3−1 蔦莉
入学式から一週間。なんの変わりもなく、私は学校に通い続けた。誰かと親しくもなれなかった。いや、ならなかった。相変わらず、母には毎日暴力を振るわれている。なんの変化のない日々に飽き飽きとしていた。だが、変化はいきなり舞い降りてくるものだ。
隣に影ができた。いつか嗅いだ、深い森の香りが漂った気がした。
「おはよう。倉井さん。」
いつもは何も話さない、隣の伊藤 蔦が話しかけてきたのだ。
「・・・おはよう。」
戸惑いながらも、私は、返事を返した。耳をすませると、心臓がばくばく鳴っていた。あがり症はもう治ったはずなのになぁ。
伊藤 蔦。彼は、私と、同じようなモッサぁとした、雰囲気がある。そして、容姿の面でも、もう一つある。眼鏡をかけ、マスクをしている事だ。雰囲気がモッサぁとしているのにもかかわらず、マスクと眼鏡を両方しているため、余計に暗く見える。そして、奇遇にも、名前に「つた」が付く。彼は、蔦をそのまま「つた」と読むが、私は、蔦莉と書いて、「えり」と読む。
私がマスクを付け、眼鏡をかけている理由はただ一つ。小学生の時、虐められていたからだ。ブス。デブ。消えろカス。邪魔だ。視線に入るな。気持ち悪い。近寄るな。みんなにそう言われ、除け者にされ、ずっと、一人で、闘ってきた。水をかけられ、階段から落とされた。いつしか耳に入る笑い声に、敏感になってしまっていた。そして、それが、私の日常と化したのだった。私の小学校生活に、良い思い出なんか、一つもない。親に相談しようと思っても、あんな親だし、兄弟も友達もいないから、誰にも言えない。なんで、こんなことになったんだろう。私が何したっていうのと、ずっと考えた。だが、答えは何にも見つからなかった。でもただ一つ。賢い中学校に行こう。そう決心した。周りが賢かったら、私は虐められないし勉強に没頭できると思ったからだ。もう、トモダチなんていらない。
「倉井さんは、何入るんですか。」
「えっ。ごめん。聞いてなかった。もう一回言ってくれる?」
「・・・・」
「・・・・」
数十秒が経ち、痺れを切らして私が首を傾げたその時、伊藤蔦が口を開いた。
「えっと、クラブ。何入るんですか。声小さかったですよね。ごめんな…さい。」
そう言う伊藤 蔦の声はどんどん小さくなっていく。頑張れ。心の中で、エールを送る。私と、よく似ている。
「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと、聞こえたよ。私はね、帰宅部。お母さんが、夜遅くまで仕事してるから、私が、家事しないといけないんだ。」
「そうですか。大変ですね。実はね、僕も、帰宅部なんですよ。偶然ですね。まあ、同じ部同士、仲良くしましょう。倉井さん。」
「うん、そうだね。よろしくお願いします。あっ、あと、敬語なし。それと、倉井さんは他人行儀っぽいから、蔦莉って呼んで。私も、蔦って呼ぶから。分かった?」
「・・・うん。分かりまし、じゃない。分かった。よろしくね、蔦莉。」
「よし、これで、やっと友達だね。」
私の口から自然と出てきたトモダチという言葉に唖然とした。やっぱり、私は、友達が欲しかったのだ。
私の言葉のあと、蔦は何かを必死に考えていたようで、話しかけても返事がなかった。でも、学校に来たいと思えるきっかけができ、それがくすぐったくて自然と笑みがこぼれた。
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