5 蔦莉
学力テストの結果が返ってきた。特待生だからという訳でもあるが、私は、そこそこ自信があった。
「伊藤。」
蔦くんが呼ばれた。
「どうだった。」
と、こっそり聞くと、成績表を見せてくれた。
4教科合計点数・・・400点/400点
コース順位・・・1位/60位
しばらくその結果を見て、固まってしまった。やはり、この人は只者ではない。私の勘がそう言っている。
「–––莉、蔦莉。」
蔦くんの声で、やっと先生に呼ばれていることに気がついた。
「はいっ。」
と、返事をして受け取りに行った。そぅっと成績表をめくると、そこには、蔦と同じものが記されていた。ほんの数秒間、頭がぼぅとして、1位/60位という文字が何を表しているか分からなかった。時間が経つにつれて、クラスメイトの話し声や、先生の声が段々と聴こえてきた。
その文字が何を表しているのか分かったその時、蔦くんが覗き込んできた。
「同じだね。」
彼は、そう言って、不器用な笑い方をした。その笑顔が、彼の過去を物語っているようで、とても、複雑な気持ちになった。(今まで辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。1人で抱え込まないで、私がいるから。)と、彼を、私の精一杯の優しさで包み込んだ。そんな気持ちが伝わったのか、彼は例の笑顔で、ふっと優しく笑った。
胸が苦しくなった。呼吸が荒くなる。
この気持ちは、何なのか。自分を問い詰めても答えは、見つからなかった。ただ、
何がこれからはじまるのか–––。私は、少し怖くなった。
先生が口を開く。
「学年上位10名は、職員室前に、名前が掲示されています。各自見に行くように。えぇ。今日の結果をふまえて、これからの学習計画をたててください。えぇ、今回のテストのやり直しも各自でするように。以上。号令。」
副会長の清水 悠太が号令をかける。
「起立。礼。」『ありがとうございました。』
丁度、7限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
蔦に声をかけようとして手を伸ばそうとする。なのに・・・動かない。嘘でしょ。もう1度力を入れると、今度はちゃんと動いた。私は、不思議に思ったものの、その事についてあまり深く考えなかった。この頃の私は、これから過酷な病気との闘いが始まるとは思いもしなかった。
蔦くんの肩をこづいた。
「蔦くん。職員室に見に行こう。順位。」
「うん。」
そう言い、蔦くんは荷物を持った。廊下に出ると、他のクラスも終わったのか、人でごった返している。まるで、ちょっとした満員電車だ。その様子がおかしくて、頬が上に持ち上がった。異性と一緒に歩くのは、お父さん以外ない体験だ。それが、背伸びをしているようでくすぐったい。
職員室前に行くと、人口密度が今まで以上に増し、息苦しくなってきた。今日は暑いからなおさらだ。
中学第1学年 学年順位
1位 1組 伊藤 蔦・1組 倉井 蔦莉
3位 1組 笹谷 日和
4位 1組 柿谷 久美子・2組 三原 綾
(以下略)
こうして公衆の場に自分の名前が書かれているのを見ると、恥ずかしさや誇らしさが混ざった気持ちにとらわれる。
「蔦くん、すごいね。私たち。本当に1位なんだね。」
「うん。」
蔦くんは、そう言って、ただただ何度も何度も優しく頷いてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます