10 蔦
行かないで。行かないでよ、父さん。兄さん。ねえ。6歳の僕は、手を伸ばすが届かない。
「ごめんな。蔦。困ったら、大阪に来ていいからね。父さんはお前の味方だ。」
「俺もだぞ。蔦。」
「兄さん。兄さん。兄さんも行っちゃうの?」
「ごめんな。」
そう言って兄さんは僕を強く強く抱きしめた。その上から父さんに抱きしめられる。
「蔦をサンドするぜ。」
と、笑いながら父さんは大粒の涙を流していた。父さんの泣き顔を見たのはその時が、最初で最後だった。
久しぶりにあの夢を見た。きっと、昨日兄さんに会ったからだ。僕の両親は僕が6歳、兄さんが14歳の時に離婚した。夢の中の兄さんは、まだ声が高くて背も低かった。でも、もうあの優しかった兄さんはどこにもいない。兄さんは、僕と母さんを捨てて父さんと一緒に大阪に行ってしまったのだから。
それから数年後。僕が11歳になった年のこと、兄さんが『歌ってみた動画』を出しているのを見て、すぐに分かった。兄さんとふじさんは同一人物だって。兄さんが大阪に行ってから、会っていなかったが、あまり声は変わっておらず、すぐに分かった。兄さんの動画を見ては「すごい」と、昔の夢を見ては「憎い」と思った。僕は「兄さん」は嫌いだが、「ふじとしての兄さん」は好きだった。僕は、ふじと仲良くすることはあっても、兄さんと仲良くすることはないだろう。僕は、確信に近いものを感じている。だから、蔦莉には言わない。彼女を混乱させるだけだから––––。
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