7 蔦
はぁはぁ。はぁはぁ。息を切らさずにはいられない長い階段。小学校より広くて長い廊下。そのどれもが新鮮だった。僕らの教室が近付いてくる。
「すぅ。」
ドアを開ける前に、空気を吸う。これは、小学校のときについた癖だった。ガラガラ。重い金属音が澄んだ朝の空気に響く。少女が泣いている。彼女が、こちらを向く。・・・蔦莉だ。何で泣いているのだろう。
「おはよう。蔦莉。」
僕がそう言うと同時に、蔦莉は立ち上がり教室から出て行った。彼女のそういう行動はたまにあった。特に気にしていなかった。自分達の机を見るまでは––––。
雑巾を洗面所で濡らし、それで机を拭いた。僕の机もそうだが、蔦莉のもだ。
僕らの机は、くっ付けられてあった。僕の机にハートの左側、蔦莉の机にはもう一方が描かれてあり、くっ付ける事により1つのハートになるようになってあった。かなり、手の凝ったのもだ。その中には、「ラブラブカップル」「いつも一緒にいてキモイ」など沢山の事が書かれていた。
机をもとの状態へ戻した僕は、蔦莉を探す事にした。蔦莉は大抵の場合、屋上にいる。
立入禁止と書かれた立札の横を通り過ぎ、屋上に続く階段をのぼる。屋上のドアを開けると、涙に声を詰まらせる蔦莉がいた。やっぱり。心の中でガッツポーズをして、マスクも眼鏡もしていない彼女の隣に座った。僕は、マスクと眼鏡をとり
「蔦莉。蔦莉。帰ろう。もう落書き消したよ。」
と、とびきり優しい声で言った。
「嫌。」
どうすれば良いのか分からず、立ち上がろうとしたら
「え、行っちゃうの。行かないで。」
と、蔦莉が僕の服の裾を握った。ドックン。胸が高鳴る。蔦莉が、とても愛おしくなった。その可愛さに負け、僕が座りなおすと、ようやく手を緩めた。
しばらく沈黙が続く。それが耐えきれなかったのか、蔦莉は口を開けた。
「私ね。あんな事、慣れっこなの。」
机のことか・・・。うすうす気づいていたが、やはりそうか。
「うん。」
「でもね、もうここではあんな事されるって思ってなかった。」
「うん。」
「安心したんだと思う。こうして、蔦くんっていう大切な友達もできて、学力考査でも、良い点取れて。」
「うん。」
「だからかな。前の生活が、ふって戻ってきたから、凄くびっくりしたの。」
「うん。」
「また始まるかと思うと、怖いなぁ。」
無理やり蔦莉が笑顔を作る。
「始まらないよ。」
今まで優しく相槌を打っていた僕は、その言葉を強く否定した。蔦莉はびっくりした顔でこちらを見ていた。
「僕が、何とかするから。安心して待ってて。」
僕は、彼女の目を見てはっきり言った。彼女は優しい笑顔になった。
「僕もね、虐められてたんだ。」
「うん。」
「今ね、蔦莉からその話を聞いて、これは駄目だなって思ったんだ。」
僕は、君を守れなかった。だから、せめて今回は守らせてほしい。
「うん。」
「僕、虐められるのが嫌で、ここに来たんだ。」
「私もだ。」
蔦莉が呟く。
「だから。今のうちに、解決する。」
もう1度彼女の目を見て言った。一人じゃないから。蔦莉がいるから僕は頑張れる。
「さぁ、帰ろっか。」
僕は、そう言って彼女に手を差し伸べた。
僕達は、眼鏡とマスクをした。いつのまにか、「2人きりの時はマスクも眼鏡もしない。」という、言葉にせずとも約束ができていた。
1年生の教室が集まっている階に戻ると、朝とは違って、登校したての人達で賑わっていた。
教室に入ると、笑い声が聞こえた気がした。
「クスクス。こんなこと書かれたらあの2人、どんな顔するかなぁ。」
「ね、楽しみ。」
「あの二人さえいなかったら、私1位だったかもしれないのに!」
「本当そうだよ。親に怒られたって言うの、あの二人のせいで!うざ。」
眩しくなるような光が教室の中に溢れている。その中で、笹谷 日和と、柿谷 久美子が喋っている。僕は気配を消し、廊下でこの会話を盗み聞いた。そして、眼鏡とマスクを取り背中を壁に預けて、彼女達が出てくるのを待った。その待ち時間が、気が遠くなるほどに感じられた。
僕のこのやり方が成功する確率は、低い。大体の人はマスクを取れば承諾してくれる。でも、何が何でも成功させなければ・・・。蔦莉の為でもあるが、自分自身の為でもあった。
ガラガラガラ
彼女達が出てきた。
「あぁ、お腹痛い。笑いすぎたよ。」
「ね、ほんとに。」
2人は僕に気付かない。
「ごほん。」
僕は咳払いした。
やっと気が付いたのか、こちらを見た。
「貴女達でしたか。僕らの机に落書きしたのは。」
2人は、キョトンとしている。[待って、この人誰。]という顔だ。
「–––あの、誰ですか。」
笹谷さんが言う。
「分かりませんか。伊藤です。–––貴女達が落書きした机に座っている者です。」
少し声が震えた。2人の顔は未だキョトンとしたままだ。
「伊藤って、あの伊藤?」
やっと状況が読めたのか柿谷さんが言葉を発した。
「あんた、マスクとったら、イケメンじゃん。何でマスクしてんの?」
柿谷さんが、こずいてくる。
「マスクした方が、楽だからです。それより、ちょっといいですか。」
そう言って、彼女達を教室に連れ込んだ。
よし、言うんだ、言うんだぞ。頑張れ、僕。そう意気込んで深呼吸した。
「落書き、やめてもらえますか。迷惑なんで。」
よし。言えた。やった〜!少し声が震えた気がするが、構わない。
「あと、学力考査で貴女たちが僕らを超せなかったのは僕らの問題じゃなくて、貴女たちの問題だと思いますよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
数十秒ほど、沈黙の空気が流れる。うん?彼女たちには伝わらなかったのか?居心地が悪くなって、僕は、声を出した。
「伝えたっかのはそれだけです。もう、帰ります。あっ、それ、消しておいて下さいね。じゃあ、さようなら。」
ぼぅっとしている彼女達が見守る中、僕は荷物をとり部屋を出た。ほっとして、膝の力が抜けそうだ。
その日以降、落書きされることはなかった。それどころか、僕も蔦莉も慕われるようになった。
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