違うと思うけどなぁ。」
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