6−1 蔦
机の群が、夕焼けに反射している。やけに綺麗な黒板に書かれている数字は明日の日付けだ。マスクと眼鏡をはずし、目を瞑る。僕はそのまま歌う。
「Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.––––」
何で僕は、蔦莉を彼女の母から助けてあげられなかったのだろうか。
「––––'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.––––」
何で逃げてしまったのだろうか。
「––––Through many dangers, toils and snares
I have already come.
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.––––」
もし、あの時蔦利を助けていたならば、蔦莉は痛い思いをしなかったのかもしれない。
「––––The Lord has promised good to me,
His Word my hope secures;
He will my shield and portion be
As long as life endures.––––」
僕はなんて愚かなんだ。
「––––Yes,when this heart and flesh shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess within the vail,
A life of joy and peace.––––」
僕は何で、勇気が出せないのか。
「––––The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.––––」
いや、何で勇気を出さなかったのか。
「––––When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.」
後悔と蔦莉にたいする申し訳なさが混ざった、気持ちが心の中で渦を巻く。
カタリ
音のした方を向くと、蔦莉が立っていた。彼女は何故か、ボロボロと目から大粒の涙を流していた。
僕が“どうしたの”と言う前に、彼女が眼鏡とマスクをはずしながら話し出す。
「ずごいね。づだぐん」
聞きづらいが、「凄いね。蔦くん。」と言っているようだ。
彼女の鼻を啜る音が、夕暮れの教室に響く。
どうしていいか分からなくなり、彼女が話し出すのを待った。相変わらず美人だ。
「上手いね。あと–––––」
彼女は、ふっと涙目のまま、微笑みこう続けた。
どきん。無意識のうちに心臓が高鳴った。
「かっこいい。そっちの方が、良い。」
どう続けたら良いか分からなかったから、
「––––じゃあ、僕、帰る。」
と、呟いた。
「うん。じゃあね。また明日。おやすみ。」
蔦莉はそう言い、最高の笑顔で僕に笑いかけた。その笑顔が眩しくて、歩いていた足を止めてしまった。
「またね。おやすみ。」
僕は、『おやすみ』と言う時間でないことを知っていながらも、そう呟き教室を出た。
何故か、僕の心臓はずっと大きい音で鳴っている。
この気持ちが恋だと気付くのは、まだ先のお話。
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